「触るミュージアム」開設を目指して

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 2005年当初より、「触るミュージアム」の開設に向けて活動を開始しています。
 以下、この活動に関連した文書・資料を順次公開してゆきます。「触るミュージアム」の考えを広く普及させ、多くの方々からの理解と協力が得られるよう願っています。

◆目次
「触るミュージアム」の構想 (簡易版)
「触るミュージアム」の構想 (詳細版)
ヨーロッパにおける全盲・弱視者のためのミュージアムのアクセシビリティに関する調査
イタリアの「オメロ」と「アンテロス」の触るミュージアム
日誌


◆「触るミュージアム」の構想 (簡易版)
 これは、日本ライトハウス盲人情報文化センター「ワンブックワンライフ」 2005年2月号の原稿として書いたものです。一部加筆・訂正しました。
 なお、各項目について詳しく説明した詳細版も作る予定です。


 新しい年を迎え、新たな夢を持ちあるいは新たな企画を始めようとしている方も多いことと思います。
 私の今年の夢は「触るミュージアム」です。今回は私のこの夢について語り、それが少しでも具体化するよう皆様方からの御協力をお願いする次第です。

【写真説明: コレクションのひとつ 立体日本地図を触る小原さん】

●触るミュージアムの必要性
 私は2年近く前「触る研究会・触文化研究会」を結成し、活動しています。一言で言えば、見える人たち・見えない人たち双方が、触って知り触って楽しむためのいろいろな方法について検討し合うというものです。毎回10数名集まり、テーマとしてはこれまで、触知覚の基礎、動物や植物の観察、立体物とその触図による表現、イメージ化の形成に役立ちそうな方法や道具などについて取り上げてきました。
 このような活動を通じて、私は「触るミュージアム」の必要性を強く感じるようになりました。それは、主に次の2つの理由に拠ります。

@適切な保管・展示場所の確保を
 まず第1に、触って知り楽しむのに適した多くの物を保管する場所が緊急に必要です。
 これまで研究会活動のために触るのに適した各種の模型や地図類等を集めてきましたが、私の身の回りだけではすでに場所が足りなくなり収拾がつかなくなってきました。まず整理して保存するスペースを確保し、さらに展示して一般に公開できるようにしたいものです。

A<見る>ためではなく<触る>ための専門ミュージアムを
 第2は、より根本的な問題です。
 一般の美術館・博物館の多くは、<見る>ための美術館・博物館です。バリアフリーの流れのなか、視覚障害者もこれらのミュージアムに入り、ガイドに説明してもらったり、ごく一部の展示品については触われることもあります。このような流れは十分評価しているのですが、しかし基本的に<見る>ミュージアムであるため、触ることには自ずと限界がありますし、また、とくに絵画など、言葉による説明だけでは私のように視覚経験を持たない者にとってはあまり効果的とは言えません。
 触れば汚れますし、また壊れることもあります。全体の一部しか触われなかったり、細か過ぎて触っても分からないこともあります。触るのには不適切な置き方もあります。外側だけは触われても内部の様子が分からないこともあります。また絵画のような平面作品は触っただけではほとんど何も分かりません。
 <見る>ためではなく、<触る>ための専門のミュージアムが必要なのです。

●「触るミュージアム」の特徴
 理想の「触るミュージアム」は、次のような特徴を持っています。
・実物よりも、模型やレプリカを中心に展示する
・破損に備えて、代替品を用意し、また補修できるスタッフを置く
・大きな物は小さく、小さな物は大きく、というように触って理解しやすい大きさにする
・建築物模型などは、内部の構造も分かるように、各部分に分けたモデルも用意する
・絵画等の平面作品は、半立体のレリーフに翻案した物を用意する
・各展示品について、言葉による十分な説明と触り方のポイントを示すことのできるスタッフを置く
 また、主に視覚障害児の教育用として
・触感の異なるいろいろな材料、平面や立体の様々な幾何形態、組立用の各種パーツ、各種の立体地図等を用意する
・人の顔、風景、街の様子などのイメージ化のトレーニングのための各種の道具やプログラムを用意する

 以上の特徴からもお分かりのように、「触るミュージアム」は、芸術作品に限らず、自然、歴史、地理、幾何など、多方面にわたる展示を目指します。

【写真説明:計4枚】
大きいものは小さく、小さいものは大きく
@恐竜の模型パズル 体長約35cm
Aハエのパズル 体調約10cm
なだらかな斜面
B富士山の立体地図 100メートルおきに等高線がある
C人物の横顔 くっきりとした凹凸が顔のイメージトレーニングに

