第4回 触図体験: 触図の作成方法とその特性 (2003年12月2日)

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 各触図製作法の特徴を説明しながら、それぞれの方法による触図を皆さんに実際に見て触っていただきました。

◆いろいろな触素材を貼り付けて作成する方法
 紐、布、木材、ゴム、種々の材質の紙などを、台紙など土台となるものに貼り付けて触図を作成する

●長所
 線や面、花や動物など、図の構成要素ごとに素材を変えることで、それぞれの素材の触感の違いで極めて明瞭に図の構成要素を識別できる。
 幼児など、触経験の少ない者にも楽しんでもらえる。

●短所
 まったくの手作業で時間がかかる。
 複製もかなり難しい。
 形の細かい表現にはあまり適していない。

●例示
「触る地球儀」
 直径 65cm、周囲約 2mの塩化ビニル製のボールをベースにして作った地球儀。
 大陸など陸の部分には 2mmくらいの厚さのフェルト地の布を張り、さらにその布の上に 2mmくらいの太さの紐で国境線を示している。
 一番の特徴は、触った瞬間にその触感の違いから海と陸の区別ができること。また、同じ縮尺で各大陸の大きさを比較し、太平洋などの大きさも実感できる。

『もじゃもじゃ』(触る絵本)
 触素材としては布や毛糸が中心。作りは形もふくめとても精巧だが、幼児用としては複雑すぎるかも。木の葉に厚紙を使うなどしてはいるが、もっと触素材が豊富なほうが楽しめるのではないか(ゴム、アルミ箔、いろいろな種類の紙など)。


◆点図による方法
 点字用紙に点で打ち出す方法。点字と類似の触感なので、触読者には慣れている。

@亜鉛板を使ったエンボス製版
 点字教科書などの点字出版で用いられている。

●長所
 点の大小、点の高さ、点の間隔などを自由にできる。
 点以外の、短い線をつなげた破線、三角印や十字形なども使える。
 紙面の裏に出した点を使うことにより、図の表現力が増す。
 1枚の原版から大量に複製できる。

●短所
 原版の製作には、熟練した職人的な技術が必要。
 多様な表現は可能だが、それだけそれを読み取る触知力も必要になる。

●例示
ユニバーサルスタジオジャパンの「点字ガイドブック」
 もっとも大きな点からもっとも小さな点まで 5種の点を使い、なおかつその点の高さも点が大きいほど高く、点が小さいほど低くしている。とくにもっとも小さな点は触ってわずかに分かる程度。
 曲線においてもそれぞれの点の点間隔が一定していて、触り心地が良い。
 裏に出したやや大きめの半球状の点で、水面(池)を示している。
 図の見方について、初めにかなり詳しい解説がある。

『新版 日本地図』第1巻 (東京点字出版所)
 全4巻。第1巻は北海道、東北地方、関東地方の一部。
 マイナスのドライバのようなのを使って出したような横線を縦に並べて山脈を示している。
 リアス式海岸の入り組んだ海岸線を、点間隔の狭い小さな点を使って細密に表している(岩手県の図)。ただし、この曲線をたどるのにはかなりの熟練を要する。

Aエーデルなどの点図描画ソフトを使って点字プリンタで出力する方法
 点図描画ソフトとしては現在エーデル(EDEL)、 BES、点図くんがある。ソフトが無料で、自由に曲線が描け、図の打ち出しに点字プリンタとしてかなり普及しているESA721を使えるため、エーデルがもっとも広く使われている。以下は主にエーデルの場合である。

●長所
 画面上で作図でき、データを共有すればどこででも複製できる。
 裏に出した点も使える。

●短所
 点以外の表現ができない。
 点の大きさが大・中・小の3つに限られる。
 点の高さが調節できない。
 斜めの線や複雑な曲線では、点間隔が一定しなかったり、段差が付くようにずれて滑らかにたどれないことがある。
 画面上ではきれいに描けていても、プリンタで打ち出してみると細かくずれて乱れていることがある。
 複製はできるが、打ち出すプリンタが違えば、細かい部分では差異が生じる。

※ BESでは、グラフィック機能を使って、四角、円、放物線などやそれらを組み合せて、簡単な数学的図を作成できる。点字データと共通のファイルに入れられるが、グラフィック中の点字も本来の点字行にしか書けない。
 点図くんはソフトとしてはもっとも優れているようだが、有料であり、またその機能をフルに表現するには特別のプロッターが必要なこともあって、あまり普及していないようだ。私は点図くんによる触図をほとんど触ったことがない。

●例示
『新訂 図解動物観察事典』第1巻
 全41巻、約3,500ページ、エーデルで作成した点図963点をふくむ。
 領域を点で埋める仕方が優れている。
 曲線や斜めの線でも、点間隔をうまく調節してかなり滑らかに出している。
(エーデルの図については、第5回、第6回でも検討)


