触る研究会・触文化研究会第7回報告

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触る研究会・触文化研究会第7回報告

日時: 2004年9月11日(土) 13:30〜15:30

場所: 盲人情報文化センター 6階小会議室

参加者: 10名


◆展示品
 今回は、ミニ石膏像を用意しました。どれも高さ15〜20cmくらいのものです。デッサン用に画材店などで売られています。

●アリアスの胸像
 アリアドネとも言われる。もとはクレタの王ミノスの王女、後ディオニュソスと結婚し女神となる。ほとんど真横を向いている。ゆったりとした服の襞の様子がよく分かる。

●ミロのビーナス(胸像)

●ミロのビーナス(トルソ)
 胸がとくに強調されている

●ミロのビーナス(トルソ)
 肩から斜めに薄い布のようなのをまとっていて、胴を少しねじっている

●ロレンツォ(胸像)
 メディチ家の礼拝堂の正面にある、傭兵隊長の装束をしたロレンツォの像(ロレンツォは、15世紀後半のイタリア・フィレンツェの人。ミケランジェロの作。

●アウグツトゥス(胸像)
 初代ローマ皇帝


◆テーマ: 触った感触の言葉による表現
 視覚を通してどのように見えているかは、写真に撮ったりスケッチや絵を描くことで、手軽に伝えることができます。また、小説やエッセイなどを読んでみると、言葉・文章によって情景や人物の表情や動きなどが豊かに表現されているようです。
 これに比べると、触覚的印象は、写真や絵のように再現して伝えることはできませんし、その言葉による表現方もあまり豊かとは言えないように思います。
 実際の事物に触りながらその感触をどのように表現できるのか、また言葉による説明がどの程度、どんな風に触覚による認知に役立つのかについて、今回は次の3つの試みをしてみました。


テーマ1 サンドペーパーを使っての手触り感の表現

 目の粗さの異なる12種類のサンドペーパーを用意しました。
 以下、区別しやすいようにこちらで付けた番号、サンドペーパーの粒度を示す番号、粒子の最大直径(単位 mm)の順。
@ 3000番 0.028
A 2000番 0.033
B 1500番 0.036
C 1000番 0.042
D 800番  0.046
E 600番  0.057
F 400番  0.075
G 320番  0.098
H 240番  0.127
I 150番  0.150
J 80番  0.300
K 40番  0.710

 これら12枚のサンドペーパーを@〜Kの順(目の細かいほうから粗いほうの順)に重ね、皆さんに触った時の手触り感の変化を表現してもらいました。
 基準として、手触り感を大きく「スベスベ」「サラサラ」「ザラザラ」に分け、どこから「サラサラ」になり、「ザラザラ」になるかを報告してもらいました。また、最後のほうのJやKは「ザラザラ」を超えているかもしれないので、もしそうなら適切な表現をしてほしいとお願いしました。
 以下、その結果です。

    スベスベ サラサラ ザラザラ 備考
OT  @〜E  F〜I  J〜K  (順番に触るのではなく、初めに@とKの両極を触ってスベスベとザラザラの基準とした)
SK  @〜C  D〜F  G〜K
AD  @    A〜B  C〜I  JKは超ザラザラ
OB  @〜C  D〜E  F〜I  JKはジャリジャリ
NS  @    A〜D  E〜I  JKは形容しがたい
OO  @    A〜C  D〜H  I〜Kは形容しがたい
KW  @B   AC〜G H〜K
FN  @    A〜C  D〜F  G〜Iはジャリジャリ、Jは形容しにくい、Kはギザギザ
TH  @    A〜F  G〜I  JKはガリガリ
TK  @    A〜B  G〜I  C〜Fはひっかかり、Jは小さなでこぼこ、Kはイタイタ