●「触るミュージアム」実現にご協力を
 このような総合的な「触るミュージアム」の実現には、多くの資金、場所、人員と技術が必要で、考えれば考えるほどまったく手の届きそうにもない絵空事のようにも思えてきます。しかし幸いにも、海外にも日本にもすでに上記の特徴の一部を備えた専門の触るミュージアムが少数ながらあります。それらの例も参考にしながら、今年は触るミュージアムの開設を目指して第1歩を踏み出したいものです。まずは「触るミュージアム開設準備会」のようなものを近々発足させようと思っています。
 場所、資金、技術やアイディア、また触るのに適した展示品の提供など、心有る多くの方々からの協力をお待ちしています。

連絡先
 E-mail: of-4889@muf.biglobe.ne.jp
 電話 072-624-2664 (自宅)
    06-6441-0015 (職場)

*これまでの「触る研究会・触文化研究会」の活動等の詳しい内容については、
 http://www5c.biglobe.ne.jp/~obara/
で紹介しています。

(2005年1月15日)

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◆「触るミュージアム」の構想 (詳細版)
 これは、日本ライトハウス盲人情報文化センター「ワンブックワンライフ」 2005年2月号掲載の「『触るミュージアム』の構想」の詳細版です。各項目についてその内容が具体的にイメージできるように詳しく解説し、また新たな項目も追加しました。

1 触るミュージアムの必要性
 私は2年近く前「触る研究会・触文化研究会」を結成し、活動しています。一言で言えば、見える人たち・見えない人たち双方が、触って知り触って楽しむためのいろいろな方法について検討し合うというものです。
 毎回10数名集まり、テーマとしてはこれまで、触知覚の基礎、動物や植物の観察、立体物とその触図による表現、イメージ化の形成に役立ちそうな方法や道具などについて取り上げてきました。また、各回とも触って観察しイメージをふくらますのに役立ちそうな様々な展示品も用意し、実際に参加者に触ってもらいながら意見なども出してもらっています。
 さらに、この研究会活動とは別に、私自身しばしば一般のミュージアムや展示会などを訪れ、見えない人たちの触覚中心の観賞のためには何が問題であり、それにたいしてどのように対処すれば良いかについて考えてもきました。
 これらの活動を通じて、私は「触るミュージアム」の必要性を強く感じるようになりました。
 それは、主に次の2つの理由に拠ります。

@適切な保管・展示場所の確保を
 まず第1に、触って知り楽しむのに適した多くの物を保管する場所が緊急に必要です。(しかしこれは、緊急ではありますが、いわば従なる理由です。)
 これまで研究会活動のために触るのに適した各種の模型・地図類・組立て用パーツ等を集めてきましたが、私の身の回りだけではすでに場所が足りなくなり収拾がつかなくなってきました。まず整理して保存するスペースを確保し、さらに展示して一般に公開できるようにしたいものです。

A<見る>ためではなく<触る>ための専門ミュージアムを
 第2は、より根本的・本質的な問題に関わっています。私が「触るミュージアム」の設立を広く世に訴える根拠は、主にこの第2の理由からです。
 一般の美術館・博物館の多くは、<見る>ための美術館・博物館です。バリアフリーの流れのなか、視覚障害者もこれらのミュージアムのサービスの一部を受けられることもあります。点字や音声による案内が設けられたり、ときには視覚障害者のために特別にガイドによる説明が行われたり、また一部の展示品については触われることもあります。このような流れ、一般のミュージアムが試みているユニバーサル化への努力は十分評価しています。実際、私自身一般のミュージアムでかなり専門的な説明を受け、また素晴らしい展示物に触れることができ、十分満足することもあります。
 しかし、一般のミュージアムの多くは基本的に<見る>ためのミュージアムであるため、触って観察・観賞することには当然のように大きな制限が設けられています。またとくに貴重な展示品の場合には、そういう制限は妥当なものだと言えます。さらに、触われない物について言葉による説明だけが行われることもありますが、とくに絵画などは私のように視覚経験を持たない者にとっては言葉による説明だけではほとんど観賞にはなりません。

 <見る>ためのミュージアムの展示は、見えない人たちが触って観察・観賞するためには次のようないろいろな問題があります。
 触れば汚れますし、また壊れることもあります。全体の一部しか触われなかったり、細か過ぎて触っても分からないこともあります。触るのには不適切な置き方もあります。外側だけは触われても内部の様子が分からないこともあります。また絵画のような平面作品は触っただけではほとんど何も分かりません。
 <見る>ためではなく、<触る>ための、触って観察・観賞するための専門のミュージアムが必要なのです。