◆立体コピー
 原図を、まず発泡剤を塗ったカプセルペーパーにコピーし、それを立体コピー現像機にかけて熱処理し、原図の黒い部分が発砲することで浮き出させる方法。

●長所
 原図は手描きでも、また一般の描画ソフトを使って描いてもよく、原図さえできれば、拡大や縮少もふくめ、簡単に作成できる。(KGSより発売されている立体コピー作成機ピアフでは A3版まで利用できる。)
 触感は軟らかめでよい。
 点図では点が基本だが、立体コピーは線や面を使った表現に優れている。
 複製も簡単。ただし、仕上がりにはむらがあることがある。

●短所
 浮き出しの濃さは加熱温度に左右され(温度が高いほど濃くなる)、温度調節しなければならない。
 小さな点や細い線はぼやけてしまい、原図の通り浮き出すとは限らない。
 点字パターンを直接浮き出させることはできるが、そのさいは発泡による膨張を考慮して、点の大きさはやや小さめに、点間隔はわずかに広めにしたほうが触読しやすい。
 複雑な輪郭をクリアに表しにくい。
 長期間の保存には向かない。

(例示は第5回)


◆サーモフォーム
 元々は点字の複写装置としてアメリカで開発されたもの。原版の上にプラスティック製のシートを被せて熱処理し、シートを軟化させた上でコンプレッサーで下から空気を抜いて原版とシートを密着させることにより、原版の凹凸を極めて正確にコピーする方法。

●長所
 5mmくらいの高さまで、原版の凹凸をかなり正確に表せる。
 ・凹部もふくめ、数段の高さの違いを立体的に表現できる(サーモフォームの地図では、川や水海を凹で表している)
 ・交差している線の上下関係も分かる(文字の書き順も、線の上下関係から判断できることがある)。
 線や面の縁部の細密な形を明瞭に表現できる。
 触って判別しやすい各種の面記号を使える。

●短所
 シートが堅めで吸湿性がないためだと思うが、長い時間触っていると疲れる。
 熱に弱い。
 原版作成にも、複製するにも、かなりの熟練を要する。

※サーモフォームは現在、原版作成の難しさなどのためだと思うが、ほとんど使われなくなってきた。しかし、触図作成法としては今でももっとも表現力が大きく、地図や臓器など複雑で正確さを求められるような触図には、サーモフォームの利用を期待する。

●例示
『世界の国々』第1巻 アジア編 (点友会)
 全5巻の世界地図。現在出版されている触地図よりもかなり詳しく、各国・地域ごとの地図もふくまれている。また別に、各国別のデータをまとめた解説編もある。
 サーモフォームの特徴を生かして、大都市や国境線などをかなり強く表している。
 地名などにできるだけ略記を使わずフルネームで示している。ただし、略記を使った場合、その説明は地図上の空いたスペースに書いているが、その場所が一定せず探しにくい。
 海と陸に跨って地名などの点字を張り付けているため、海岸線をたどれなくなっている箇所が多数ある。
 陸部分の200m以上の地域を示すために格子模様を使っているが、その模様が強すぎて、他が目立たなかったり見にくくなっている。

『指で読む世界地図帳』 (日本点字図書館、1984年)
 全3巻。それぞれに解説付き。サーモフォームの良い点をフルに活用して細密・正確に表現している。
 海外の利用者のことも考慮してだと思うが、地図上の表記はすべて英語。
 点字表記のための台紙の高さがほとんど目立たない。スペース節約のためだと思うが、しばしば普通サイズより小さな点字を使用。(読みにくいという人もいると思う)
 陸部分では、陸高300m以上、1500m以上、3000m以上の部分を、ざらざらの程度と高さの違いの両方を使って表現。


◆発泡印刷
 シルクスクリーン原版を作り、発泡剤を混入した特殊なインクでシルクスクリーン印刷をする。印刷した用紙を加熱すると、インクが発泡して盛り上がる。

●長所
 大量部数の印刷ができる。
 点字と併用して美しい印刷物ができる。
 ある程度細密な表現が可能。
 紙は軟らかめで、手触りは良い。

●短所
 印刷にばらつきが生じることがある。
 盛り上がりの高さは低めで、点図ほどには線や面の輪郭がクリアではない(とくに長い時間が経った場合)

●例示
「テルミ」 116〜122号 (日本児童教育振興財団)
 見えない子どもたちのための、手で見る学習絵本。 1983年より年6回発行。1冊400円と極めて安価。(注文など詳しくは、http://www.normanet.ne.jp/~ounkai/terumi/terumi.html)
 内容は、つるつる・ざらざらなどの触感の違い、迷路、ゲーム、動物・植物・機械やロボットなど、ひらがな・カタカナ・アルファベット・漢字など、ことわざ、折紙、料理など、きわめて多彩。「テルミのひろば」という読者コーナーもあり、見えない子どもたちの描いた絵も載っている。
 昆虫などは、背中側から見た図、腹側から見た図、横から見た図、飛んでいるところなど、いろいろな視点からの図が載っており、立体物の触図化にもとても参考になる。
 今回の例示中、この「テルミ」がもっとも受講者の関心を惹いたようです。

『触察解剖図』第9分冊「感覚器、細胞と組織」 (桜雲会)
 全体に浮き出しの高さはやや低めだが、線や面がきれいに出ている。
 略記として、あ、い、う、え、お……のように、1マスの点字が多く用いられている。略記を探すのに苦労することがある。(点図の場合は、1マスの点字と図表現がより識別しにくくなるので、避けるべき)


