「なあ、純ちゃん。ケンジャのオクリモノって知ってる?」
茶の間で一緒にTVを見ていたヨメの由加がいきなりオレに聞いてきた。
「なんやねん、急に。ケンジャ? ケンジャって何や? ニンジャの親戚みたいなもんか?」
「ちがうやん。ケンジャって、ほら、賢い人のことやんか」
「ああーー、ドラクエに出てきたかいな」
おれは小学生の頃やっていたドラクエを思い出していた。
「そのケンジャがどうしたんや」
「うん、うちなあ、中学生の頃、図書館でその本を読んだねん。確かオー・ヘンリーとかいう人が書いた小説やったと思うわ。それがなあ、ごっつうええ話やねん」
「どこがどうええねんな」
オレは鼻の穴をほじりながら、目はTVのバラエティー番組から離さず、適当に合いの手を入れていた。
実際、由加の話にはほとんど興味を持っていなかった。
「うん、あるところにな若い夫婦がいてるねん。ほんでな2人は貧乏でお金があまりあらへんけど、クリスマスにむけてお互いにプレゼントをしたいと思うねん。そんで、それぞれ自分が一番大切にしてるものを売って相手にプレゼントを買うンやけどな・・。ちょっと聞いてる? 純ちゃん!」
いきなり枕にしていた座布団をはずされてオレは頭を畳に打ちつけた。
「アイター! 何やねん、聞いてるやンか」
「うそー! TVばっかし見てうちの話し聞いてんかったわ」
「わかったて、聞くがな。ほんで、そのケンジャがどうしたんやな」
「違う! 貧乏な若夫婦や。それが夫は自分の大事な時計を売って奥さんの髪に飾る飾りモンを買うたんやけど、奥さんは自分の長い髪を売って夫の時計用の鎖を買って、お互いにクリスマスに見せあうんやけど、それぞれが役に立たへんことに気がつくねん」
「何やそれは。それのどこがケンジャやねんな。単なるスカチャンやがな」
オレは由加の話しにチャチャを入れた。
「ちがうやろ! それはおもてだけ見たらちぐはぐなことしてるみたいやけど、その奥にある夫婦愛がいじらしいやんか。お金がないのに自分の一番大事なモンを売って相手にプレゼントを買うンやで」
由加は自分のお気に入りの話をけなされて本気で怒っていた。
「いじらしい! いじらしい! ほんでオレはいやらしい!」
オレはそう言って由加の膝に頭を乗せていった。
「あほ!」
由加は口元に笑いを戻しながら、オレの頭を軽くたたいた。
「ほんでな、うち考えたンやけど、うちらもクリスマスに向けてケンジャの贈り物せえへん?」
何? また由加はいらんこと考えてるらしい。大体、ええ子やけど、時々変わったことを思いつくことがある。
「そんな、一番大事なモン売らんかて・・・・。確かに俺は今は失業中やけど・・保険かて入ってくるし・・お前かてパートに出てるし・・・そのうちドカーンと当てたるやんか」
「純ちゃんも昔はワルやったけど、うちと結婚してからは、ちゃんと働いてくれてたし、ありがたいと思ってる。仕事がなくなったんも純チャンのせいやないし・・。そやけどそんなギャンブルで大金あててくれんでも、一番大事なモン売らんでも、ええ方法があんねん」
「どんな方法や?」
オレは由加の膝に頭を置いたまま、見上げるようにしてたずねた。
「考えたんやけど、今から1ヶ月、クリスマスまでそれぞれが一番好きなモンやめてお金を貯めるねん」
「好きなモン?」
オレはいやな予感がした。
「そう、純ちゃんはタバコ。うちは甘いモノ。それを1ヶ月やめて貯めたお金で相手にプレゼントを買うンや。なあロマンチックやろ」
「エーーーッ! そんなんやめようや!」
オレのいやな予感は的中した。
大体、オレはタバコを1日数十本吸っている。飯は抜かしても、タバコは欠かせない体質?なのだ。それを、由加のロマンチックかなんか知らないが、ほとんど思いつきで取り上げられるなんて!