2 「触るミュージアム」の特徴
 私が思い描きその実現を目指している(その意味で〈理想の〉)「触るミュージアム」は、次のような特徴を備えているものです。

@実物よりも、模型やレプリカを中心に展示する
 実物は触るには適さない場合が多くあります。文化財に指定されるような貴重な芸術作品等は、破損や汚れを考えると、簡単に触るわけにはゆきません。また、動物や動いている機械等は危険なため触るのは難しいですし、動いている状態では触れたとしても全体や細部を観察するのは困難です。
 このような場合、実物ではなくレプリカや模型が必要になります。それらによって触覚を通しての観賞・観察がかなり補償されます。
 なお、模型やレプリカではもちろん形の再現が中心になりますが、その触感や重さ・充実感といったことも大切です。製作に当たっては、素材や加工の仕方等も十分考慮されなければなりません。

A破損に備えて、代替品を用意し、また補修できるスタッフを置く
 触って知る、触って観賞・観察するためには、対象物との直接接触が不可欠で、そのため対象物が何らかの影響を受けることは避けられません。〈触る〉という行為によって汚れや破損が生じるのはいわば当然のことだと言えます。(もちろん触り方を工夫することである程度汚れや破損を回避することはできます。)
 破損に備えて、同じ物(ないし類似の物)をできるだけ複数用意しておかなければなりません。また、汚れは取り除き、軽微な破損箇所は補修できるスタッフが必要です。

B大きな物は小さく、小さな物は大きく、というように触って理解しやすい大きさにする
 触覚による観察では、建築物や大きな動物・植物など、両手を広げた以上の大きさの物だと、その全体像を把握するのはなかなか難しいです。また、小さな結晶や入り組んだ装飾模様など、数ミリ以下になると触って判別するのはしばしば困難になります。触覚による観察に適した大きさのモデルを用意しなければなりません。
 さらに、全体の中の一部だけを拡大したモデルが必要なこともあります。

C建築物模型などは、内部の構造も分かるように、各部分に分けたモデルも用意する
 視覚では透明な部分や小さな穴などを通して内部の様子・構造を知り得ることもありますが、触覚ではそれはできません。
 建築物や機械、人体模型などでは、全体を示す模型とともに、内部の様子ができるだけ触って分かるように、各部分ごとに分けたモデルも用意します。そしてできれば、それら部分から全体を組立てられるようにします。

D絵画等の平面作品は、半立体のレリーフに翻案した物を用意する
 絵画などはそのままでは、たとえ直接触われたとしても事実上ほとんど何も分かりません。
 触図化すれば輪郭などはある程度示すことができますが、さらに石膏などによる半立体のレリーフとして翻案すれば、輪郭ばかりでなく細部の様子や奥行・遠近感もかなり表現でき、視覚的なイメージにアプローチしやすくなります。(もちろん、視点の位置、色彩、表情や風景などについての詳しい説明も必須です。)

E各展示品について、言葉による十分な説明と触り方のポイントを示すことのできるスタッフを置く
 展示物にただ触われるだけでは、実はたいして分からないことが多く、十分な観察・観賞にはなりません。
 少ない、個々別々になりがちな触覚印象から、展示物についての全体像を得、イメージし、さらにはっきり記憶に留めておくためには、背景的な知識もふくめ展示物についての詳しい解説が必要です。またそれとともに、触知に適した手・指の使い方、触る順番や角度等についても助言したほうが良い場合があります。このような多方面の能力を持ったスタッフを養成しなければなりません。

 さらに「触るミュージアム」は成人ばかりでなく視覚障害の子供たちにも開かれています。とくに視覚障害児の触知覚やイメージ化の能力の向上をはかる場として、「触るミュージアム」は次のような特徴も備えています。
F触感の異なるいろいろな材料、平面や立体の様々な幾何形態、組立用の各種パーツ、各種の立体地図等を用意する
 触覚のもっとも初歩の段階である触感の違いから出発し、簡単な平面・立体形状の違いや特徴を理解し、さらにそれらを様々に組合せ操作できるようにするための各種の教材を用意します。また児童生徒の社会や理科の教科で基本となるような立体地図や模型も用意します。

