サメ ―イメージが生んだ悲劇―

 海に行って会いたくない動物はと聞かれれば、まず一番に名前が挙げられるのは、まずサメであろう。何せ、夏に海水浴場に現れたというだけでニュースになる動物である。おそらく僕も海でサメに出会ったら、真っ先に逃げることを考えるに違いない。しかしサメにしてみれば、広い海の中、海水浴場に行くこともあるわい。勝手に大騒ぎするな。とでも言いたくなるだろう。映画「ジョーズ」のイメージが強く、食べ物と見れば見境なしに襲う、凶暴で知能の低い動物と思われがちなサメだが、本当にそうなのだろうか。

 化石を売っている店なんかに、アンモナイトや三葉虫なんかとともによく売られているのはサメの歯である。骨格が軟骨でできていて、死後短時間で分解される化石になりにくい軟骨魚なので、歯や骨化したした脊柱の断片など、わずかな手がかりをパズルのように組み立てて研究せざるを得ないが、サメの祖先は4億年前の古生代からほとんど現在と変わらない姿で存在していた。現在、海の多数派である硬骨魚からすると原始的なイメージがあるが、実は硬骨魚の方が古い。つまりサメやエイなどの軟骨魚は硬骨魚から派生したものなのだ。

 サメやマグロなど、大型の魚類が餌を前にして極めて凶暴化するいわゆる狂食状態に陥ったときはともかく、普通の状態ではサメはそれなりの知性を持って行動する。サメの学習能力は小鳥やネズミに匹敵するといくつかの実験では指摘されている。だからサメに出会ったからといって、必ずしも襲われるというわけではない。むしろ人間を襲うサメは極めて少数であり、それも多くは誤認。たとえばサーファーがボードに腹這いになった状態を下から見て好物のアザラシと間違えた場合などである。サメにしてみれば脂肪分の少ない人間は、むしろ食欲をそそられない生き物で、ホホジロザメなどは人間を食べても、味覚に合わないため、吐き出してしまうそうだ。

 サメは聴覚に特に優れ、嗅覚も抜群の能力があり、視覚いいというだけでなく、「ロレンチーニ瓶」と呼ばれる電気センサーをも持つ、さまざまな優れた器官を持つハンターである。10メートルもあるような巨大な肉食の魚がいた古生代や、巨大な爬虫類がいた中生代を4億年にわたり生き抜いた実力は伊達ではない。しかし現在では数多くの種のサメが人間の活動が原因で絶滅の危機に瀕している。「ジョーズ」の原作を書いたピーター・ベンチレーは、サメのイメージを傷つけた償いとして、現在は彼らの保護に積極的に取り組み始めているという。

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