「せやけど・・・」
オレは反論しかけたが、由加の目を見て、抵抗は無駄と察した。
そう言うわけで、由加に押し切られ、それから1ヶ月タバコをやめることになってしまった。と、言ってもモチロン俺はタバコを止める気はなかった。
家でこそ吸わなかったが、外ではいままでどおり吸っていた。匂いでバレそうなものだが、パチンコ屋で染み付いたと言ってごまかしていた。
パチンコも一日入り浸っていると言うわけにもいかないし、一応就職先を探しに行って、帰りに少しだけ寄っていることになっている。しかし、失業保険が出ている間はなかなか働く気にもならないものだ。
俺は毎日、パチンコ屋で時間をつぶしタバコを吸い続けていた。
* * * *
1ヶ月が経った。とうとうクリスマス・イブの日がやってきた。
オレは一応、タバコをやめた金を貯めたことにして、そこらの店で適当にアクセサリーを見繕い、安物の木彫りのペンダントを買い、帰りに本当に1ヶ月間、甘いものを我慢してきたらしい由加のために、小さいクリスマスケーキも買った。
「はい、これ一応プレゼントや」
オレはそう言って買ってきた安物のアクセサリーを差し出した。
「わー、ありがとう純ちゃん! うちこんなん欲しかったんや!」
安物のペンダントに由加は本気で感激してるようだった。そういえば、いままで由加へのプレゼントなんてまともにしたことがなかったかもしれない。オレは少し良心が咎めた。
「はい純ちゃん。1ヶ月ご苦労様。これ、うちからのプレゼント」
そう言って由加が差し出した綺麗な包みを開けると、中から出てきたのは外国製のライターの入った箱だった。
「純ちゃん、いつも100円ライターばっかり使てたやろ。カッコ悪いこともあるやろし、ほんでこのライター買うたねん」
「由加・・・」
オレは絶句した。きっと由加はほんとに1ヶ月甘いものやめて貯めたお金でそのライターを買ったのだろう。
「それとな・・・・、実はもう一つ純ちゃんに言うことがあるねん」
そういって、由加は恥ずかしそうに自分のお腹を見やり、なでながらオレの顔を見上げた。オレは瞬間的に由加の言いたいことを感じとった。
「ま・・・まさか、由加!・・・」
「ちょうど昨日病院に行ったら2ヶ月やて言われたんよ」
「ほんまか! 赤ちゃんが、子供ができたんか! オレの子か!」
いきなり脳天をたたかれたような気がした。結婚はしていても、なかば同棲同然の状態から籍だけ入れた感じできていたから、子供ができるとかいうことは、あまり考えていなかった。
「ごめん、今大変な時やのに」
由加が頭を下げた。
「何ゆうてるねん。そんな・・オレの、オレの子ができたんやで! なんで悪いはずないやんか!」
いきなりの展開に俺は動転していた。
由加が急にまぶしく思えて、傍にそっと腰を下ろした。目が由加のお腹から離せなかった。
「由加、ほんま言うたらな、オレ・・この1ヶ月、タバコやめてへんかったんや・・・スパスパ吸うてた。ごめん!」
気がついたら、思わずオレは本当のことを口走ってしまっていた。由加はうなずいた。
「うん・・・大体わかってた。でも、純ちゃんがそういうカッコしてくれてるだけでも嬉しかったし・・。ほんで、うちこのライター買うたんや」
オレは由加の贈り物のライターを手に取った。由加は1か月オレがタバコやめてへんのをわかってて、ずっと甘いもの食べるのを我慢してきたのだろう。
「アホ・・・。由加はアホや。ほんでオレはもっとアホや」
そう言ってオレは由加のために買ってきた小さいケーキの包みを開けた。
ケーキについていた小さいローソクをケーキに並べ、由加から贈られたライターの火をカチッとつけた。オレンジ色の炎がライターの上で踊っていた。
その炎をケーキのローソクに近づけた。ローソクに炎が移り小さいケーキがローソクの火に飾られた。
「由加、今度オレがこのライターを使うのは来年のクリスマスや」
「えっ、でもせっかく贈ったのに毎日使って。百円ライターばっかし使わんでもええでしょ」
「オレはホンマにタバコやめるわ。そやからこのライター、ケーキに火をつける時ぐらいしか使わへんねん。それに、子供にもタバコ、悪いやろ」
「純ちゃん・・・」
「来年のクリスマスは3人で迎えられるかな。子供にもクリスマスプレゼント買ってやらなあかんしな。がんばって働き口見つけなな」
「純ちゃん。ありがとう」
由加は目いっぱいに涙を溜めてオレを見つめていた。
「そんなん、泣くなや。照れるやンか。タバコかてほんまにやめられるかどうかわからへんのに」
テーブルの前に並んで座って由加が俺の肩にもたれてきた。
「なあ、オレらケンジャやのうて・・アホやからアホジャの贈り物かな」
「何それ、変な名前。そやけど・・・うん、ええかもしれん。このライターとシンちゃんがくれたペンダント、アホジャの贈り物て呼ぼ。我が家の家宝やね。」
「アホ、どこが家宝やネン。こんな安物」
そう言いながらも、オレはそれもいいかなと思い始めていた。
この先、クリスマスや子供の誕生日にはこのライターでケーキに火をつけて、由加はいつも木彫りのアクセサリーを身につける。家宝の出番の日があるのもいいかもしれん。そして、いつか子供が大きくなったら、家宝のいわれを聞かしてやろう。
由加とオレの二人、食べることも忘れて、いつまでもクリスマスケーキのローソクの炎を見つめていた。テーブルの上の「アホジャの贈り物」が炎に照らされて、一瞬本当の宝物みたいに見えた。
完