映画の原作またはノベライズの感想です。読んでから見た映画もあれば、
見てから読んだ作品もあります。ややネタばれ気味です。すんません。

◆花様年華
ウォン・カーウァイ 百瀬しのぶ【訳】 扶桑社ロマンス
監督:ウォン・カーウァイ/出演:トニー・レオン他
*同じ日ひ同じアパートに越して来たチャウ(トニー・レオン)とチャン(マギー・チャン)。お互いの伴侶が不倫関係にあると知った二人が次第に惹かれあっていき・・・。

深くスリットの入ったチャイナドレスから伸びるマギーの美しい足におずおずと触れるトニーの手(結婚指輪付き)。実に官能的な表紙です。中身も同様、大人の男女の美しい恋の話かというとそうでもあるようで全然違うようでもあるという。なんせトニーが消極的なんだな。最初こそ不倫してる妻に負けらんない!とマギーにちょっかい出してみるけど彼女の澄んだ瞳に気圧されて断念。そもそもがこのひと、「自分が一番大事。傷つくのが怖い」というタイプらしく(本人もそれは百も承知のよう)、常に最終決定をマギーに委ねようとする。優しくて誠実ではあるけどズルイ男でもあるんですな。

そんなトニーに比べるとマギーはまだ少し積極的。というより、10歳以上も年の離れた夫とままごとみたいな夫婦生活を送っていた反動か、30代半ばにして恋する乙女顔負けの妄想ぶりです。以下抜粋。

「熱いシャワーを浴びたあとのポマードを落とした彼の洗いざらしの髪を、なぜか無性に見たいと思った」

「傷をなめあうのではなく、彼のささくれた心をわたしが包んであげたい」

「この男は電話口でどうささやくのだろう。どんな表情を浮かべながら電話をかけるのだろう。想像するだけで胸が高鳴るのを感じた」

「この華奢な背中を持つ男が、力を込めて抱いてくれたらどんな気持ちがするのだろう」

などなど、挙げだしたらキリがないくらい。最後の方はひたすら妄想するのに忙しく、旦那のことは完全にどっか行っちゃってる様子でした。想像するだけでは飽き足らず、一番身体の線がキレイに見えるチャイナドレスをわざわざ選んで会いに行ってやったりもします。素晴しいです。なのに、握ろうとした手を引っ込められたくらいでびびるトニー!!女に恥かかせんな!

映画の中では結局、一線を越えたのか越えなかったのかそこは想像にお任せしますみたいなオチになってたのが、ノベライズではきっちり越えてました。当然、言い出すのはマギーですが。で、そこまでやっといてまだトニーは「ふたりで一緒になろう」とは言わない。「切符がもう一枚取れたら、僕と来ないか?」とまたしてもマギーに決めさせてます。この男だけはホントにあれ。まぁそういう男だからマギーも何をおいても一緒になりたいとは思えなかったんでしょう。

これって映画の最後が実に象徴的だと思うのですが、マギーが連れている小さな男の子。あれはやっぱりトニーの子供なんです。あれほど夫と別れてひとりでやっていけるのかと心細く思っていたマギーがどうやら離婚したらしいのは、リトル・トニーを手に入れたからなんですな。トニーの一部がここにいる。だから私は大丈夫だと実に晴れやか。一線を越えたかいもあったというものです。それに比べてトニーの方はあいかわらずの独りぼっち。アンコールワットの汚い穴にむかって「僕はこれからどうやって生きていったらいいのだろう」だって。知らねぇよ。たまには自分で決めろ!