G人の顔、風景、街の様子などのイメージ化のトレーニングのための各種の道具やプログラムを用意する
 触覚では分かりにくい、あるいはあまり注目されてこなかった、表情や風景や街並等の視覚的イメージについても、各種の人物像や風景・街並セットを用意します。また、遠近法やパースペクティブ等の視覚的イメージを段階的に理解できるようにするためのプログラムを開発します。

 以上の特徴からもお分かりのように、「触るミュージアム」は、芸術作品に限らず、自然、歴史、地理、幾何など、多方面にわたる展示を目指します。


3 「触るミュージアム」の役割
 「触るミュージアム」には、大別して次の2つの役割が期待されます。
 第1は、もちろん見えない人たちが触って観賞する場としての役割です。
 見えない人たちの実際の生活では、芸術作品にとどまらずごく普通の物についても丁寧に触る機会はあまりありません。「触るミュージアム」は、できるだけ制限無く、かつ安心して安全に触ることのできる場として、見えない人たちのアクティブな触探索行為を引出し、触覚を通して豊かなイメージと想像の世界を提供します。

 第2に、見える人たちにたいしても「触るミュージアム」は相応の役割を果たすはずです。
 現代の社会では、多くの場合触覚は視覚にたいしていわば従属している、あるいはときには無視されていさえします。触るミュージアムでは、触覚を通して分かる世界を体験できます。そしてときには、視覚だけを通してはけっして気付かないような世界を発見できるはずです。
 私は、とくに子供たちへの触覚を中心とした感覚教育には、精神・身体両面で大きな効果があるだろうと確信しています。


4 「触るミュージアム」実現にご協力を
 このような総合的な「触るミュージアム」の実現には、多くの資金、場所、人員と技術が必要で、考えれば考えるほどまったく手の届きそうにもない絵空事のようにも思えてきます。しかし幸いにも、海外にも日本にもすでに上記の特徴の一部を備えた専門の触るミュージアムが少数ながらあります。それらの例も参考にしながら、今年は触るミュージアムの開設を目指して第1歩を踏み出したいものです。
 まずは「触るミュージアム開設準備会」を近々発足させ、さらに支える会のようなものを立ち上げ、永続的に活動できるようにしたいと思っています。
 場所、資金、技術やアイディア、また触るのに適した展示品の提供など、心有る多くの方々からの協力をお待ちしています。

(2005年2月6日)

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◆ヨーロッパにおける全盲・弱視者のためのミュージアムのアクセシビリティに関する調査
 これは、2001年にEBU(ヨーロッパ盲人連合)の援助で行われた調査報告「SURVEY ON MUSEUM ACCESSIBILITY FOR BLIND AND PARTIALLY SIGHTED PEOPLE IN EUROPE, 2001」の一部を翻訳したものです。

(前略)
●方法 (要約)
 まず、国や地域(首都と地方都市)の違い、さらに一般(主流)のミュージアムと盲人用のミュージアムのバランスを考慮して、次の10のミュージアムが「参照用(reference)ミュージアム」として選ばれている。
コペンハーゲンの国立ミュージアム (主流)
ルーブル美術館(パリ)の触覚部門 (主流、盲人のための常設展示有り)
リヨン美術館 (主流)
ロンドンの英国国立ミュージアム (主流、盲人のための常設展示有り)
ケンブリッジ・フォーク郡ミュージアム (主流)
アンコーナの触るミュージアム・オメロ (盲人用)
フランチェスコ・カヴァッツァ施設(ボローニャ)の触るミュージアム (盲人用)
ベルリンのペルガモン・ミュージアム (主流)
リスボンの聖ジョージ城 (名所旧蹟)
マドリードのONCEティフロロジコ・ミュージアム (盲人用)
*当初はギリシャのファロス・ミュージアム(そこには、触って探索できる彫像母型のコレクションがある)が選ばれていたが、昨年アテネ付近を襲った地震の結果大きく破損してしまった。

 これらに加えて、主にフランスにある25の一般のミュージアムが任意に選ばれる。
 いずれも盲人が訪問し評価している。

1 主流のミュージアム
 大部分の主流のミュージアムは、その収集品に何らかの仕方でアクセスできるようにしている。

@もっとも基本的で同時にもっとも強力な仕方は、触ることである。しかしもちろん、この方法だと数百年来の傑作が破損されかねないという理由で、見えない来館者たちの触る権利が簡単に否定されているのが実状のようだ。1つの妥協策は、触るための手袋を利用することである。この手袋は、彫刻や他の芸術作品が汚いあるいは汗ばんだ手と直接接触しないようにしてくれる。
 この方法は、多くの収集品へのアクセスを保障してくれる安上がりの方法ではあるが、触るための手袋を提供しているのは「参照用ミュージアム」の中の1館だけで、 25の他の主流のミュージアムはどこも提供していない。素手で触ることを認めている所では問題はない。触ることを非常に厳しく禁止している所(29の主流のミュージアムの中の8館)では、とくに受け入れ難い方法だ。