●結果のまとめ
・サラサラの始まりは、Aが7人で圧倒的に多い(Dが2人、Fが1人)
・ザラザラの始まりは、CからJまでとてもばらついている(Gが3人、Dが2人)。
・備考では、半数以上がJやKをザラザラ以上で表言しようとしている。
 なお、見える人たちと見えない人たちの間で、触感の表現にとくに差があるようには思われない。ただ、見える人たちの中には、「形容しがたい」など、言葉に表現できない場合があった。

●考察
 スベスベ、サラサラ、ザラザラなどの触感の表現に影響すると思われる要因について検討する。
 次の3つが考えられる。
・触覚そのものの鋭敏さ(2点弁別閾など)
 念のため、皆さんの触覚の鋭敏さをごくおおざっぱだがチェックしてみた。
 ほぼ1mm間隔で縦方向に筋の入った「ウェイビーウェイビー」という紙を触ってもらい、筋の方向を判別できるか尋ねたところ、全員正しく答えられた。運動状態での2点弁別閾は、皆さん 1mm以下だろうと推測できる(注)。
 触覚そのものの鋭敏さには大きな違いはないように思われる。

(注)静止状態での指先の2点弁別閾は 2mmくらいであることが実験で知られている。運動状態では静止状態よりかなり値は小さくなることは知られているが、正確な数値はあまり調べられていないようだ。『感覚生理学第2版』(Robert F. Schmidt編、岩村吉晃他訳、金芳堂、1992)では次のように書かれている。
 「盲人の空間弁別閾(spatial discrimination threshold)を調べると、正常人と変りない。
 1人の被験者では、継時的空間閾(successive spatial threshold)が同時性空間閾よりも明らかに低く、しばしば1/4しかない。」

・指を動かす速さや圧力
 指を動かす速度については、粒子が細かい場合にはゆっくり動かしたほうが細かい変化にも気が付きやすいと思われる(スベスベからサラサラ、サラサラからザラザラへの移行に早く気付きやすい)。目が粗くなると、速く動かすほど刺激を強く感じると思われる。
 また、指の圧力を強くするほど、細かい変化にも気が付きやすく、刺激も強く感じると思われる。
 今回皆さんがどのくらいの速さと圧力で触っていたかはよく分からない。私は、ごく軽く触りながらかなり速く動かしていた。

・「スベスベ」などの言葉にどのような触感を結び付けているか
 これはとても難しい問題。
 NSさんは
「触ったものを言葉で表すのは難しいですね。私は『さらさら』という言葉を砂がさらさらしているとか布がさらさらしているとかは使うんですけど、紙がさらさらしているとあんまり使った記憶がなくて、昨日すべすべの次の感触の言葉が見つからなくて困りました。」
と書いている。この文章からは、「スベスベ」や「サラサラ」といった触感の表現は、布や紙や砂や金属といった具体的な素材と結び付いて使われるのが普通で、そういう素材から独立した使い方はあまり一般的ではないかもしれないということがうかがえる。
 
 また私の場合、@は「スベスベ」という表現にほぼぴったりだと思ったが、A〜Cについては、「スベスベ」とは言えないが「サラサラ」とも言えないので(無理に表現すれば「スルスル」)、「スベスベ」のほうに入れた。このように今回の実験では微妙に変化する触感を「スベスベ」「サラサラ」「ザラザラ」にむりやり当てはめてもらうことになった。
 
 実際の触感の多様さは、「ザラザラ」よりも目の粗い場合の表現(ジャリジャリ、ガリガリ、ギザギザ、イタイタ、超ザラザラなど)に見られる。また言葉にはできなかった(しなかった)人たちも多い。