映画には出てこなかったシーンで気になったのをひとつ。雨に濡れて熱を出した軟弱なトニーが食べたいといった「胡麻の水飴煮」ってどんな食べ物なんでしょう。熱のあるときにそんなもんが喉を通るとは思えんのですが、それくらい美味しいものなの?(お粥は嫌いらしい。やっぱりちょっと変わってるんだよこのひと)

【原作の登場人物のルックスについての記述】

ミスター・チャウ:いつも少し困ったような、どこか切なげな笑顔。男性にしては華奢な体型と陰りのある潤いをたたえた瞳が女性的。密集した睫毛の下のつぶらな瞳。雨に濡れた子犬のような輝き(笑)。

ミセス・チャン:黒いアイラインで縁取られた意思の強そうな切れ長の大きな瞳。長い首に白くか細い二の腕。


◆ブエノスアイレス飛行記
クリストファー・ドイル 芝山幹朗【訳】 ブレノンアッシュ
監督:ウォン・カーウァイ/出演:トニー・レオン他
*映画「ブエノスアイレス」のカメラマン、クリストファー・ドイルの撮影手記。ウォン・カーウァイ監督と付き合いの長いドイルだからこそ書ける話ですな。あけすけでかなり面白い。彼が撮った写真もさすがにカメラマンだけあってどれもキレイです。(現場に専門のスティル・カメラマンがいないってのもまたあれですが)

ティム・ロスの言葉を借りるまでもなく、この本を読むとしみじみ感じます。「映画って監督のものなんだなぁ」

それにしてもカーウァイ監督と一緒に仕事するのって想像以上にキツそうです。だってあの人ちゃんと考えてないんだもん、映画の筋を。撮影はしょっちゅう中断され、再開しても監督は現場をドイルに任せて自分は次の場面の構想を練るためホテルにこもってる。で、いざ撮り始めると今度は文句ばっかりとくれば途中で逃げ出すクルーもいるのはわかる気がするな。付き合いきれんよ。役者も当然、クソ真面目では勤まらないらしくトニー・レオンは酒飲んでるし、レスリー・チャンは途中で帰ってしまう(他の仕事がおしてたみたいですが)。予算もフィルムも減り続ける一方で監督のアイディアだけが増え続けるという悪夢のような日々がそれなりに楽しそうなのは根が楽観的なのか<ドイル

映画の内容も撮影前に考えられた見取り図とはちょっと(まるで)違う。ファイ(トニー・レオン)とウィン(レスリー・チャン)が喧嘩しては≪やり直す≫を繰り返すのは似ているけど、ファイがウィンと別れて出会うチャン(チャン・チェン)が最初キャスティングされてなかったってのはどういうこと?結構重要な役じゃないのー?つうか、この映画ってたくさん撮ったフィルムを一応の筋が通るように強引に繋ぎ合わせたように思えてしょうがないんですが(季節もいつだかわからんし台詞も唐突なのが多い)。最後にファイがわざわざ台湾に行ってチャンの写真をパクるのも、この映画をハッピーエンドにしたいがために無理に挿れたような気がする。(これは明るい映画なんだと。作った人達はそう思ってるらしい)だいたいチャンってそっちの人なの?いや深読みすればいくらでもできるけどさ。(酔っ払ったファイを送ってったチャンが半裸の肩に毛布を掛けて帰るシーンとか、その後のサッカーシーンでのそれまでにない過剰なスキンシップとか。1回ヤったんかお前ら←下品ですよ)でもやっぱりチャンの存在って異国の地で会った同郷の可愛い友人止まりだと思うんだけどな〜。「会いたいと思えばいつでもどこでも会える」っていうのはウィンに向けての言葉ではないの?それでこその「HAPPY TOGETHER」だと思うのだけど。

ただこの↑タイトルもカンヌに間に合わせるために大慌てで付けたようだからな(笑)。ファイが自殺する終わり方も案としてはあったようだし、(喉を掻き切って死のうかという場面なのに「トニーはどこで死ぬんだ?」「いまの予算じゃ二日分の血は無理だぞ」なんて会話が飛び交ってて笑える。現場の方がよほど殺伐としてますな)実際どこまでハッピーエンドにするつもりだったのかは謎。この救いのないバージョンもちょっと見てみたい気がするけど、それじゃあまりにファイが可哀想か。やっぱり映画はハッピーエンドの方がいいや。

この映画、本編のDVDに付いてる特典映像、メイキングを収めた「摂氏零度 春光再現」とこの「ブエノスアイレス飛行記」を合わせて鑑賞するといかにこれが難産であったかがよーーくわかる仕組みになってます。ここだけの話、本編DVD収録の予告編が一番面白かったりして。


