第3回 触る教材の体験 (各種の触図、触知模型など)

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1 触図
 
◆いろいろな触素材を貼り付けて作成する方法
 紐、布、木材、ゴム、種々の材質の紙などを、台紙など土台となるものに貼り付けて触図を作成する
 
●長所
 線や面、花や動物など、図の構成要素ごとに素材を変えることで、それぞれの素材の触感の違いで極めて明瞭に図の構成要素を識別できる。
 幼児など、触経験の少ない者にも楽しんでもらえる。
 
●短所
 まったくの手作業で時間がかかる。
 複製もかなり難しい。
 形の細かい表現にはあまり適していない。
 
例:韓国の手作り絵本、布などを利用して作った絵(「猫」「人魚姫」)
 
 
◆点図による方法
 点字用紙に点で打ち出す方法。点字と類似の触感なので、点字触読者には慣れ親しみやすい。
 
@亜鉛板を使ったエンボス製版
 点字教科書などの点字出版で用いられている。
 
●長所
 点の大小、点の高さ、点の間隔などをほぼ自由に調整できる。
 点以外の、短い線をつなげた破線、三角印や十字形なども使うことができる。
 紙面の裏に出した点を使うことにより、図の表現力が増す。
 1枚の原版から大量に複製できる。
 
●短所
 原版の製作には、熟練した職人的な技術が必要。
 多様な表現は可能だが、それだけそれを読み取る触知力も必要になる。
 
例:「ニングルと歩く森 ふらのの風になって」(点字絵本)、「2010年チャレンジ点字カレンダー(星図)」、「基本地図帳」
 
Aエーデルなどの点図描画ソフトを使って点字プリンタで出力する方法
 点図描画ソフトとしては現在エーデル(EDEL)、 BES、点図くんがある。ソフトが無料で、自由に曲線が描け、図の打ち出しに点字プリンタとしてかなり普及しているESA721を使えるため、エーデルがもっとも広く使われている。以下は主にエーデルの場合である。
 
●長所
 画面上で作図して、データとして保存できる。点図を打出せるプリンタがあれば、データから自由にプリントアウトできる。
 裏に出した点も使える。
 
●短所
 点以外の表現ができない。
 点の大きさが大・中・小の3つに限られる(さらに、中と大の点の違いも少ない)。点の高さは、エーデルでは調節できない。
 斜めの線や複雑な曲線では、点間隔が一定しなかったり、段差が付くようにずれて、滑らかにたどれないことがある。
 画面上ではきれいに描けていても、プリンタで打ち出してみると細かくずれて乱れていることがある。また、プリンタが誤動作することもあり得るので、その都度うまく打ち出されているかどうかを確認することが必要。
 複製はできるが、打ち出すプリンタが違えば、細かい部分では差異が生じる。
 
※ BESでは、グラフィック機能を使って、四角、円、放物線などやそれらを組み合せて、簡単な数学的図を作成できる。点字データと共通のファイルに入れられるが、グラフィック中の点字も本来の点字行にしか書けない。
 
例:「雪の結晶」
 
 
◆立体コピー
 原図を、まず発泡剤を塗ったカプセルペーパーにコピーし、それを立体コピー現像機にかけて熱処理し、原図の黒い部分が発砲することで浮き出させる方法。(KGSより発売されている立体コピー作成機ピアフでは、カプセルペーパーに直接マジックなどで手描きしてもかなりきれいに立体コピーできる。)
 
●長所
 原図は手描きでも、また一般の描画ソフトを使って描いてもよく、原図さえできれば、拡大や縮少もふくめ、簡単に作成できる。(KGSより発売されている立体コピー作成機ピアフでは、 A3判まで利用できる。)
 触感は軟らかめでよい。
 点図では点が基本だが、立体コピーは線や面を使った表現に優れている。
 複製も簡単。ただし、仕上がりにはむらがあることがある。
 