特別テーマ 音楽家3人の石膏像を使った、言葉による説明と触察

 太田さんが、バッハ、ブラームス、ハイドンのミニ石膏像(半身像)を用意してくださいました。
 まず、見える人たちがそれぞれの像の写真を見ながらその特徴(顔や髪形、服の様子など)について順番に説明しました。この時、ADさんやTKさんがしばしば、たぶん自分なりにそれぞれの像についてのイメージを作ろうと、細かい質問もしていました。
 以下、見える人たちがした言葉による各像の特徴のまとめです。
バッハ: 顔はふっくらめ、耳は隠れている、髪は肩くらいまで、顎は二重顎。襟のないタートルネック状の服、右側にボタン。
ブラームス: 頬から顎までひげ、鼻からもひげ、額の両側がはげ上がっている、耳は出ている、目は引っ込んでいる、厳めしい学者風の顔。背広。
ハイドン: 耳の横に髪のかたまり(カールしている)、髪の毛はオールバック、顎はしっかり出ている、ひげはない、耳は髪の下に半分出ている、目はやや引っ込み気味。襟は高く顎近くまで、フリフリのリボンかスカーフのようなのが付いている。

 次に、
・見える人たちは、不透明の袋に入れたそれぞれの像を、写真のイメージを手がかりにして、触って区別し、
・見えない人たちは、上の言葉による説明を手がかりに、直接触ってそれぞれの像を言い当てました。

●結果と考察
 見える人たちも見えない人たちも全員、3人の像の区別は付きました。
 見える人たちは主に髪形の違いを触察の手がかりにしていたようです。
 見えない人たちは、顔や髪形とともに、服の様子を手がかりにしていました。

 SKさんは次のように書いています。
「音楽家の石膏像は、髪の毛の特徴は大体分かりました。ハイドンは耳の所がカールしているとか、バッハは鬘をかぶっているということは分かりました。服の形は説明されて触ると理解できました。
でも小原さんも言われたように、全体の人のイメージを想像するまでにはなりませんでした。」

 私はまず区別するために、ブラームスのひげとか、バッハの二重顎とか、服の襟の有り無しやボタンの数などを手がかりにしていました。私の場合、そういう個々の特徴はばらばらになっていて、それらをまとめて各人物の全体像をイメージできるようにはなりませんでした。

 これにたいしTKさんやADさんは人物の全体イメージをつかもうとしていたようです。
 TKさんは
「顔や服装の説明の仕方が、人によって違うので、イメージが膨らんでいくのが面白いです。」
と書いています。
 さらにADさんは、特徴についての質問のときから、各人物を○○系や△△系など自分の持っている人物イメージの型に当てはめようとしていました。そして次のように書いています。
「バッハ、ハイドン、ブラームス、それぞれの特徴の説明を聞きながら、それぞれの顔や服装を思い浮かべました。
それを、簡単なキャッチコピーでまとめました。
バッハは、お上品な地味なおじさん。
ブラームスは、超濃い、ちょっといかつい系のおじさん。
ハイドンは、巻毛のおしゃれなおじさん(ちょっとかわいい系かな?)。
こんな感じに…。
それから、洋服の特徴を捉えて…。
で、実際の像を見て、特徴を照らし合わせて人物を1人ずつ特定していきました。
像の見方は、まず、こっちを向いてじっとしててもらって、髪型、顔の輪郭、目、鼻、口元、ほお、洋服…、というふうに、上から順番に特徴を捉えていきました。
説明とだいぶ印象が違う部分もありましたし、想像通りの部分もありました。」

 見えない人たちの触察について、次の2つの感想がありました。
 まず、見えない人たちは服装にもかなり注目して見分けていることです。
 THさんは次のように書いています。
「見えない人が、顔より服装から判断なさるのも、興味深く思いました。
言葉による説明が、顔より服装の方が、はっきりと特徴をとらえて説明できるからでしょうか?
写真を見る者にとっては、顔や髪型に注目しますので、服装の印象が薄いです。
それで、顔や髪型を探って判断しようとしていました。」
 またNSさんも
「私は写真でも像でも人物の顔が中心で服そうなどほとんど気にしないのですが、見分け方として、服装の説明も大切なんだと思いました。」
と書いています。

