第8回 身の回りの立体物 (2004年1月27日)

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◆空間概念の発達 (私の場合)
 立体物を立体として認識するためには、個々の点や線や面を別々に触知できているだけでは不十分で、それなりの空間概念に基づいて全体にまとめ上げて行く能力が必要である。
 以下、私の経験に照らして、空間概念の発達についてひとつの図式を示してみる。

●ボディーイメージ
 自分の身体全体、身体各部の位置や相互関係などについての認識。一般には、体性感覚のほか、視覚も寄与していると言われる。見えない人の場合はとくに、身体(やその各部)を動かした時にはたらく力(重力や慣性力など)および身体と回りの物との衝突などの体験が重要だと思う。
 前後・左右・上下などの方向の概念、近付く・遠ざかる、回る、倒れる、逆さになるなどの運動の概念もふくまれる。
 →乳幼児期からの、身体をぶつけながらでも這い回り動き回るような運動から自然に身に付いて来る部分も多い。しかし、自分の姿勢や動きの特徴や癖のようなものについては、盲学校入学後相手から言われて意識するようになった。ボディーイメージの獲得には回りの人たちの〈目〉も必要で、長い期間を要する。

●ボディーイメージの拡張
 身体に密着している物を自分の身体の一部・延長として扱うことができるようになる(着ている衣服、持っている荷物、使っている道具など)。
 →衣服や靴などの着脱、箸や金槌などの道具を使う、物運びなど

●親密な空間
 家の中などふだん自分が生活している場では、身体の周りに手足などを自由に伸ばし使える空間が出来てくる。そういう所では、たいして注意しなくても身体をかなり自由に動かすことができる。いわば、身体で覚え込んだ空間。

●線的に伸びた空間
 親密な空間から、よく行き慣れた場所などに向かって、いわば紐のように身体で覚えた線的空間が伸びていく。
 →隣りの家までのカーブした道(水平方向)、梯子や急な坂の上り下り(垂直方向)。

●線的な空間の関連付け
 2つ以上の別々の線的な空間(道)が、ある所ではつながっていることが偶然分かる。(次第にそのつながりの数や広さが増し、またそのことを意識しはじめる)

●面的・立体的な空間
 直接的な感覚・経験を越えた空間の広がりを感じる。
 →山の高い所で空間の広がり(上下の方向もふくめて)を感じる。自分の世界とは直接関係ないような、日本や世界の地図(身の回りの地域の地図に触れたり、歩行ルートをしっかり頭で描くようになったのは、10代後半になってから)。一様に広がった幾何学的な空間。その中での回転・対称移動などの操作。


◆形状理解や頭の中でのイメージ力に役立った経験

●学齢前
 ・泥団子
 ・雪だるま(ただ転がすだけでは球にならない)
 ・柱時計を壊す(ぜんまいや歯車)
 ・簡単な木工(兄たちの真似をして橇を作ろうとした、もちろん失敗)

●小学校
  積木(丸、三角など何となく知っていた形をはっきり覚える。家や車などの模式的な形を作り覚える)
 ・算数の教科書の簡単な点図、日本地図や世界地図
 ・折紙などの紙細工(折り方による形の変化、対称性)
 ・鎌倉造り(外形を想像する、それに合せて内側を掘る。なかなか成功しなかった)
 ・型を取って中空の起きあがりこぼしを作る(けっして触れない内部の中空を想像する)
 ・石を触る
 ・包丁でいろいろな形に切る(切る方向によって断面の形が変わる、角切りやみじん切りの仕方)
 ・ビーズ細工

●中学・高校
 ・将棋(平面をしっかり頭に浮かべる)
 ・石鹸や木で簡単な彫刻
 ・平面座表・空間座表、回転体、いろいろな形の面積や体積
 ・理科の教科書の図、原子や宇宙など目に見えない世界を想像する

●それ以降
 ・デパートでの物触り
 ・レゴ
 ・陶芸?
 ・鉱物の収集
 ・博物館などに行く
 ・立体パズル


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◆立体物の形状理解のために (太田)
 基本形状によるイメージの連想、合成、類推

@基本形状のパーツ
 文章は、たくさんの言葉(単語)のパーツを組み立てて構成されています。
 同じように形あるものも、平面では丸・三角・四角など、立体物では立方体・直方体・円柱・球・角錐体というような「基本形状」をベースにいくつかの「形状のパーツ」を組み合わせた集合体を構成しています。
 これらの形を構成する基本形状のパーツをできるだけ多数、脳裏に蓄えられていると触図や立体物を理解する場合大いに助けになると思われます。