A主流のカテゴリーに入る「参照用ミュージアム」の4館すべて、および他の25の主流のミュージアムのうち9館では、盲人のための特別のツアーが決められた日に設けられている。この特別来館の期間中、制限無しに触ることのできる、選り抜きの芸術作品(彫像や壷類やその他の物)が用意される。展示物についての情報がしばしばアクセシブルな形式(点字、音声、拡大文字)で提供される。盲人のための特別展の多くは団体向けに開かれ、参加者の人数があまりに少ないと取り止めになることがよくある。

B触図と触地図は、主流のカテゴリーに入る「参照用ミュージアム」ではどこも提供しておらず、また 25の他の主流のミュージアムのうち 3館が提供している。
 触図と触地図は、盲人全体の限られた部分の人たちにのみ人気があるようだ。多くの盲人は、主に中途失明であるためにあるいは触図を理解する優れた技術を獲得していないために、触感覚をうまく発展させないでいる。いくつかの情報源から――盲人の利用者および専門家も同様に――触図は単純であればあるほど理解しやすいということが明らかである。入り組んだ浮出線で描かれた複雑な表現は、判読するのが難しい。けれども、単純化された線画は、概略や部分を示す表現のためだけなら許されると言える。
 このことは1つの基本的な論争点であって、現在専門家によって調べられている。ある人たちは、もし見えない人たちが触図をどのように読み解きどのように理解するかについて訓練を受けたとするなら、触図は極めて有効な道具になり得るだろうと論じている。科学・技術センター(パリ)はすでにこの方面で活動している――2001年6月には3日間の訓練計画を実施している。

2 盲人のための常設展示をしている主流のミュージアム
 いくつかの大きなミュージアムには、盲人のための常設展示室が設けられており、その部屋には、全盲や弱視の来館者がまったく独力で歩き回ることができるよう、方向定位のための補助手段が用意されている。もちろん利用できる展示スペースがごく狭く限られることは明らかで、そのため展示はテーマが決められ縮小された範囲のものになってしまう。

@ルーブル美術館の「触覚部門」では、見えない来館者の方向定位の必要を満たすように設計された部屋の中で、これまで2つの特別彫刻展示会が開催されている。現在行われている第2回目の展示会では、制限なしに触ることのできる 20点ほどの彫刻母型が展示されている。1本の手摺りが部屋を1周しており、1つの展示品から次の展示品へと導いてくれる。手摺りの上には点字表示があり、見えない来館者に彫像や胸像の存在を知らせるようになっている。彫刻作品は、古代から現代までの彫刻の概念や技術の進化を跡づけられるように、年代順に配置されている。各展示品には、簡潔な情報(名、日付、発見された場所、使用されている材料)が、より快適に読めるように斜めに傾いた板の上に点字で用意されている。より詳細な情報については、アクセシブルな形式(点字、拡大文字、音声)でパンフレットが利用できるようになっている。

A英国国立ミュージアムでは、パンテオンに関する常設の特別展示のためにかなりの展示スペースが確保されている。アクロポリスやパンテオンの様々な構成要素については、論理的な順序で配置された触図で特集している。詳細情報はカセットで提供され、カセットレコーダーは、できるだけ移動の支障にならないように、首に掛けて持ち歩くようになっている。注目すべき物にある人物の触覚用複製品があり、これはパンテオンの正面の柱の1つの高さに合せて作られたものである。

3 盲人のための専門のミュージアム
 専門のミュージアムは、盲人自身のまたは盲人のための組織によって設立され、広範な芸術作品にたいして最適のアクセスを提供している。これらの専門ミュージアムはしばしば、もっとも革新的なアクセシビリティと方向定位の手段を利用している。