●短所
 浮き出しの濃さは加熱温度に左右され(温度が高いほど濃くなる)、温度調節しなければならない。
 小さな点や細い線はぼやけてしまい、原図の通り浮き出すとは限らない。また、用紙の周縁部ほど十分に浮き出さないことがある。
 点字パターンを直接浮き出させることはできるが、そのさいは発泡による膨張を考慮して、点の大きさはやや小さめに、点間隔はわずかに広めにしたほうが触読しやすい。(立体コピー用の点字フォントがインターネット上で公開されている)
 複雑な輪郭をクリアに表しにくい。
 長期間の保存にはあまり向かない。
 
例:「グリとグラ」、「人体の構造と機能(解剖・生理)図譜版」(第3巻)
 
 
◆サーモフォーム
 元々は点字の複写装置としてアメリカで開発されたもの。原版の上にプラスティック製のシートを被せて熱処理し、シートを軟化させた上でコンプレッサーで下から空気を抜いて原版とシートを密着させることにより、原版の凹凸を極めて正確にコピーする方法。
 
●長所
 5mmくらいの高さまで、原版の凹凸をかなり正確に表せる。
 ・凹部もふくめ、数段の高さの違いを立体的に表現できる(サーモフォームの地図では、川や水海を凹で表していることも多い)
 ・交差している線の上下関係も分かる(文字の書き順も、線の上下関係から判断できることがある)。
 線や面の縁部の細密な形を明瞭に表現できる。
 触って判別しやすい各種の面記号を使える。
 
●短所
 シートが堅めで吸湿性がないためだと思うが、長い時間触っていると疲れる。
 熱に弱い。
 原版作成にも、複製するにも、かなりの熟練を要する。
 
※サーモフォームは現在、原版作成の難しさなどのためだと思うが、ほとんど使われなくなってきた。しかし、触図作成法としては今でももっとも表現力が大きく、地図や臓器など複雑で正確さを求められるような触図には、サーモフォームの利用を期待する。
※アメリカでは現在でも、博物館や美術館もふくめ、サーモフォームがかなり使われているようだ。また、日本では最近、数cmもの凹凸まで表現できるイギリス製の真空製型機が一部で使われ始めている。
 
例:「世界の国々」
 
 
◆発泡印刷
 シルクスクリーン原版を作り、発泡剤を混入した特殊なインクでシルクスクリーン印刷をする。印刷した用紙を加熱すると、インクが発泡して盛り上がる。
 
●長所
 大量部数の印刷ができる。
 点字と併用して美しい印刷物ができる。
 ある程度細密な表現が可能。
 紙は軟らかめで、手触りは良い。
 
●短所
 印刷にばらつきが生じることがある。
 盛り上がりの高さは低めで、点図ほどには線や面の輪郭がクリアではない(とくに長い時間が経った場合)
 
例:「社会科地図帳」、「テルミ」(121号、122号)
 
 
◆紫外線硬化樹脂(UV)インクによる方法
 紫外線を照射するとその樹脂が瞬時に硬化してしまう特殊な光硬化樹脂を原料としたインクを用いて、印刷部分を凸状に盛り上げる
 
●長所
 大量部数の印刷に適している。
 透明なインクを使えば、普通の印刷面の上に重ねて印刷して見える人と見えない人が共用できるいわゆるユニバーサルな印刷物が提供できる。
 
●短所
 広い面では、盛り上がりの高さにむらができることがある。
 細密な表現にはあまり向かない。
 
例:『遠き道展―はて無き精進の道程―』(触図録 手でみる作品ガイド,生活の友社、2008)、『視覚障害者のための所蔵品ガイドブック 2』(岐阜県立美術館、2001)、ユニバーサルデザイン絵本「なないろのクラ」「かみさまにえらばれた12のどうぶつ」
 
 
【参考】 見えない人でも作図できる方法
●レーズライター
 シリコンゴムなど弾力性に富む下敷き(盤)の上に、塩化ビニル製の特殊な用紙を乗せ、その用紙の上でボールペンなどで線を描くとその部分が浮き上がってくる。
 もちろん見える人も使えるが、見えない人が簡単に文字や図を描くのに便利な道具。
 きれいに線を出すにはそれなりのこつが必要。線の種類を変えるのは難しく、複雑な図形には不向き。用紙がすぐにくるくると巻きやすいのも問題。
 