・形状の基準線
   自然の物体に比べ、人が作った身の回りの物体は、左右対象や上下対象になっているものが沢山あります。また、形状の基本パーツも、対称軸のような基準線を持つものがほとんどです。
 この基準線は、形状を掴むための重要な「よりどころ」になります。
 たとえば、基準線(対称軸)が垂直でない場合
2等辺三角形と直角三角形が混同されたり
ひし形にいたっては、直感でひとたび平行四辺形だと認識すれば、それがひし形であると判ってもなかなか修正できません。

★動物や植物などの基本形
 ・水中をおよぐ、空を飛ぶ
 ・2本足、4本足、6本、それ以上の足

★基準線を付けた基本形状のパーツ試作例

A基本形状の形をした物体の連想ゲーム
 基本形状の認識ができたら、その形をした代表的なもの(できれば数点)を触知してイメージタンクに蓄えます。
 そして、それらを連想するイメージトレーニングを行なうことにより、類推能力も高まってきます。

★連想ゲームの例
 ・丸いもの:⇒10円玉 あんパン フライパン タイヤ
 ・球体のもの:⇒野球のボール サッカーボール ガスタンク 月
 ・2本足でよちよち歩きする動物:
 交互に連想を続けて行くゲームによって、トレーニングすることもできます。

Bイメージ合成と推測のゲーム
  立体物に触れて全体像を認識するには、部分的な形状パターンを触知して、全体の形を合成して類推することになります。

★推測ゲームの例
 ・ジェスチャーゲームを言葉だけで行うもの。
 ・問題提出者は、1つの物体について、それを構成するいくつかの基本の形がヒントになるよう、詳しく(個数、大きさなど)説明する。
 ・見方の回答者に、それが何か、何分間で伝えることができるかを競う。

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◆立体形状の理解に役立つ品物
 簡単に入手できる安い商品を集めてみました。

@立体物を構成する基本形
 各種の積木がある。
 一般の積木にはふくまれていない物として、木製の
・直径が同じ円柱と球と半球
・直径が同じで高さが 1:2 の円錐2個円錐台
・1辺の長さが同じ4角錐と3角錐
を用意した。
 その他、展開図から紙でいろいろな立体を作ることができる。

Aマグネット スティック アンド ボール
 ラ シェールの商品。
 2種類の長さの棒(3cmと6cm)とパチンコ玉のような球(直径1cm)を組合せてかなり自在に立体を作ることができる。棒の両端が磁石になっていて、棒と球、棒と棒をくっつけて立体を作る。オブジェにもなる。

※類似の商品に、かなり高額になるが、「スーパーマグ」がある。棒の長さが2.6cmと1.4cmと短かく、磁力が強力。棒の先が細くなっていて、1個の球に多数の棒がくっつき、より複雑な形を作ることができる。

B手さぐりゲーム
 タカラの製品。日本点字図書館(以下、日点と略す)用具事業部が点字・テープの説明書などを付けて販売している。
 2〜4人で遊べるファミリーゲーム。5〜10cmくらいの色々な小物(フィギュア)を箱(縦横30cm 高さ10cm余。4方に手を入れるためのゴム製のゲートがある)の中に入れて、カードをめくり、カードに書かれた品目に合わせて、箱の中の小物を手さぐりで探し当てるゲーム。
 小物は次の24種。
犬、サイ、馬、トラ、ロバ、野牛、ワニ、カエル、豚、子羊、子牛、ゾウ、ヤギ、猿、赤いチェッカー、白いチェッカー、くし、ヘアブラシ、スプーン、フォーク、入れ歯、買物車、盆、手鏡
 さらにこの小物には、「手さぐり大百科 海の仲間」と「手さぐり大百科 ミステリー」という名で、次の各12種が追加販売されている。
海の仲間: 巻貝、くじら、イルカ、ホタテ貝、タコ、エビ、カニ、くらげ、サメ、マンボウ、サンゴ、ダイバー
ミステリー: がいこつ、へび、宇宙人、鍵、コウモリ、ムカデ、燭台、棺おけ、短剣、鍵付き日記、クモ、ゴキブリ

