大連ファン広場

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発展を続ける大連・・・昔の面影も少しづつ消えていきます。そして新しい大連が生まれています。そんな大連へ郷愁を求めて訪ねられる方,あるいはビジネスの場を求めて訪ねられる方,色々あると思います。ここでは,こよなく大連を愛する方々の情報を写真で紹介できればと思って「大連ファン広場」を立ち上げました。

 

ぞおよんさんの大連情報1

056月 大連に行かれた,ぞおよんさんに南山路界隈(旧柳町,壱岐町)の写真を頂きました。ぞおよんさん,有難うございます。ぞおよんさんは,ホームページ「北京de道楽」に中国北京の生活情報や歴史,普段感じたこと道楽遊びの品々など紹介されています。

 

 

 

 

 

 

南山路(旧壱岐町)の建物 (19929)

満鉄官舎,

南山路と友好路の交差点北にありました。大連朋友会の

辻武治さんから資料を頂き10年経って明治42年にできた

社宅だということが判りました。祖母に聞くと,この山麓の

官舎は満鉄でも幹部の方たちが住まわれていたそうです。

立派な建造物でした。

 

南山路(旧壱岐町)の建物 (20056)

こちらは延安路にあった1911と壁に彫られた素敵な

洋館。同じ様な洋館が何棟も連なっていたので,当時

もマンション群だったのでしょうか?(ぞおよんさん)

  設立が1911年だとすると,明治44年ですから左の

官舎と大体同じ時期に建てられたようです。延安路と

友好路の間には満鉄社宅が多かったようです(辻武

治氏編;「たうんまっぷ大連」より)。マンションは「器」と言いますが,年月が経っても外装を変えるだけで見違えるようです。13年前に比べ窓枠が変わっています。

 

南山路(旧柳町)の建物 (19929)

当時,南山副食商店と看板が出ていました。

丸い建物で周りが窓で覆われ窓際に,食品が沢山並ん

でいました。茶色の塀には蔦が絡まっていて,これ

もいい感じでした。窓枠が水色でした。この建物,

後に辻武治氏編「たうんまっぷ大連」で旧柳町アパー

トと判りました。

 

 南山路(旧柳町)の建物 (20056)

南山路と南山街が交わる交差点に建っていた洋館

・・(ぞおよんさん)

茶色の塀がなくなりベージュの壁に白い窓枠とな

っています。落ち着いた感じでいいですね。

南山路(旧柳町)の建物 (19929)

旧神明高女のすぐ東隣で見た建物。

旧実業学校でしょうか?あるいは旧神明同窓会館でしょ

うか?入り口の看板には,当時,大連外国語学院−夜大

学,函授部,実業高級中学の三つの表示がありました。

真っ青な秋の空とこの建物,とても印象的でした。

 

 南山路(旧柳町)の建物 (20056)

南山路沿いにあった学校跡。現在は、大連外国語学

院成人教育学院です。(ぞおよんさん)

壁の色も13年前に比べ変わっていますが,校舎前

の植木!左の写真の樹木が成長したのでしょうか?

年月の変わる速さを感じます。