◆25時
ディヴィッド・ベニオフ 田口俊樹【訳】 新潮文庫
監督:スパイク・リー/出演:エドワード・ノートン他
*厳冬のニューヨーク。モンティは明日、収監される。刑務所でハンサムな若い囚人を待ち受ける運命は恥辱に満ちている。選択肢は服役、逃亡、そして自殺。自由でいられる最後の時、彼が親友に懇願したこととは。父親が彼に申し出たこととは。

2年前にこの本を買った時は「トビー・マグワイア主演で映画化」となっていたけど、彼は映画化権を買って製作に回ったみたいですな。その方がよかった。主役のモンティは彼のイメージじゃないから。(訳者の田口氏も「もっとハっとするようなハンサムな俳優に演じてもらいたい」とおっさってます)だって、モンティって「こんなキレイな顔の俺が刑務所なんかに入れられたらどうなるかわかるだろう?!」と自分で言っちゃうくらいのカワイ子ちゃんなんですよ。トビーちゃんはキューピーみたいで可愛いけど美形じゃないからなぁ。でもだからってエドワード・ノートンってのも微妙。なんか観る前から「アメリカン・ヒストリーX」がチラついちゃってしょうがないんですが。モンティの親友にフィリップ・シーモア・ホフマンとバリー・ペッパー。この二人もイメージと違うんだけどなぁ。どっちかつうと役が逆のような気がするんだけど。でも上手いこと演技派を集めたなとは思います。話としてはそんなに目新しいものではないし淡々としたストーリーだから、俳優が下手だととんでもなく眠たい作品になりそう。

物語はノートン演じるドラッグディーラーのモンティが刑務所に収監される前日、ハイスクール時代からの親友である投資銀行トレーダーのフランク(バリー・ペッパー)と高校教師のジェイコブ(ホフマン)と共に過ごし、最後の願いを聞き入れてもらうって内容なんですが、この願いってのが「俺の顔を殴ってブサイクにしてくれ!」ってんだから凄いというか、ちょっと自意識過剰なんじゃないのと笑ってしまう。当然親友の二人はそんなことしても意味がないと断ります。でもそこをあえて、親友二人を傷つける真似までして自分を殴るように仕向けるくだりが、ありがちなんだけど映像化されたらやっぱり泣いてしまいそうな予感。(試写会で見た人によるとここでバリー・ペッパーがすごくいい芝居してるらしいし)全体に男の友情と父と息子の絆が核になっていて、女は正直どうでもいい感じです。モンティと相棒の犬(ドイル)の方が恋人とよりお熱いしさ(笑)。キャスティングといえば一番難しいのはドイルかも。なんか凄まじい面構えみたいですよ。(この作者、なにはともあれ犬の描写はすごく上手い。犬好きなんでしょうな)気になるのはエンディング。ここで感動できるかズルイと感じるかでこの作品の好き嫌いがわかれそうなんだけど、映画ではどうなっているでしょうか。

【原作の登場人物のルックスについての記述】
モンティ・ブローガン:秀でた富士額に黒い髪。まっすぐに伸びた鼻梁。見る者を息苦しくさせるほど綺麗な緑の目。

フランク・スラッタリー:カールした茶色の髪は額から後退しはじめている。元レスラーである彼の鼻は過去4回折られており、耳はカリフラワーと化し、前歯が1本欠けている。首が身体の他の部分に比べ異様に太く、シャツの1番上のボタンがとめられない。

ジェイコブ・エリンスキー:自分ではイタチに似ていると思っている。

ドイル:左耳をずたずたに噛まれ、タバコの火を押し付けられた跡があちこちに残っている。


◆HERO(英雄)
チャン・イーモウ 人見葉子【訳】 ヴィレッジ・ブックス
監督:チャン・イーモウ/出演:トニー・レオン他

*2000年以上も昔。天下統一を成し遂げようとする秦の王の前に現れた謎の男、無名。王の命を狙う三人の刺客(長空・残剣・飛雪)を討ったという彼が語る、壮絶な話の裏に隠された真実とは。