 各小物にはそれぞれ手さぐりカードがあり、小物の写真とともに、その小物の特徴を主に触覚で識別するための説明文が点字で書かれている(説明文はテープでも聞くことができる)。
犬: 「毛の長い大形犬です。毛が長いので、縦に縞が入っているようなざらざらな感触です。口が細く出ており、小さな耳が上に向っています。この犬は顎の下側にも毛が長く伸びています。尻尾は短く、先端がとがって少し上にカーブしています。」
サイ: 「頭の先には太い角、すぐ隣りには小さな角が生えています。頭の付け根近くに2つの耳が鋭く立ち上がっています。(首はほとんどありません。)体の表面はざらざらの模様があり、脚は太く短い。胴部はかなり横幅があります。脚には横に線のような模様が入っています。」
カエル: 「細い紐のような2本の手と、細く長い後脚が特徴的です。手と脚の先は細い指があり、手は4本、脚は5本の指が確認できます。水面を泳いでいるような状態のカエルです。」
ヤギ: 「頭の先にV字型に角が生えており、頭は左を向いています。毛が長い動物なので、体全体に縦に細かい線が入っています。また顔の先端にある口の下にひげが確認できます。小さな尻尾が上に向っています。」
イルカ: 「全体に流線形で、背鰭から尾鰭にゆくにつれて下側に大きくカーブしています。ちょうど尾鰭で水を下に向ってかいで泳いでいる形です。イルカは尻尾を上下して進むので、尾鰭は水平に付いています。また、口先がとがっており、頭部の額が丸くつるつるしています。また、口の根元近くの目も少し出ています。」
マンボウ: 「体は卵形で平たく、平たい胴部の両側面から長い鰭が出ています。胴部の中央前寄りに小さな胸鰭があるのが分かります。また胴部の端にはかじ鰭があり、波のようなカーブが付いています。(マンボウは、尾鰭ではなくかじ鰭と言います。)」
サンゴ: 「木の枝か、鹿の角のように枝分かれしており、表面はざらざらしています。」
がいこつ: 「頭はつるつるして、目が落ち込んでいます。口が開いて、歯の並びが触感でぎざぎざに感じます。がいこつの頭部、顔のみの模型なので、裏側はへこんでいます。」
コウモリ: 「小さな丸い形をした胴部から翼を広げている形です。翼にはこうもり傘のような骨があります。翼の下端からは少し骨が出ています。翼中央には小さな顔があり、2つの耳がつんと立っています。」
 このような説明文は、立体物の特徴を触覚特性で記述するための手本として参考になると思う。

C小鳥日和・野鳥美術館
 タカラの製品。現在日点から、点字・テープの説明付きで、キセキレイ、カワセミ、ルリビタキ、ウグイスの4種が発売されている。同シリーズにはこの他に、オールリ、シジューカラ、スズメ、メジロなどがある。
 大きさも形も本物に近い鳥の模型で、見た目もかなり良くできているようだ。
 鳥の前を横切ったり、近づいたりすると、その鳥の鳴き声とともに、頭と尾を動かす。(頭と尾の動き方を触って知るのは難しい)

D立体パズル(動物模型)
 ラ シェールの商品。いずれも 1個400円
 時間はかかるが、私は完成図などまったく見ず名前も知らないまま、触ってだけで組み立てている。実際の形や姿をよく再現しているようだ。
 (括弧内はピース数)
ワイルドアニマルパズル: ゾウ(34)、ライオン(28)、サイ(32)、トラ(24)
ワイルドアニマルパズル2: チーター(23)、キリン(29)、カバ(35)、シマウマ(24)
キュートアニマルパズル:コアラ(21)、リス(22)、イタチ(18)、ハリネズミ(24)
コーラルフィッシュパズル: カウフィッシュ(20)、バタフライフィッシュ(14)、トマトフィッシュ(11)、ボールフィッシュ(23)
レプタイルパズル: クロコダイル(25)、ゾウガメ(27)、カメレオン(19)、キングコブラ(20)
アメリカンアニマルパズル: ヘラジカ(21)、クマ(22)、オオカミ(21)、ワシ(20)
 組立過程を通して、完成品では触って十分分からなくなってしまう所も詳しく知ることができる。また、これら多様な動物を組立てることで、動物についてのイメージもかなり広がったように思う。例えば、「テルミ」(手で見る絵本)に描かれている動物の図を触って、その動物の立体的な姿をこれまでよりははるかにイメージできるようになった。

E分子模型など
 本来目に見えない物のイメージ化。

●実体分子模型
 仮説社で取り扱っている教材用の模型。約1億分の1の大きさで、原子の大きさや結合の角度・様子など、実際の分子をかなり忠実に再現しているようだ。
・もし原(もしも原子が見えたなら)セット
 水素、炭素、酸素、窒素、硫黄の原子のセット。水素はもっとも小さくてすぐ分かるが、その他の原子は大きさがあまり違わないため触って区別するのはやや難しい。水、2メタン、酸化炭素、2酸化窒素、硫化水素などを作ってみた。
・ベンゼン
 炭素原子6個が環状につながり、その外側に水素原子が1個ずつ結合している。
・氷
 水分子12個が水素結合で互いにしっかり結び付いている。酸素原子6個が水素原子で(変形した)環状に結び付けられた形が5つ出来ている。

