昔からよく「女房とタタミは新しいほどよい」などと、男が勝手なことを申してますが、本当にそんな願いがかないますとどうですかな。
あるところに辰吉という大工がおりまして、日頃から女房の尻にしかれておりました。
今日も今日とて、恐い女房のお熊にうるさくいわれて、夜中に酒を買いに行かされてました。
「全く、どしようもねえな。ふつうは亭主が女房に酒を買いに行かすもんだろ。それなのに、おれんちときたら、女房が酒を飲み、亭主の俺の方が買い物に行かされるんだからな。いやになっちまうぜ。なあ、若いときはもう少し可愛げもあったんだがな。全く女房とタタミは新しい方がいいなんて言うが、女房とついでに長屋のぼろぼろの汚ねえタタミも誰か新しく取っかえてくんねえかな」
ぶつぶつ言いながら道をあるいておりますてえと、横から声が聞こえてきます。
「もしもし旦那! 旦那!」
辰吉がきょろきょろあたりを見回しますと、どうやら藪の中から聞こえるらしい。
藪をかき分け、覗いてみますと、何と一匹の狸が罠にかかって動けないでおります。
「今、呼んだのはお前かい?」
「へえ、そうでがす」
「へえーー、狸が化かすとは聞いてたが、本当に人の言葉を話すんだな」
「ええ、普段は人間の前でうっかりそんなことしませんが、背に腹はかえられません」
「うん? どういうことだい」
「お見かけどおりで、実は人間の罠にかかって動けやせん。もう三日もこのままです。どうか旦那助けて下さいやし」
「そうか、さだめし悪さをしたんだろう。しかしお前を助けてやっても、何も俺の得にならないじゃあねえか」
「そう言わずに、もし助けていただいたら何でも一つ望みを叶えて差し上げますから・・」
「そんなこと言って、本当に何でも叶えられるのか?」
「へえ、こっちも命がけ、決して嘘は申しやせん」
「へん、たぬ公も自分の命はおしいとみえるな。しかし急にそう言われても、おれっちも何を望んだらいいのか・・そりゃあ、金も欲しいし、酒も浴びるほどのんでみたいが・・結局後で女房に取られちまったり、文句を言われたり・・ろくなことにならねえしな・・あの女房がいるかぎりなー・・
女房・・・おおっ! そうだ! たぬ公、何でも叶えられると言ったな!」
「まあ・・あんまり、天下を取りたいとか大それた望みじゃあなければ、何とかできると思いますが・・・」
「さっき、何でもって言ったくせに・・まあいいや。そんな大それたことじゃねえ。こう見えて俺は女房の尻にしかれて苦労してるんだ。どうでえ、うちの女房と・・それとついでに長屋のボロのタタミをとっかえて欲しいんだが・・」
「へえ、そんなことならお安いご用です」
「本当か、よしさっそく頼むぜ! でも、本当に叶えるのかい? 助けるだけ助けて後は知らんぷりっていうことないだろうな」
「へえ、それはもう。そんなことしたら狸道に反しますから」
「何だ? 狸道? へん、まあいい、駄目で元々・・・一丁やってもらうか」
そう言うことで、辰吉、狸の何でも望みを叶えてくれるという言葉に心動かされ、その狸を助けてやりました。
「旦那、ありがとうございます。ご恩は忘れません。旦那の望み必ず叶えさせていただきます」
そう言って、嬉しそうに山の方へ去っていきました。
それを見送って辰吉、意気揚々と家の方へ帰っていきました。
「そうか、なあ。こりゃあ楽しみだな。ついさっきまで夢みたいに思ってたのにな・・ひょんなことから・・望みが叶うことになったなんてな。しかし・・どんな新しい女房が来るのかな・・やっぱり若い美人の女房がいいなあ・・いや、しかし女房なら優しいのが一番かな。どっちにしろ今のお熊より悪くはならんだろう。それだけでも儲けもの・・・へへへ・・・今晩は新しいタタミの上で新しい女房としっぽり差しつ差されつ・・くーーーっ! たまんないね!」
辰吉がようやく長屋に帰ってまいりまして、そーっと覗いてみますと、何と台所で立ち働く影が見えます。
「おおーーーっ! 台所に立ってるぞ! お熊なら今頃大いびきで寝ているはずだし、こりゃあやっぱり新しい女房が来てくれたんだ! たぬ公、ちゃんと約束を守ってくれたんだな」
喜んだ、辰吉。思わず家に飛び込み、台所に立っている人影に向かって
「いやーー! 良く来てくれた。俺が辰吉だ。よろしく・・」
と、声をかけますてえと、台所の人影が振り向いた。
その姿を見てびっくり、何とタタミが包丁をもって台所に立っていた。
「ひえーーー!!」
驚いた辰吉が腰を抜かしてへなへなと座り込みます。
すると尻の下からいきなり女房のお熊の声が聞こえてきて、
「お前さん! いつまでかかって買い物してるんだい! もっと早く帰って来れるだろう!」
何とお熊がタタミの代わりに床いっぱいに広がっている。
「ひええええーーー!」
辰吉二度びっくり。
何と狸の奴、女房とタタミをとっ換えてしまいやがった。
そこへ再びお熊のどなり声!
「いつまであたしの上に乗っかってるだい! 重くてしようがないよ!」
言われて辰吉、
「いや、一度でいいからお前を、尻にしいてみたかった」
お後がよろしいようで・・。
終
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