住職「ややマジ感話」   ーー(4)

 ★「デス・エデュケーション」について その2

 なかなか、この「ややマジ感話」で「デスエデュケーション」のことを語り尽くすのは、難しいと改めて感じている。だから、1週間の講義を受けた、ほんの感想と、印象深かったことだけにしておく。
 前にも書いたが、この講義ではビデオをよく見て、その感想を書くという作業も多かった。
 ビデオで印象深かったのは、アメリカのナンシーさんのケース

彼女は20代で交通事故に遭い、ほとんど植物人間状態に置かれることになった。
 両親や姉一家など、家族は献身的な介護を尽くすが、4年間の闘病、看護状態の後、家族は「安楽死」を求めて、裁判を起こす。

決して、介護を負担に感じてのことでないことは、ビデオを見ていて良くわかった。
本当にナンシーさんのことを思い、元気なときの姿を知っているだけに、そのような状態の娘を見るにしのびなくなったのだ。
 裁判では、州裁判所などでは何度か敗訴するが、結局、連邦裁判所の判決で「安楽死」が認められる。もちろん、賛否両論入り乱れる。

病院内でも、「安楽死」のための医療を拒否する医師や看護婦もいた。キリスト教の団体なども抗議におしかける。
 しかし、サポートする看護婦もいて、栄養チューブなども抜かれ、徐々に「安楽死」にされる。
 これだけ見て、安楽死がどうとか言いきれない思いがした。
少なくとも、家族の心情を無視して、建前だけで「反対」と声高に叫ぶことはできないと思った。
 (ある意味、テロ事件と同じだが。)

 しかし、一方で日本のこんなケースもある。
これは真宗界では有名なケースだが、平野恵子さんという高山市のあるお寺の奥さん。

 40過ぎで腎癌が発見される。それから2年足らずで亡くなられるのだが、実はこの奥さんには3人の子供があり、2番目の女の子、由希乃ちゃんは重度の障害をもっていた。

そして娘さんがまだ小さいとき、障害を悲観して、一緒に死のうとさえ思ったとき、長男の「由希乃ちゃんはお家の皆の宝だね」の一言に、目を覚まされ、この世に無駄な存在など何もない。ただ生きているということだけで尊いのだと目を開かれていかれたということを述べられている。

 由希乃ちゃんを残して、死んでも死にきれない思いも持たれるのだが、やがて死を前にして「由希乃ちゃんは私に、お母さん人は自分で生きているのではありませんよ、支えられてこそ生きてゆけるのですよと、教えてくれたのです。」という心境に達していかれるのだ。

 そして最後は遠くの病院へ入院している娘に会いにもいけない中で「でも、心残りはありません。今日まであなたがお母さんの仏様であったように、明日からはお母さんがあなたの仏様になるからです。」と言いきって亡くなられていく。

 もちろん仏教の素養が日頃からあられるとかいうことはあっただろう。しかし、ともすればアメリカのケースのように「何もできない」ということに目を向けがちな中、平野さんのように「生きているだけで尊い」という心境もあるのだということに、あらためて教えられる思いがした。 (つづく)
                                          2001年11月9日

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