住職自作 ショートショート

「花とおじさん」

『♪小さーい花にー 口づけーをしたら 小さーい声で 僕ーに言ったよー
おじさーんあなたは やさしーい人ね 私をつんで おうちに連れてってー♪』

居間で新聞を読みながら気持ちよく口ずさんでいるところへ、高校生の娘の由紀が入ってきた。

「お父さん何?その歌。モロやばいやん。援交の歌?」
ポテチをつまみながらいきなりつっこみを入れてくる。

「何いうてんねん!ええ歌やろ。昔流行った『花と小父さん』や。小さな愛!いうやっちゃな。」
新聞から目を離さずに由紀に応える。

「何が小さな愛よ!顔に似あわんこと言わんといて。それよりお母さんとの仲、どうすんの?かなり長い冷戦状態でしょ?大体お父さんが、そんなお気楽で、気がつかへんから、お母さんにも愛想つかされるんよ!」

情け容赦ない言葉を浴びせてくる。思わず新聞を置いてしまった。

「そんなこと言うたかて、あいつがうるさ過ぎるんや。あの時かて、せっかく俺が考えた姪の奈緒の結婚式のスピーチを勝手に直しよったやんか!」

「そら仕方ないわ。奈緒ちゃんの昔の男関係がどうのこうのとか、そんなスピーチしたら親戚中から総スカンくうて、そらお母さんが正しいわ!」

「それだけモテモテやったということを言いたかったんや!そんなポンポン言わんかてええやろ。お前までお母さんに思えてくるわ!」
鼻先で笑うような表情をして、由紀は反対向きに椅子に跨った。

「もうそろそろ謝ったらどう!別に私はどうでもええけど、家の中で二人が口もきかんとぎすぎすしてると、こっちが気つかってしかたないわ!」
ポテチを口に運びながら、じっとこっちを見つめてくる。

「謝る言うたかて・・今更照れくさいしな・・。」
顔を合わすたびプイと横を向く嫁の姿が浮かんだ。

「そんなら、お母さん花が好きやから、何か花でも買って置いといたら。花言葉で謝ったらええやん。」

「花言葉言うても、そんなしゃれたもの知らんしな・・。バラとかがええかな。」
娘に言われて少しその気になった。

「バラでもええけど、お母さんけっこう通(つう)やから、サルビアとかどう?確か花言葉は『家族愛』とかやったと思うわ。『燃える心』ていうのもあったかな。」

「お前、よう知ってるなー。」
わが娘ながら感心した。

「そらお母さんの子やもん。お父さんサルビアてわかる?」
お母さんの子って、わしの子とはちがうんかい!つっこみを入れたくなったが、がまんした。

「わかるわい。『♪いつもーいつもー思ってたーサルビアの花をー』のサルビアやろ。『君のー窓のー中にー投げ入れたくてーー♪』

「はいはい、いちいち歌わんでもええから。そしたら、ちゃんと買って置いとくのよ。ああ忙し!試験前やいうのに親の面倒まで見んならんのやから・・。コンビニでも行ってこようっと。」
言うだけ言って娘は部屋を出て行った。

二、三日後、
「お父さんどうやった?花プレゼント作戦。」
学校から帰ってきた娘が聞いてきた。

「どうもこうもあるか!あれ以来よけいにプリプリされるようになったわ!」

「おかしいな。ホントにちゃんとサルビア買ってきた?」

「いや・・それが・・会社の帰りに花屋に寄ったんやけど、定休日でな。そしたらちょうど帰り道の大型ゴミの置いてある横に、この鉢があったんや。
多分引っ越した人が置いていったんやと思うんやけど・・。まあ、可愛らしい花やし、何か・・『連れて帰って!』て、言われてるみたいな気になってな。ちょうどええし持って帰って、リボンをつけて置いといたんや。」
そう言って由紀に、持ち帰った鉢植を見せた。

「ちょっと、これってサルビアと違うやん!」

「当たり前や。そう都合よくサルビアが落ちとるかいな。まあ花言葉て、そんな違いはあらへんやろう。こんな可愛らしい花やし。」

「そういうとこがお父さんええ加減やて言うんよ、ほんまに!ちょっと待って、今調べるから・・」

そう言って植物辞典を持ち出してきた。
「えーと、これは『きんぎょ草』みたいやね。えーーそれで・・キンギョ草の花言葉は・・。」
あきれ顔でまたもや辞典を調べていたが、急にバタンと本を閉じてしまった。

「何や?」
「あかん・・キンギョ草の花言葉はね、『で・しゃ・ば・り』やて・・。」
娘はあきらめ顔で、外人のように肩をすくめてみせて部屋を出て行ってしまった。

大体、小さな花を連れて帰る気持ちはあっても、小父さんは花の名前には弱いものなのだ。

一人で『花と小父さん』を小さく口ずさむ。
『ある朝花は 死んでいたよー 約束どおり 僕は見ていた 花の命の 終わるまでー』
『キンギョ草』はしばらく「死にそう」にもなく、元気に咲いていた。
                
                        終

(作者より):この時のテーマは確か「愛」でしたか。抽象的な言葉から作品を考えるのは、なかなか大変でした。ちょうど、サイトの掲示板で花の話題が上がっていて、そこから思いついたように思います。娘とのやりとりは、高校生の娘がいたので、わりとリアルに書けたように思います。(こんなにできた娘ではないですが・・^^;)

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