@ONCE(スペイン全国盲人協会)のティフロロジコ・ミュージアムは視覚障害者のために特別に設計されたものである。コントラストを付けた色・照明・触知用床材はすべて、展示ホール内でのスムースな方向定位に役立っている。すべての入口に人工音がセットされており、それを頼りに来館者はいつでも自分がミュージアムのどこにいるのか知ることができる。展示場所と歩行用の通路は、異なった床材の感触の組合せによりはっきりと区別できる。
 とくに興味あるのは、世界的な記念建築物のモデルの展示である。見えない人にとっては、実際の記念建築物の姿を十分に認識することはほとんど不可能だ。モデルは理想的な補償ツールである。すなわち、モデルは全体を表現することができるし、また、見えない人が1つのモニュメントの様々な構成要素を〈見〉それらを互いに比較することを可能にしてくれる。
 14のスペインのモニュメント(例えばセゴビアの水道橋、アルハンブラ宮殿、ブルゴスの大聖堂など)のモデル、および 14の他の国々にあるモニュメント(例えばコロシアム、タージマハル、クレムリンなど)のモデルが展示されている。
 各モデルには、2つのレベルに分けてまとめられた情報――モデルの触覚による探索を助ける「基礎情報」、およびそのモデルに関連する歴史や他の事実についての詳細な解説情報――が複合録音機を通じて提供されている。
 モデルは非常に優れた性質のものである。1例として、タージマハルの特徴を表したモデルはオリジナルと同じ大理石で作られており、原材料はインドのアグラ地方からモデル製作のために特別に運ばれた。

Aアンコーナ(イタリア)にあるオメロ・ミュージアムでは、古代から現代までの数十の彫刻作品の彫刻母型、および少数のモデルが展示されている。注目すべきものに、パンテオンを表したモデルがある。そのモデルは、特別な機構により、寺院の内部を見せるために中央の部分で分かれるようになっている。

Bボローニャにあるカヴァッツァ施設のアンテロス・ミュージアムでは、古典期から現代までの有名な絵画作品の3次元の複製品を展示している。これはフレスコ画のように見える。この方法は、見えない来館者に優れた触知技術を要求する非常に革新的なアプローチである。

(以下略)

(2005年1月20日)

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◆イタリアの「オメロ」と「アンテロス」のミュージアム
 上の報告書では「盲人のための専門のミュージアム」として3つのミュージアムが紹介されていますが、このうちイタリアの「オメロ」と「アンテロス」の触るミュージアムについては、ごく簡略な報告にとどまっています。
 幸いにも、これらのイタリアの美術館については大内進(国立特殊教育総合研究所)による詳しい報告がありますので、以下それをほぼ原文のまま引用することにします。

●オメロ美術館
 以下に紹介する文章は、2004年10月、イタリアのアンコーナ(アドリア海に面するイタリア中部の港市)で開催された「Art within reach」という国際会議に参加した際の報告
「ルポ ヨーロッパ圏における視覚障害者の文化遺産へのバリアフリーなアクセスを実現するための取り組み――国際カンファレンスに参加して「 (大内進、高橋玲子 『月刊視覚障害――その研究と情報――』 200号記念増大号 2005年1月)
の後半部分に掲載されているものです。

(引用始め)
 この美術館の構想はイタリア盲人協会によって提案され、1993年にアンコーナ市議会によって設立された。1999年11月25日の法律第452号においてイタリア議会で承認され、国立の美術館となっている。この法律の2つの条文には美術館の目的として、視覚障害者の統合と文化的成長を推進することとリアリティの知識を広げることが示されている。……
 ここに収蔵されている作品は、「建築モデル」と「彫刻」に大別され、彫刻についてはさらに「人間の顔面の表現」「エジプト彫刻」「ギリシャ彫刻」「エトルリア彫刻」「ローマ彫刻」「ロマネスク、ゴチック彫刻」「ルネッサンス彫刻」「ミケランジェロの作品」「「マネリスト」「バロック彫刻」「ネオクラシック彫刻」「20世紀の彫刻」「現代彫刻」などの展示室および展示コーナーに分けて展示していた。
 ……作品はだれでも自由に触ることができる。よく触る所には汚れが付いていたり、彫刻の人物の指先をよく観察していると折れた指を修復した形跡が残っていたりして、よく触られていることを物語っていた。
 建築物については、ギリシャのパルテノン神殿、ローマ時代のパンテオン、バチカンのサンピエトロ寺院、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレ聖堂など、ギリシャ・イタリアの代表的歴史的建造物の精巧な模型が、柱の彫刻や室内の内装まで精密に再現されていた。これらの建造物は、両手で抱えられないほどの大きさになっているため、両手で建物全体が触れるほどの大きさのモデルが別に用意されており、それを触って全体像を把握してから、大型の模型で詳細に観察できるように配慮されていた。このように観察の進め方についても、触覚による観察の特性をよく理解したうえで組み立てられていた。
 彫刻については、「ミロのヴィーナス」、ミケランジェロの「ダビデ」像など、ルーブル美術館やフィレンツェの美術館などに収蔵されている著名な作品のレプリカが展示されていた。……
 私たちは、会議終了の翌日にこの美術館をじっくり見学する機会を得たが、そこで感じたのは、やはり、いくら作品が自由に触れてもそれだけでは不十分であり、印象がしっかりとした記憶として残りにくいということであった。作品の背景にある歴史、文化、作者等の知識があってこそ、触覚による観察が生かされ、それぞれの作品をしっかり理解することができるのだということを強く実感した。
(引用終り)