ほぼ映画と同じ内容でした。違うのは最初に秦王の出生に関する話があって、これがなかなかの波乱万丈。子供の時から周りの誰も(実の親でさえも)信じられずに育った彼が冷酷非情になってしまうのも無理はなかったのですな。で、自分でも「誰にも理解されなくていいもん」と思っていたはずが、目的達成まであと一歩となったところでふと、なんともいえないわびしさに気付いてしまう。秦王、この時30歳。(マジで?!)。とまぁ、こういう伏線を読むと改めてあの涙の「余の真意を理解する唯一の者が刺客であったとは!」が胸に響き、残剣萌えに走るのもいたしかたないと思えるわけですね。

が、「残剣だけが理解してくれていた〜♪」と浮かれる秦王はそりゃヨカッタねですむのだけど、ちょっと待てや!と言いたくなるのが飛雪。趙国の将軍であった父親を秦国との戦いで喪った彼女が、敵討ちの伴侶探しの旅の途中で出会ったのが「刺客仲間のうちで知らぬ者のいない」と言われる残剣で、飛雪は噂に違わぬその腕の確かさに、残剣は彼女の優雅さに魅了され愛し合うようになる。人々が口々に”最強にして最上の一組”と噂し合うようなベストカップルの誕生で、このあたりは読んでいてうっとりしてしまう。ところが、一時身を隠していた書院で残剣がうっかり”書”の世界にハマってしまったあたりから二人は袂をわかつことになってしまうんですな。ここらへんは映画の中で赤になったり青になったりでさんざんやったあのまんまなんだけど、残剣のハマリ方が普通じゃなかったことに驚く飛雪みたいな文もあって笑えます。

これは写真集の方に載っていた話なんだけど、元々は残剣と飛雪って役が逆だったらしいですな。最後まで打倒秦王にこだわるのは残剣の方だったのが、監督がいざ現場で二人に会ったところトニー・レオンがあんまりアレだったので、役を入れ替えたとか。いやそれはあまりに正しい選択だったと思います。

でも残剣ってホントに飛雪のことが好きで好きでたまらんのですよ。できるだけ彼女のいいようにしてあげようと頑張ってる。(このへんが役を入れ替えて正解だと思える所以)。それでも、「私の目の黒いうちは秦王暗殺を許すわけにはいかないのだ」なんてそこだけは絶対に譲らないのが、なんとも頑固というか男前というか。しかも最後まで「言ってわかんない女だな、お前は!!」と逆ギレすることなく、彼女を包み込むようにして散っていかれるわけですよ。若く見えてもそこは40男。懐の深さを感じさせますな。そういうわけで、青と白の残剣はホントにカッコイイのだけど、一番好きなのは意外にもゲスで哀れな赤の残剣だったりして。無名の前では書の大家として気取ってるんだけど、長空の名前出されてぷるぷるしたり、一途な如月を利用して飛雪にヤキモチ焼かせようと画策した挙句、やりすぎちゃって刺されて死んでるのがおかしくてしょうがないっす。素晴らしい想像力だわ、無名。二人が聞いたら殴られると思うけど。

【小説版の登場人物のルックスについての記述】
無名:年の頃は三十。強い生命力を示す太い鼻梁。虚空を見つめる切れ長の目は冬の霜のように冷ややか。鍛えぬかれ研ぎ澄まされた肉体。

秦王:見事な顎鬚と口髭。年齢はさだかでないが、皮膚の色艶といい眼光の輝きといい、人生の盛りをむかえているに相違ない。

長空:痩せた身体に粗末な黄土色の着物。←これだけか。

残剣:自然のままに長く伸びた髪。精悍な肉体。整った穏やかな見目。

飛雪:すんなりとのびたしなやかな肢体。漆黒の長い髪。白磁のごとく滑らかな肌。染め付けたような赤い唇。切れ長の美しい目。

如月:小柄で華奢。

ノベライズなので俳優のイメージ通りに書かれているはずが、なにがどうなってか「精悍な肉体」となってしまった残剣。さすがに最強の刺客に「撫肩」とは書けなんだか。


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