◆紫外線硬化樹脂(UV)インクによる方法
 紫外線を照射するとその樹脂が瞬時に硬化してしまう特殊な光硬化樹脂を原料としたインクを用いて、印刷部分を凸状に盛り上げる

●長所
 大量部数の印刷に適している。
 透明なインクを使えば、普通の印刷面の上に重ねて印刷して見える人と見えない人が共用できるいわゆるユニバーサルな印刷物が提供できる。

●短所
 広い面では、盛り上がりの高さにむらができることがある。
 細密な表現にはあまり向かない。

●例示
ユニバーサルデザイン絵本センターの絵本
 ユニバーサルデザイン絵本センターは、2002年4月に発足のNPO法人(注文など詳しくは http://www.ud-ehon.net/
 これまでに、「てんてん」「でこぼこえかきうた」「ゾウさんのハナのおはなし」「チョウチョウのおやこ」の4冊出版。
 絵はどれも、触って分かりやすいように、数種の特徴だけをとくに取り出しとてもシンプルになっている。
 ゾウのように広い面を浮き出させて描いている場合、一部その高さが低くなっている所がある。
 「でこぼこえかきうた」は、ページをめくるごとにブタの顔やカニがそれぞれ4段階で出き上がっていく様子を示した絵本ですが、ある受講者がアイマスクをしてカニの完成した絵だけを触って 2分くらいで言い当てていたのには感心しました。特徴的な眼がヒントになったようです。

バリアフリーパッケージ 『新版 100億年を翔ける宇宙--さわるカラーグラビア--』 加藤万里子著 恒星社厚生閣
 24枚の図版シートを綴じた本体と、本文のテキストデータおよび図版の解説が入ったフロッピーディスクで構成。(注文など詳しくは http://www.kouseisha.com/01_astronomy/0886_5.html)
 図版では、天体や天球図、グラフなど、書籍版の図46点がカラー印刷とUV印刷され、見える人・見えない人が共用できるようになっている。
 文字ばかりでなく図も含めてのバリアフリー出版として高く評価できる。
 図版はかなりカールしており、また少し指の滑りもわるい。しかし、これまでの点字の教科書などでは省略されてきたような写真や絵にも触れることができ、画期的な試みだと言える。


〈参考』 見えない人でも作図できる方法

●レーズライター
 シリコンゴムなど弾力性に富む下敷き(盤)の上に、塩化ビニル製の特殊な用紙を乗せ、その用紙の上でボールペンなどで線を描くとその部分が浮き上がってくる。
 もちろん見える人も使えるが、見えない人が簡単に文字や図を描くのに便利な道具。(今回の講習会では私もしばしばレーズライターで簡単な図を描き、それを協力者に黒板に写してもらいました。)
 きれいに線を出すにはそれなりのこつが必要。線の種類を変えるのは難しく、複雑な図形には不向き。用紙がすぐにくるくると巻きやすいのも問題。

●ルレットを使う
 ゴム板や厚手の布の上に点字用紙を置き、その上からルレットで線を描く。ルレットの歯で刻まれる線は用紙の裏に出るので、ルレットで描いた図と実際に触る図とは左右反対になる。
 見える人の場合、トレーシングペーパー(半透明)を使うことにより、左右対称ではなく原図と同じ方向で描くことができる。(以下のトレーシングペーパーを使った触図作成法は、協力者の西野さんによる)
1.原本を良い大きさにコピーする。
2.コピーの上にトレーシングペーパーを置いて、かるくとめる。
3.トレーシングペーパーに図を写す(コピーしなくても直接トレーシングペーパーに図を描いてもよい)。
4.図の描かれたトレーシングペーパーを点字用紙の裏側に裏向けにのせ、かるくとめる。
5.トレーシングペーぱーの上から3.の線をルレットなどでたどっていく。
 ルレットの歯の大きさには 3種類くらい異なる物が市販されており、それを使い分けることである程度複雑なグラフなども描くことができる。

●点字版を使う
@点字板の上のほうには点字用紙を留める針が上下 2個ずつあり、点字用紙を留める位置を変えることで縦にも連続した点を打つことができる。簡単な帯グラフや棒グラフ、直角で囲まれた図形は、点字板(あるいはライトブレーラー)で描くことができる。
A点字用紙を10cm四方くらいに切り、点字板上の定規の中で回転できるようにする。定規に紙をはさみ、点を打ちながら紙の角度を変えていくことで、 3角形や多角形、曲線を描くことができる。(ただし、点は裏に出て自分では十分確認できないので、思い通りの図を描くのはなかなか難しい。)
 どちらの方法でも、点字板を使う方法は左右反対になるので、注意が必要。

●製図用テープを使う
 3、4mmの製図用テープ(レトラライン)を紙に張り付けていく方法。直線の組み合せや緩やかな曲線が描ける。(急なカーブは難しい)

●マグネットシートの利用
 大きめのマグネットシート(20cm×30cmの物が市販されている)の上で、細い針金のような物で形を作り、磁力で固定する。