2002年3月〜

2002/03/10 大郷町、松山町

 今日はとても温かい。春の陽気に誘われて、また走ってきた。特に早起きもできなかったし、当てもないので、帰って来やすいいつもの鹿島台方面へ向かう。ただし、いつもとは少し志向を変えて、県民の森から大亀山森林公園を抜けて。少しはワインディングを走りたい気分だったし。
支倉常長の墓所
 県民の森を抜け、大郷へ。途中、「支倉常長メモリアルパーク」という標識を見つけ立ち寄る。何でこんな所に?と思ったら、お墓があるのだ。その周辺を公園にして整備してある。
 支倉常長は、伊達政宗の命により、サンファンバウチスタ号でローマ(バチカン?)まで行った人。7年後に帰ってきたら鎖国・キリシタン禁令になっていた。伊達家では扱いに困ったものと見えて、この地に軟禁したもののようである。幕府には死んだと報告したとのことなので、少しは庇ってもらえたのだろう。でも、気の毒だ。
お墓
 左の階段を上るとお墓があった。
 ここで、頭を下げていこうと思ってふと悩んだ。墓に戒名が書いてあるのだ。この人は洗礼を受けたクリスチャンではないですか。キリシタン禁制だったからこうなってしまったのだろうけど、これまた変な話である。手を合わせていいものか手を組んでいいものかなやんで、結局曖昧に頭を下げて出てきた。
千石城(だったか?違うかも)跡から松山町を見下ろす
 近くのコンビニでサンドイッチなど買ってきて朝食。温かくて助かる。ここは、源義経が平泉へ落ちていく際通過を拒まれ、堀切を馬で飛び越えて突破したという話が伝わる城だそうだ。(徒の従者はどうしたんだろう?)もう少し後の時代では、伊達家が古川地方の大崎氏と対峙する前線拠点だったとのこと。
 良い所なんだが、犬の糞は何とかして欲しい。
一ノ蔵本社工場
 学生時代は日本酒が飲めなかった私だが、会社に入ってから美味しいものだと思うようになった。それが一ノ蔵と浦霞のお酒。それ以来、一ノ蔵は私が日本酒を選んだり、評価する際の物差しになっている。思っていたよりずっと大きくて、近代的な工場だった。
 松山町には「酒ミュージアム」なんてものがあるが、それはこの会社があるからなんだろうな。
 今日は行く方向の都合で、いつもと違うスタンドでガスを入れた。そのせいか陽気のせいか、バイクが軽い。気持ちまで軽くなる。
 温かいとはいえ、朝は数度しかないので冬手袋・オーバーパンツでいった。朝食後は道路の表示で15℃くらいになったのでグローブを革手袋に。操作はしやすいし、手にしっかり感触が伝わってくるのが気持ちよい。いよいよ良い季候になってきたなあ。
 
 右は、おまけ。春らしいので。


2002/05/02 鳴子から山形県最上町、村山市

 ゴールデンウィークは10連休。暇はあるが金はない。金が無くてもバイクなら楽しめる。バイクには最高の気候だし、久々に遠出をしてみた。
 いつもは早起きするが、世の中は一応平日なのでゆっくり出掛けても良いだろう。山形へ行ってそばでも食べてこよう。
ルートは大和町までR4を北上。大衡村からR457。岩出山でR47に抜け、そのまま鳴子、山形県へ。そば屋は昨年行ったあらきそばか、その周辺のどこか。帰りはR48。
鳴子町 尿前(しとまえ)の関跡。芭蕉像。

 その昔、義経主従が平泉へ落ちていく際、このあたりで誰かの子どもが生まれたそうで、初めてその子がおしっこをした場所なのだそうだ。亀若丸って義経の子なのか?
 ここは戦略的な要所になるそうで、通行手形を持っていなかった松尾芭蕉は、この関を通るのに苦労したらしい。
芭蕉の句碑

これは、芭蕉がこの地を通った約80年後に作られた句碑とのこと。1700年代のもの。
 「蚤虱 馬の尿する 枕もと」 の句が裏側に彫ってある。

尿前の地名、その関を抜ける苦労、大変な難所で有ったらしい中山峠、雨に三日もふり込められた事など、難儀な事をうまく折り込みしゃれにしてしまう辺りが芭蕉なんだろう。俳句などわからないけど・・・・。
山形県最上町 封人(ほうじん)の家

 芭蕉が尿前の関を抜け1日がかりでたどり着いた峠の集落。
封人とは国境を管理する役人のこと。役所兼民家兼旅籠、馬の飼育にも精を出していたもののようだ。ここで、雨にふり込められ3日間泊めてもらったらしい。ここで、先ほどの句を詠んだと思われる。
村山市 おんどりそば の板そば。800円也。

 あらきそばにいこうと思ったが、12時になってしまった。平日とは言え、出遅れたのであそこは混みそうだ・・・と考え、通称「そば街道」の県道36号沿いで見つけた店に飛び込む。この辺は何処の店でもうまいだろう。
 実際、おいしかった。メニューは他には太打ちの田舎そばがある。あらきそばと同じく鰊の煮付けもあるようだが、今回は頼まなかった。付け合わせのこごみのお浸しなどもとても良かった。時間が有ればもう一枚いきたかったなあ。
季候も良く、バイクの調子も良く、とても快調な一日。9時頃出て14時半帰宅。走行距離約200KM。