●ルレットを使う
 ゴム板や厚手の布の上に点字用紙を置き、その上からルレットで線を描く。ルレットの歯で刻まれる線は用紙の裏に出るので、ルレットで描いた図と実際に触る図とは左右反対になる。
 見える人の場合、トレーシングペーパー(半透明)を使うことにより、左右反対ではなく原図と同じ方向で描くことができる。(以下のトレーシングペーパーを使った触図作成法は、協力者の西野さんによる)
 @原図を適切な大きさにコピーする。
 Aコピーの上にトレーシングペーパーを置いて、かるくとめる。
 Bトレーシングペーパーに図を写す(コピーしなくても直接トレーシングペーパーに図を描いてもよい)。
 C図の描かれたトレーシングペーパーを点字用紙の裏側に裏向けにのせ、かるくとめる。
 Dトレーシングペーぱーの上からBの線をルレットなどでたどっていく。
 ルレットの歯の大きさには 3種類くらい異なる物が市販されており、それを使い分けることである程度複雑なグラフなども描くことができる。
 
●点字版を使う
 @点字板の上のほうには点字用紙を留める針が上下 2個ずつあり、点字用紙を留める位置を変えることで縦にも連続した点を打つことができる。簡単な帯グラフや棒グラフ、直角で囲まれた図形は、点字板(あるいはライトブレーラー)で描くことができる。
 A点字用紙を10cm四方くらいに切り、点字板上の定規の中で回転できるようにする。定規に紙をはさみ、点を打ちながら紙の角度を変えていくことで、 3角形や多角形、曲線を描くことができる。(ただし、点は裏に出て自分では十分確認できないので、思い通りの図を描くのはなかなか難しい。)
 どちらの方法でも、点字板を使う方法は左右反対になるので、注意が必要。
 
●製図用テープを使う
 3、4mmの製図用テープ(レトラライン)を紙に張り付けていく方法。直線の組み合せや緩やかな曲線が描ける。(急なカーブは難しい)
 
●マグネットシートの利用
 大きめのマグネットシート(20cm×30cmの物が市販されている)の上で、細い針金のような物で形を作り、磁力で固定する。
 
 
2 その他の触知教材
 (私の手元にあるものをいくつか紹介します。)
 
●レリーフ
 ・日本の立体地図
 ・マリアとイエスのレリーフ
 
●取り外し・組立てのできる模型
 ・花模型
 ・人体の内臓模型
 
●メカニックが分かる
 機関車 (水平運動を回転運動に変える)
 
●歴史的な資料のレプリカ
 ・火炎式土器
 ・金員
 ・勾玉
 
●動物などの模型・ミニチュア
 カワセミ、マカジキ
 
●化石など
 三葉虫、アンモナイト
 
 
◆メモ:触知教材として相応しいものは?
 
●日常よく触れられる物でなければ、単純な物でも良い
 
●細か過ぎないこと
 レプリカの場合は、必ずしも実物に忠実でなくても良い。触って分かりやすいように、非常に細かい所は省略されたり、一部が強調されたりしても良い。
 実物でない場合は、大きさが比べられるように、倍率が分かっているのが良い。
 
●凹よりも凸のほうが触って分かりやすい
 とくに細い線で刻まれた文字や形は、触って知るのに努力が要る
 
●スムーズな指の動きを妨げないような作りを心がける
 角や切り口に注意する(あまり鋭くならないようにする)。
 面の違いは、それぞれの手触りをはっきり異なったものにすれば、高さはあまり変えなくてもよく分かる。
 
●内部の構造が触れられるようになっていたり、組立ててみたりできるとなお良い
 
●壊れにくい物
 壊れやすい部分は、できれば補強する。あらかじめどこが壊れやすい部分か伝える。
 
(2010年11月28日)