●アンテロス美術館
 以下の文章は、独立行政法人国立特殊教育総合研究所の「触図作製プロジェクト」中の
大内進「IV 触る絵について-全盲児童生徒への絵画鑑賞指導の新しい試み-
からの抜粋です。
 「アンテロス」の触るミュージアムは、イタリア北部の、中世以来の学芸都市ボローニャにあるフランチェスコ・カヴァッツァ盲人施設内に1999年に開設された美術館です。
 私がこの報告で注目しているのは、半立体のレリーフとして提示される「触る絵」とともに、その作品解説が、触察の仕方もふくめ、とても優れているように思えることです。長くなりますが、「資料」として掲載されている「モナリザ」の初級の作品解説も引用しておきます。

(引用始め)
 この美術館の学芸員を中心に医師や研究者、彫刻家らの努力によって、イタリアの伝統的な技法である「浮き彫り」の技術を活用して平面的な絵画を半立体的に「翻案」するシステムが開発された。それは立体を扁平に圧縮して示すことにより限られた厚みの中で奥行き感、遠近感を表現しようとするものである。従来、視覚障害がある人に絵画を紹介するためには、描かれている事物などの輪郭を凸状に示し、それによって解説することが行なわれてきた。この立体絵画を用いることにより、従来の視覚図像の輪郭をなぞるだけの活動では明らかにできなかった空間構成や絵画のもつ構造的特質も表すことができるようになった。この美術館にはこうした作品が30点ほど所蔵されている。それらの作品は「練習用ボード」と「触る絵」に大別される。「練習用ボード」というのは、絵画鑑賞の基礎となる空間感覚(遠近法を含む)および形状を習得するためのものである。「触る絵」の作品は、イタリアの作品を中心に古代から現代まで「モナリザ」「ヴィーナスの誕生」など世界的にも有名な名画が用意されている。
 ……触る絵の鑑賞に際しては、作品からの直接的な触覚的情報だけでなく、音声や文章による説明も重要な役割を果たしているため、絵画の専門的知識と触覚を活用した指導法に精通した指導者が指導する。
 ……作品の解説については1作品に3つ(初級、中級、上級)のレベルの目録(点字、音声)が用意されており、鑑賞者はレベルに応じた作品鑑賞を行い、段階的に内容を深めていくプログラムになっている。作品ごとに大まかな触覚的探索の手順が設けられており、左右の手の効果的な活用が重視されている。「触る絵」でデザイン・主題の輪郭・表面の質感などを伝え、ガイドの説明と目録の内容で立体作品だけでは表せない色彩、輝き、美的価値などを伝達する。
 絵画鑑賞の基礎として、鑑賞者のレベルに応じて練習用ボードにより遠近感などの空間感覚および半立体的に表された形状の理解を促進するための指導も行われる。この基礎段階のまとめとして人物像の作品を鑑賞し、その身体の状態を粘土で複製制作する。これにより人物の仕草などの理解をさらに確実なものにすることが可能となる。

(資料)アンテロス美術館作品目録の例
「モナリザ」鑑賞(初級編)
                                    ロレッタ・セッキ

絵画作品について
作品名:モナリザ(イタリア語名<ジョコンダ>=微笑む婦人)
作者:レオナルド・ダ・ヴィンチ
    (ヴィンチ村 1452年生、 アンポワーズ1519年没)
寸法:77cm×53cm
制作年:1503年〜1516年
収蔵:パリ、ルーブル美術館