※忠実な模型ということにこだわらないならば、いろいろな形の触知のためには HGS分子模型のほうが適しているように思う。

●発泡スチロールの玉を利用した模型
 発泡スチロールの玉を利用した手作りの分子模型・結晶模型をある方から貸し出していただきました。
・水分子
 大きな酸素原子と小さな水素原子
・体心立方格子
・面心立方格子: 1段目 5個、2段目 4個、3段目 5個(1段目と同じ)を重ねていく。
・六方最密格子: 1段目 7個、2段目 3個、3段目 7個(1段目と同じ)を重ねていく。
・塩化ナトリウム: 大きな塩素原子がちょうど面心立方格子の位置に並び、その間にはさまれるように小さなナトリウム原子が並んでいる(ナトリウム原子も、角度を変えて観れば、面心立方格子の配置)。

※体心立方格子、面心立方格子、六方最密格子については、一定の大きさの箱に順次球を詰めていくやり方も試してみたい。

F等高線を利用した地形模型
 ニシムラ精密地形模型の商品。

●だんだん地図
 手作り立体地図。カッターで簡単に切れるスチレンペーパーを使用。等高線を切って、重ねて、貼って、地形模型を作る。以下の完成品は、会社の方が作ってくださったものです。
・日本全図(作る前の物と、完成品): 縮尺 1/600万、完成寸法 35cm×20cm、等高線は 0m 100m 200m 500m 1,000m 2,000m 3,000m
 広い平野(0〜100m)は 関東、名古屋付近、北海道の東側くらいで、大部分が山岳であることが分かる。ただし、触知のためには縮尺が大き過ぎる。
※受講生の皆さんにはお見せできませんでしたが、「日本とその周辺」の300万分の1のレリーフマップを安く入手し、海岸線には細いレース用の糸を張ってもらいました(レリーフマップだと海岸線は触ってまったく分からない)。これだと地形の様子がかなりよく分かる。

・富士山(完成品): 縮尺 1/20万、完成寸法 19cm×28cm、高さの誇張率 2倍、等高線の間隔 100m、高さ 0m〜3,780m
 北は富士五湖から南は駿河湾までで、裾野の広い滑らかな富士山の形がよく分かる。駿河湾の海岸線、東海道新幹線、東名高速、100m 200m 300m …… 1000mの等高線、富士五湖の一部なども確実に触知できる。

・淡路島(完成品): 縮尺 1/30万、完成寸法 13cm×18cm、高さの誇張率 3倍、等高線の間隔 100m、高さ 0m〜600m

●百名山地形模型
 全て7cm×7cmのサイズで、材質は石膏。(価格は各 500円)
 実際の商品はカバーされているが、触って観察できるよう、会社の方に、カバーをはずして台に取り付けてもらい、さらに触っても石膏が磨耗しないよう、色スプレー、ラッカー、ニスで数段階の補強をしていただきました。

・利尻岳:縮尺 1/28万、等高線の間隔 100m、高さの誇張率 2.8倍、高さ 0m〜1,721mまで。 島の形がよく分かる。富士山を急にしたようなきれいな形。
・阿寒岳: 縮尺 1/10万、等高線の間隔 60m、高さの誇張率 1.66倍、高さ 600m〜1,499mまで
・八甲田山: 縮尺 1/15万、等高線の間隔 100m、高さの誇張率 1.5倍、高さ 500m〜1,584mまで
・阿蘇山: 縮尺 1/40万、等高線の間隔 100m、高さの誇張率 4.0倍、高さ:200m〜1,592mまで。 広い火口原や外輪山がよく分かる。

●トポマップ
 精密に等高線を再現した地形模型。材質は石膏。観賞用のケースに入っているが、百名山地形模型と同じように、ケースから出して台に取り付け補強してもらいました。
・箱根: 縮尺 1/10万、完成寸法 16cm×16cm、等高線の間隔 40m、高さの誇張率 2.5倍、高さ 40m〜1,440mまで(芦ノ湖は 720m)
  中央の高い山、その回りの火口原(その一部が芦ノ湖)、その外側の外輪山、さらに深く刻まれた谷の細かい様子など、とてもよく分かる。

※一般のレリーフマップより、等高線を利用した地形模型のほうが触知のためには利点が多いように思う。


〈参考URL〉
日本点字図書館 http://www.nittento.or.jp/
ラ シェール http://www.lachere.co.jp/
仮説社 http://www.kasetu.co.jp/
HGS分子構造模型 http://pub.maruzen.co.jp/cd_others/hgs/
ニシムラ精密地形模型 http://www.nishimura-mokei.com/