カイコ ―家畜度100%?―

 家畜は自然の動物を人間が飼い慣らしたもので、人間の手を離れたら野生化して生きていく。犬や猫はもとより、牛や馬なんかもそうである。原野に暮らさせれば野牛や野生馬となる。鶏なんかは・・・まあ、ほかの動物にくらべればなんか難しそうな感じはするが、猫なんかに襲われなければ無事に生き抜いていけるだろうと思える。動物というのは、普通は家畜化されても内に野生は残しているものなのである。

 しかし、このカイコという動物は少し違う。人間の手を離れては生きていけないのだ。カイコを野生の桑に止まらせておくと一週間ほどで全滅してしまう。風で木が揺れ動くと、把握力の弱いカイコは枝から墜落し、はい上がることができない。また運良く木から落ちなくても、白くて目立つ体色のせいかアシナガバチに捕食される率が非常に高い。さらに、仮にそれらの困難をなんとか乗り越え、繭から成虫になったとしても、この蛾は飛ぶことができず、1m以上離れていると雄蛾は雌蛾に近づいて交尾することができない。また、品種改良によって厚い繭を作るようになった最近の品種では繭を自分で食い破ることができず、人間が繭の両端を切開してやらなければならないらしい。つまり、カイコはもし人間から逃げ出したとしても、野良カイコにはなることができないのだ。


  カイコの起源は野生のクワコとされている。しかしクワコは容易に飼育できないしカイコのように一カ所に固まって繭を作らない。クワコを家畜化するというのはかなり技術的に難しいのだ。しかし、カイコは4000〜5000年前からもう人間に飼育されており、10世紀頃に日本に入ってきたときにはすでに完全に家畜化されていたようである。とするとかなり昔にはクワコからカイコという動物を作り出していたことになる。それは偶然の産物なのか、特殊な技術をもってしたものなのか、それとも、カイコだけには動物の中の例外として、そのような素質みたいなものがもともとあったためなのだろうか。

 人間に依存して生きているカイコは、何らかの理由で人間が飼うのをやめればたちまちこの世から絶滅してしまうだろう。現在クローン技術などの遺伝子工学による生命というものへの干渉が議論になっているが、カイコは人間の生命への干渉の最初の犠牲者ともいえるのではないだろうか。

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