16世紀肖像画の図像学的特徴
 ルネッサンスの肖像画は、記念もしくは礼賛の意味合いを含み、芸術家と同時代の著名な人物を描いている。
 しかしダヴィンチによる肖像画はこれに留まらず、科学的側面を持ち、生物、物質、光、空間における諸現象に向けた彼の研究的態度を伝えている。描かれるモデルは有機的な空間としての風景に挿入されている。そこでは精神と物質が溶け合うことによって、人間と自然が生命の悠久の流れの中に息づく。
作品分析
 <モナリザ>はダヴィンチが遺した絵画の中で最も有名な作品である。16世紀の巨匠の手によると一目で分かるこの肖像画は、彼自身にとってもまた大きな重要性を持っている。
 風景画を背景にして描かれた「微笑む婦人(ジョコンダ)」が実際誰なのか、いまだに分かっていない。身元は定かではないが、高貴な家柄の女性であることは間違いない。<モナリザ>をめぐるミステリーは顔の表情に大きく関係する。言葉でいいあらわしようのない彼女の表情は、あの眼差しと、そしてあの有名な謎めいた微笑で昔から広く知られるところだ。
 作品内の彼女は、半身が描かれ、玉座にすわっている。七度五分の軽い遠近法で描かれた顔は、観察者であるこの芸術家の視界において最も注意が注がれている点である。首、肩、胸、腕は、作品に認められる長方形の空間の縦軸と横軸を担う。胸部も顔と同様、七度五分の角度から捉えられる。
 手読は、作品の上方、つまり薄く透明なベールの下の長い髪にふちどられた顔の輪郭から始めてみよう。ベールは柔らかく波打って肩にかかる髪の流れにそっている。
 彼女の顔立ちについては、頬やあご、さらにあご先に明暗法がわずかに使われ、表面の凹凸が表現される。切れ長の眼、薄くまばらな眉、軽いワシ鼻、繊細な唇、かろうじて分かる程度に持ち上がって微笑を暗示する口角といったこれら全てが顔の表情を神秘的なものにしている。婦人の視線は向かって右側に投げかけられており、その全体の落ち着いたたたずまいと相まってダヴィンチの偉大な芸術的才能の証左となる。
 作品の中心に置かれた身体の輪郭に指をすべらせつつ首と胸の柔らかい膨らみをたどっていくと、彼女を包み込む周囲の空間と肉体との境界線を読み取ることができる。女性像は背景にひたされて、感じとしては薄い霧もやに沈んだ風景画のあの雰囲気に似ている。
 着衣は胸を押さえつけ、ボリュームのあるマントが折りたたまれて左の肩にかかっている。この貴婦人はなで肩で、組まれた腕は衣服の袖で覆われている。袖のしわがあまりに密集しているため、腕全体にじゃばらが広がっているように見えるほどだ。
 右手はそっと左手の上に置かれ、その左手はいすの肘掛に置かれている。
 肖像が重なっている背景は、ごつごつした岩と川の流れによって占められており、貴婦人と同様、この作品の中で重要な役割を果たす。ここでは人物像と風景画は一体化し、切り離しえないものとしてとらえられている。自然と人間、はては宇宙と人間の均衡を描くことで、地上における、いっさいのものの調和を表現しているのだ。
 ダヴィンチは非常に特殊なタイプの女性を呈示している。彼女には人間の美だけでなく、人間性の宇宙との融合をも読み込むことができるのである。このもやに包まれた空間は、生命がふきこまれた物質を思いおこさせよう。ダヴィンチの偉大さは、命あるものや物質のありかたを観察する際の愛情を明解に表現していることにある。
 (中略)
 芸術家かつ発明家であるダヴィンチは、<モナリザ>によって、生命と美と調和についての科学的な観念を表現しているのである。
(訳・土肥秀行)

(引用終り)

(2005年1月23日)

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◆日誌
1月4日、フェスティバルゲートの「cocoroom」のIさんに会う
1月15日、「ワンブックワンライフ」掲載用原稿として「『触るミュージアム』の構想」を書く
1月16日、フェスティバルゲートの「図書室喫茶 ダーチャ」のYさんと会い、「イマジン会」と交流
1月29日、第8回触る研究会。「触るミュージアム」の構想についても説明し、開設準備会の会員を募る。
 準備会の当面の目標として、@触るミュージアムの考えの普及、A倉庫スペースを中心として緊急に場所を確保、B将来のNPO法人化に向けての条件整備を確認。(Bについては、当面は任意団体のほうが活動しやすいという面もあるので、急がない)
2月7日、石膏のレリーフと半面像を注文
2月10日、ラ シェール(大阪市中央区)訪問

(2005年1月30日)

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