■ 初日の初回に大張り切りで観に行きました。しかし、ティム・ロスの久しぶりの劇場公開作品なんだから、大混雑に違いない!と息巻いていたのはどうやら私一人のようでした・・・。少ないよ、少なすぎるよ客。
さておき感想ですが。私にとって、今年3本目のナチス物。正直、しばらくは残酷で非人間的な話はいらんわーと思っていたところ、さすがはヘルツォーク監督。視点が違いますな。(なんつってー。知ったかぶりしてみました。ヘルツォークなんて名前、初めて聞いたってのがホントのとこっす。)いきなり、ジシェ(ヨウコ・アホラ)とかいう怪力男の登場です。ユダヤ人である彼は、そのことでからかわれても山のように動じず・・・ってわけはなく、ビヤ樽ぶん投げて大暴れです。(でもホントは気は優しくて力持ちのドカベンみたいな男)その人並み外れた怪力を「見世物になる!」と見込まれたジシェは、ポーランドの片田舎から、なんと徒歩でベルリンへ向かいます。電車の切符があるにもかかわらずです。「ベルリンではハヌッセン(ティム・ロス)が待ってるのに!さっさと行けよ!コンニャロー!!」とティム・ロス目当ての人間からすれば、まったくムダだとしか思えないような牧歌的なシーンが延々と続き、気が遠くなる思いがしました。
ようやく辿り着いたベルリンで、彼を迎えたのが催眠術師で霊媒師で千里眼の男、ハヌッセン。オカルト館経営。今回のティムは妖しいオーラがぐるぐるです。ピシっとした仕立てのよさそうなスーツに身を包み、髪はオールバック。デンマーク貴族を名乗る彼は、立ち居振る舞いも実に優雅で、これがあの「F**K」連発のティム・ロスか?と思うほどエレガントです。さすが役者ですな。しかしやってることはうさんくさい。金持ち女を舞台に上げて催眠術をかけたりしちゃいます。このシーンは、ティムの独壇場。対象から一時も外さない強い視線と、畳み掛けるような台詞回しに映画を見てるだけなのに、うっかり引き込まれそうになりました。(ティムになら術を掛けられてもいいという潜在的な欲望があるせいかも知れませんが。)
このオカルト館でジシェがやるのは怪力自慢の一点のみです。ユダヤ人であることを隠し、ひたすらハヌッセンの命ずるままに舞台に上がる姿は、演じるアホラ氏が本物の役者でなく、元々力自慢の選手のせいか、余計に気の毒に見えるのだけど観客は本気で喜んでいるようだし、これはこれでアリなのか。
今回、憎っくきナチス・ドイツは一体どこに出てくるのかと言うと、まさにこのオカルト館の客としてなんですが。これがもう掛け値なしのバカぞろい。憎たらしいわけでも、残酷で非情なわけでもない。単なるおまぬけ集団としてやたら活き活きと描かれています。特に、急にユダヤ人であることに目覚めたジシェが舞台で「嘘をついてましたー!」と宣言したシーンがおかしくてもう(笑)。「ユダヤ人如きがドイツをなめやがってー!!」と暴れるナチスを収めるため、ハヌッセンが打ったペテンにコロリと騙され、あげくに感極まって舞台に駆け上がってくる一人の将校の、名前もセリフもないくせにありえないくらいの熱演には大笑いです。さしものティムも思わず引いたんじゃないかというくらいの熱演。私はこのシーンで、ヘルツォーク監督が好きになりましたよ。
雇い主のご機嫌を損ねたからには、もうここにはいられないとお暇を告げにきたジシェに、ハヌッセンが「今日の新聞の一面を見たか?」というシーンがなぜかすごく好きです。ユダヤ人であることを公表した彼の勇気を称え、舞台を一目見ようと大勢のユダヤ人が駆けつけたというその記事に、ジシェがさも嬉しそうにニカニカ笑うんですよ。ちょっとあれはプロの役者にはできない笑顔じゃなかろうか。
ジシェが恋した女がマルタ(アンナ・ゴウラリ)。オカルト館のピアノ奏者であり、ハヌッセンの女。正直、どこがいいのかわかりません。ところでマルタ嬢。すぐに手を上げるハヌッセンと違い、優しい優しい(それだけとも言える)ジシェに心惹かれるのはまぁわかる。わかるけどな!!それにしたって、もうちょっと考えてくださいよ。ハヌッセンと違い、先を見る目がなかったでは済まない彼女の発言により、この後、彼は破滅への道をまっしぐらに進む事になります。が、史実ではハヌッセンは自分で自分の首を絞めたことになってるわけで、なぜ監督がそこを曲げてまで、あの裁判シーンを盛り込んだのか?
それはもうティムが監督に愛されているからに他なりませんね(ハイ出た)。ハヌッセンという奴は、自分がナチスに取り入り、オカルト省(なんだそれ)で権力を握るためなら同胞でさえ売る事をためらわなかったというたいがいの男なんですよ。ところが、この映画でのハヌッセンから感じるのは強烈な怖れと哀しみ(と色気)。裁判のシーンで「身分証明書を見せなさい。」と言われた時の彼の表情。そしてセリフ。一瞬にして観念したかのような、ある意味不気味な静けさで言い募るティムの演技に圧倒される思いでいっぱいでした。ここがこの映画のクライマックスですね。ティムのために用意された見せ場です。(いやいや、中身は一人の男なのに名前が変わった途端、大騒ぎすることの愚かさを笑うシーンです。ホントはね。)ハヌッセンが(手に入れたかった)オカルト省のイスにポツンと座っているところへ、ジシェが現れるシーン。ノックの音に「どうぞ。」応える声のトーンが明るく穏やかなのがなんとも言えず哀しいんすよ。ナチスに連行される彼をぼさーっと見送るジシェ(あんたが怪力を発揮しなきゃいけないのはまさにこの場面なんだよ!)に軽く一瞥をくれ、「最後まで優雅でいたい。」とこだわりのローブを身に纏い、颯爽と歩き去る様はまるで王様のようで、ホントに最後の最後までやってくれるよハヌッセン!と私はもういっそのこと、ここで立ち上がって拍手を送りたかったくらいです(迷惑)。
(私にとってはすでにここで終わったも同然ですが)この後、ジシェが突然、「現代のサムソンになる!」と宣言し、(サムソンって誰?と思った私は最初からこの作品を観る資格がないのでしょう。)故郷に戻り、「ユダヤの民を救うために若者は身体を鍛えよう!」と演説をぶちます。が、危機感ゼロの田舎のユダヤの民たちはこれをあっさり無視。(なんかもうこの時代にタイムスリップして「戦場のピアニスト」を見せてやりたいくらいのもどかしさです。)この時のジシェにハヌッセンの半分でも説得力とかハッタリ力があればヨカッタのですが、所詮、力自慢の男に過ぎないのですな。しかもジシェったら、ユダヤの民どころか自分さえも救えないで終わるのですよ!ウソーんと思いましたね。でもこれが真実ならしょうがない。そういうわけで、最後はなんにもオチない映画ですが、オカルト館の妙な楽しさと(ハヌッセンの助手の男がいい味出してる)、ティム・ロスの芸達者さ(芸人ハヌッセンを芸人ティムが演じるんだからそらオモロイわな。)で2時間強がさして退屈ではありませんでした。あと、マルタを演じたアンナ・ゴウラリのピアノ演奏はスゴイ。テクニックよりもそのトランスぶりに驚きですよ。何かが降りたのかと思った。
|