深くスリットの入ったチャイナドレスから伸びるマギーの美しい足におずおずと触れるトニーの手(結婚指輪付き)。実に官能的な表紙です。中身も同様、大人の男女の美しい恋の話かというとそうでもあるようで全然違うようでもあるという。なんせトニーが消極的なんだな。最初こそ不倫してる妻に負けらんない!とマギーにちょっかい出してみるけど彼女の澄んだ瞳に気圧されて断念。そもそもがこのひと、「自分が一番大事。傷つくのが怖い」というタイプらしく(本人もそれは百も承知のよう)、常に最終決定をマギーに委ねようとする。優しくて誠実ではあるけどズルイ男でもあるんですな。
そんなトニーに比べるとマギーはまだ少し積極的。というより、10歳以上も年の離れた夫とままごとみたいな夫婦生活を送っていた反動か、30代半ばにして恋する乙女顔負けの妄想ぶりです。以下抜粋。
「熱いシャワーを浴びたあとのポマードを落とした彼の洗いざらしの髪を、なぜか無性に見たいと思った」
「傷をなめあうのではなく、彼のささくれた心をわたしが包んであげたい」
「この男は電話口でどうささやくのだろう。どんな表情を浮かべながら電話をかけるのだろう。想像するだけで胸が高鳴るのを感じた」
「この華奢な背中を持つ男が、力を込めて抱いてくれたらどんな気持ちがするのだろう」
などなど、挙げだしたらキリがないくらい。最後の方はひたすら妄想するのに忙しく、旦那のことは完全にどっか行っちゃってる様子でした。想像するだけでは飽き足らず、一番身体の線がキレイに見えるチャイナドレスをわざわざ選んで会いに行ってやったりもします。素晴しいです。なのに、握ろうとした手を引っ込められたくらいでびびるトニー!!女に恥かかせんな!
映画の中では結局、一線を越えたのか越えなかったのかそこは想像にお任せしますみたいなオチになってたのが、ノベライズではきっちり越えてました。当然、言い出すのはマギーですが。で、そこまでやっといてまだトニーは「ふたりで一緒になろう」とは言わない。「切符がもう一枚取れたら、僕と来ないか?」とまたしてもマギーに決めさせてます。この男だけはホントにあれ。まぁそういう男だからマギーも何をおいても一緒になりたいとは思えなかったんでしょう。
これって映画の最後が実に象徴的だと思うのですが、マギーが連れている小さな男の子。あれはやっぱりトニーの子供なんです。あれほど夫と別れてひとりでやっていけるのかと心細く思っていたマギーがどうやら離婚したらしいのは、リトル・トニーを手に入れたからなんですな。トニーの一部がここにいる。だから私は大丈夫だと実に晴れやか。一線を越えたかいもあったというものです。それに比べてトニーの方はあいかわらずの独りぼっち。アンコールワットの汚い穴にむかって「僕はこれからどうやって生きていったらいいのだろう」だって。知らねぇよ。たまには自分で決めろ!
映画には出てこなかったシーンで気になったのをひとつ。雨に濡れて熱を出した軟弱なトニーが食べたいといった「胡麻の水飴煮」ってどんな食べ物なんでしょう。熱のあるときにそんなもんが喉を通るとは思えんのですが、それくらい美味しいものなの?(お粥は嫌いらしい。やっぱりちょっと変わってるんだよこのひと)
【原作の登場人物のルックスについての記述】
ミスター・チャウ:いつも少し困ったような、どこか切なげな笑顔。男性にしては華奢な体型と陰りのある潤いをたたえた瞳が女性的。密集した睫毛の下のつぶらな瞳。雨に濡れた子犬のような輝き(笑)。
ミセス・チャン:黒いアイラインで縁取られた意思の強そうな切れ長の大きな瞳。長い首に白くか細い二の腕。
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