 人物を特定し区別するとき、視覚ではなんといっても顔が手がかりになるでしょう。ほんの一瞬見ただけで、何十人何百人の中からだれだか分かるのですから、私からすればすごい能力だと思います。ただそれを言葉で説明するとなると、とても皆さん難しそうでした。細かい特徴は言えてもなかなかその人らしい顔のイメージを伝えるのは至難のようです。
 これにたいし、触覚ではまず一瞬触っただけではほとんど分かりません。順番に触っていって、触って十分に識別できる特徴を探し、個々のそのような特徴から、あるいはそれらの特徴を組み合せて全体的なイメージとして区別できるのでしょう。
 そのさい用いられる特徴は、顔にとどまらず、触って分かるものであれば何でも利用されます。衣服の特徴はもちろん、身体の姿勢や傾き具合、ときには筋肉の張りなどちょっとした凹凸も利用されます。(ちなみに、私が盲学校のとき、相手の手をじっと握っただけで、何十人かの生徒や先生を言い当てられる子がいました。)

 次に、私もあまり気が付いていませんでしたが、見えない人たちの中に人物像を触るさい対面ではなく自分の身体と同じ方向(「向こう向き抱っこ」と表現していました)で触る場合があることです。
 THさんは次のように書いています。
「視覚障害者の中に、『向こう向き抱っこ』にして触られる方がいたのが、新鮮でした。
『対面』以外に触る方法があることに驚きました。
私は、『向こう向き抱っこ』で触ると、鏡文字を読まされているような感じで、イメージがとらえにくかったです。
多分、正面からの写真を見慣れているからだと思います。
私は、写真のイメージを頭の中で描きながら、それと一致する部分を指先で探っていたように思います。」
 私の場合、博物館などで像を触るときは多くの場合対面で触っています。
 しかし、実際の場面では像がどんな風に置かれているか分からずに触ることも多いので、偶然触れた角度のままで触ってしまうこともあります。
 また、対象物と手の位置関係や距離によっても、どんな風に触れば分かりやすいかが影響されます。例えば、手よりだいぶ低い置にある像だったら、対面ではなく向こう側から触ったほうがうまく触れますし、高い所や遠い所にあって手をようやく伸ばして届く所にあるならば、斜めあるいは水平になっているほうが触りやすいです。
 さらに、「向こう向き抱っこ」の触り方だと、自分の身体と同じ方向なので、自分の身体との類比がしやすいというメリットもあると思います。


テーマ2 いろいろな物の感触の言葉による表現

 各参加者に「この感触はどのように表現されるのだろうか」と思うような物を持ち寄っていただき、それらを触った感触を皆さんがどのように表現するのか調べてみようと思いました。
 ほんとうに色々な物が集まりました。いろいろな種類の紙(その中にはパピルスもありました)、いろいろな種類の布、ぶよぶよしたようようのような物とか、すべすべした革のようなのとか、表面はけっこう堅いのに押すと中身がないような感じのバナナ状の形の物とか‥‥ほんとうにいろいろありました。
 しかし、品物が多過ぎていちいち言葉にしている暇がないというのが実際でした。「言葉にする」には、じっくり触り、そして時間をかけなければなりません。今回の企画は失敗でした。このテーマについては、触る物を限定し、時間をかけてできるように、また別の機会にやってみようと思います。

 ASさんが提供してくださった多種の布見本については、ASさんに名前や素材を記してくださるようお願いしてあります。これも改めて触る機会を持ちたいと思います。
 またあのバナナですが、ADさんによればあれには実は香りがあり、その他の果物についても出ているとのことです。


◆次回のテーマ
 触り方について調べてみる予定です。例えばどんな順番で、どのような方法で触るのか、立体物や触図について試みてみます。
 具体的な方法について、なにか良い考えをお持ちでしたらぜひ連絡ください。
 時期は11月末から12月初めを考えています。
 詳しいことは10月末には連絡できるようにします。

(2004年9月28日)