皆さん、子供の頃あれをはがしてみたい欲求にかられたことありませんか?
ほらあれですよ、あれ。
冬なんかによく木の枝にぶらさがっている。
そうあの、み・の・む・し。
あのみのむしが身の回りににつけている蓑。
枯葉みたいのや小枝みたいのを1枚ずつ剥がしていくと最後はどうなるのか?そんな疑問をもったことありませんか。それで子供のとき実際に剥がした人もいるでしょう。
確か最後は小さい細い虫が1匹入っていたぐらいじゃなかったでしょうか?あれってガの幼虫なんですってね。
そんなこと大人になったらどうでもよくなってきますよね。
でも私、再びそのみのむしに興味を持たざるを得なくなってしまったんですよ。
その日、私は会社の同僚と飲みに行ってまして、随分酔っていました。
何しろ、営業の仕事はストレスも大きいですし、たまたまその日も得意先とのトラブルで上司にどなられたところで、かなりきてたんですよね。
それでかなり酔った状態で、何件かハシゴをしてました。
そのうち同僚ともはぐれて、ちょうどトイレにいきたくなって、どこかの公園でそこのトイレへ入ったんです。
そのトイレから出てきて公園の中ほどを通りかかったとき、ふとその木が目に入ったんですよ。
何かたまたま月の光を浴びて幻想的に見えたんでしょうか?
そしてよく見るとその木には異様にたくさんのみのむしがぶら下がっていることにに気付いたんですよ。
おまけに、普通のみのむしよりずっと大きいようにも思えました。
ラグビーボールぐらいの大きさに思えたでしょうか。普通ならびっくりするんでしょうが、酔っていたのであまり深く考えなかったんでしょう。
それよりその時、実は子供の時と同じような衝動に駆られたんです。
仕事上のいろいろな鬱憤や酒の上での気の大きさも手伝ったのでしょう。俺がこんなに気苦労しているのにおまえらはそんなにまわりを何重にも囲まれた場所でぬくぬくしてやがるって、普通ならそんなこと思わないでしょうが、その時はそんななかばサディスティックな気分にかられました。
そして一番手近にあったみのむしの外側の皮をやや乱暴に剥がしはじめたんですよ。
一枚、二枚、三枚、意外と簡単に剥がしていけるんですよね。
それで調子にのって7、8枚剥がしたとき、中からかすかな光とブーッというような音が漏れているのに気が付きました。
さすがにびっくりしましたが、好奇心にかられてそーっと最後の一枚の葉を剥がしていくと・・・何と中には一人の人間が入ってました。もちろん小人のような小さな人間ですがなぜか普通の人間がいる所を天井から覗いたような気分でした。
その人間は30過ぎぐらいの男性でしたが何とその蓑の中で椅子に座りパソコンの画面に向かっていたのです。
私が覗いていることに気が 付いたはずですが特に慌てる様子もなく、ちょっとこちらを振り向くと、迷惑そうな顔で立って近づいてきて私があけた最後の一枚の枯葉の覆いをカーテンでも閉めるかのように自分で閉めてしまいました。
私は悪いことをしたような気になり、もとのようにその皮を1枚ずつ元に戻していきました。
近くの別のみのむしもはがしてみると、中にはめがねをかけた若い女性がいました。
やはり同じようにパソコンに向かってましたが、私を見て叫び声をあげそうな顔をしてパソコンの後ろに隠れました。でも私が覆いを戻しはじめると、又パソコンの画面に向かって座り直していたようでした。
3つめには学生ぐらいの男性。何か見つかるとまずいようなものでも見ていたのか必死になってパソコンの画面を自分の背中で隠して見せまいと頑張っていました。
その他の、その木にぶら下がっているみのむしをほとんど剥いてみましたが、そのすべてにパソコンに向かう小さな人間が入っていたのです。若い人も中年の人も男女を問わず一つづつのみのむしに入っていました。
私を見るとそれなりには反応しますが、すぐに又画面に向かってキーボードをたたいたり、マウスを動かし始めたりするところも共通していました。
その蓑で囲まれた空間以外はほとんど興味がないようでした。
試しにその木をぐらぐらゆすってみましたが、だれも中から飛び出して来るようすもなく、しばらくゆれていたみのむしも又落ち着くと静かに月の光に照らされていました。
私はしばらく夢でも見ているような気になってボーッとしてました。
そして酔いも手伝って、そのままその木の根元にもたれて寝入ってしまったようです。
それからどうしたかって?だから一番いい選択を選びましたよ、もちろん。
今、だからこんな風にメールを送ってられるんですよ。
快適です。
もうまわりのことにわずらわされずにすみますしね。
ノルマも営業報告も関係ない生活です。世の中のことは全てパソコンを通じて情報を得られますしね。必要な連絡もメールで送ればいいし、ショッピングもバンキングもマネービルドもオンラインでかたがつきます。世の中が風が吹こうが、雨が降ろうが、戦争がおころうが、政府が変わろうが、蓑の中にいる限り関係ないですからね。
あっ、また誰かがこの蓑の廻りを剥がそうとしているみたいだ。ぐらぐら揺れている。
いるんですよね。好奇心が強いというか、欲求不満が溜まってるというか。そういう輩が・・・。まあ私もそうだったけど・・。
これも新しい仲間を受け入れる儀式みたいなものでね・・。
あっ、後1枚・・よし思い切り迷惑そうな顔でむかえてやるとするか・・・。じゃあまた。
完
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