 鳴子でトイレ休憩していたら、携帯が鳴り出す。お客様から障害のクレーム。なんてこったい・・・。私同様休んでいるエンジニアを呼びだし対応を指示。自分はのうのうと遊んでいながら、ひどい奴。ゴメンねー。障害対応は、直接は営業マターじゃないということで、許してもらおう。でも、休み明けにはお詫びにいかなければならないなあ。すこし気が重い。

先週換えたブレーキパッドは少しずつ馴染んできた模様。効き具合に自分が慣れただけかも知れないが、これなら大丈夫だ。


2002/09/22 塩竃神社(工事中)

 喜多方へ行って以来、久々の遠乗り。遠乗りと言うほどの距離でもないんだが・・・・。いろいろ事情があって、久々のツーリングである。
石畳の東参道

どこが入り口かわからないまま見つけたのは東参道。ずいぶん静かだなあと思いながら石畳を登っていく。参道の入り口には猫の親子がたくさん戯れていた。
202段の表参道(上から)

これが表参道。前をバイクで走ったのに見逃して良かった。見つけていたら登っているところだった。ちなみに丘の山の裏側の方に車で上る道はあるようだ。
202段の表参道(下から)

これが帰りに確認した表参道入り口。
門構え

表参道の階段をわざわざ上る人もいないようで、人がいない正門。中央の囲まれている場所は祭りの際の御輿を置く場所らしい。
正殿

・・・特になし。
配置図

山全体の配置図。同じ山の中に志波彦神社もある。



2002/10/14

EXer’s ミーティング in みちのく

 しばらくEX4のイベントが無かったのだけど、関東〜関西までのメンバーで大がかりなミーティングを開催されたのに触発され、久々に集まることにした。とはいえ、今連絡が取れて走れる仙台のEX4のりは「皆無」。先日までEX4乗りだったUMEさんと、昨年秋の喜多方ツアーで途中まで一緒だったけっけさん(盛岡在住)で行くことにした。

 コースは次の通り。
  鳴子(集合)〜<R47>〜新庄(そば)〜<R13>〜湯沢〜<県51>〜栗駒山〜<R342>〜一関(解散)

 朝、近所のコンビニ前でUMEさんを待つ。8:30だが来ない。携帯を見るとメールが。「豆忘れました〜」そう、前回の喜多方でごちそうになったコーヒーが忘れられず、わたしが持ってきてくれるようにお願いしていたのだ。まあ、しょうがない。EnergyInなど飲みながら待つ。良い天気で気持ちよい。と、後ろの方でざわめきが・・・振り向くとベガルタの藤吉さんではないですか。近所のマンションに住んでいるのは知っていたが、見たのは初めて。ちょっと得した感じ。

 程なくUMEさん登場。新品のZR−7Sがかっこいい!! 9時近くなって出発。急がないとけっけさんを待たせてしまう。4号457号を鳴子に向かって飛ばす。途中、近道をすべく県道267号でショートカット。ところがこれが林道なんである。戻る時間もないからそのまま進む。心細いったらありゃしない。ホントに鳴子に出るのか?(写真1)すでに遅刻だが、携帯も通じないし前進有るのみ。無事に鳴子へ出られて良かった〜。
 
 鳴子の駅ではけっけさんがくつろいでいた。8:30頃にはついて、温泉に入っていたとのこと。やるねー。
すでに10:30。そば屋に向けてまたまた飛ばす。
 行ったのはここ、そば処いせき(写真2)。そばの写真を取り忘れたので、ここ参照ください。そばは少し透明感があって変わっている。いかにもそばと言う感じではないのだがコシもあり美味かった。タレもよかった。
 もっと食べたくなりもう一件。ここ(庄司さん)のそばもここ参照。こちらは正統派の黒くて堅いそば。これまたおいしい。タレはいせきの方が好きだけどね。時間に追われたのか単に間が抜けていたのか写真さっぱり撮らず。もったいない。

 もう本格的に時間がない。出遅れ、道間違え、1件余計にそばや回ったのだから当たり前だ。とにかく栗駒に向けてはしる。ところが新庄から栗駒までが遠い。コーヒーを飲まねば!!栗駒は紅葉がきれいだ。紅葉を眺めながらワインディングを走る。ようやく頂上付近まで到着。ところが、時間は16時になろうかというのに、道は渋滞・・・・。バイクを停めるところすらない。停める場所を探しながら走っているうちに山から下りてしまった。降りてからも玄武渓に向けて渋滞は続く。仕方がない、UMEさんのコーヒーはあきらめコンビニコーヒーでおしまい。最後にバイクの集合写真を撮っておわり。仙台組は高速で、けっけさんは4号で帰る。

約370kmの旅。19:30ころ帰宅。

(写真1)新車のZR−7Sが気の毒である。
(写真2)そばどころいせき
もう一軒寄った「庄司」はもともとは牛小屋?だったもののようだった。
帰る前に記念写真。
記念写真その2