更年期障害とホルモン補充療法

日本人女性の平均寿命は82歳を越えました。しかしながら、卵巣が働きを止め月経が終了する閉経の年齢は、昔と同様に50歳のままなのです。すなわち、21世紀の日本人女性は閉経後約30年間以上も卵巣機能の消失した生活を送らなければならず、この間に卵巣ホルモンの1つであるエストロゲンの低下によって、様々な症状や疾患が引き起こされる可能性が指摘されています。閉経前後の5年間を指して更年期と定義しますが、それ以降の女性では、骨の量が減少してしまう骨粗鬆症、血液中の中性脂肪やコレステロール値が上昇してしまう脂質代謝異常、尿が腹圧で漏れてしまう尿失禁、老人性痴呆等の発症する割合は、同年齢層の男性に比較して明らかに高いのです。特に、狭心症や心筋梗塞の発症は最近増加しており、閉経までは女性より男性の方が高率であるのに対して、閉経後の女性ではほぼ同率になります。この背景には閉経後の女性における卵巣機能の低下により、血管および脂質代謝の障害を防御する働きのあるエストロゲンの作用が、低下消失したことが原因として考えられています。また、ほてりや異常発汗等様々な訴えが見られる更年期症状や、膣壁の萎縮による性交障害も、エストロゲンの分泌低下による症状として知られています。
それでは、いったいエストロゲンとはどんなホルモンなのでしょうか? エストロゲンは、女性ホルモンとして生殖機能に作用するばかりではなく、この他にも脳や中枢、神経機能、体の中の蛋白・糖・電解質・水分のバランスを保ち、脂質や皮膚、骨の代謝に深く関わっている幅広い役割を持った重要なホルモンなのです。従って、更年期に生じる卵巣のエストロゲン産生分泌の急激な低下は、体の中の種々の組織、臓器に機能障害や疾患を発症させる可能性を十分に含んでいるのです。その予防や病勢をくい止めるためには、生活習慣を是正したり、適切な食事、運動へ改めたり、女性ホルモン剤を補充したりして、エストロゲンの低下を適切に調整する総合的な対応が必要なのです。
ホルモン補充療法はこの数年間に日本に漸く普及し始めましたが、治療を受けている人は、まだ1%前後と言われています。米国では、30年前頃にエストロゲン単独療法により子宮内膜癌の発生率が増加したため一時衰退しましたが、その後、黄体ホルモン(卵巣から分泌されるもう一つのホルモン)の併用による投与法の改良により危険がないことがわかり、再度脚光を浴びて現在に至ったという経緯があります。今ではこの投与法により子宮体癌の危険性は完全に否定されています。現在北米では、大都市周辺の経済的に恵まれている階層の人々の対象人口の30ー40%がホルモン補充療法を受けていると言われています。
以下に主な症状、障害への具体的な対応としてのホルモン補充療法について、解説したいと思います。

1)更年期障害とホルモン補充療法
多彩な更年期症状のうち、のぼせ、ほてり、発汗、手足の冷え、動悸などの血管運動神経失調に基ずく症状は、ホルモン補充療法後3カ月以内に著明に治療効果が認められます。不眠、憂うつ感などの精神神経症状、器質的疾患のない肩、肘の関節痛、腰痛にもホルモン補充療法が奏効することがあります。更年期外来では更年期障害の重症度を客観的に評価するために、簡略更年期指数により症状を点数化し、指数が51点以上の場合は医師による指導、治療が必要と診断しています。また、簡略更年期指数は、ホルモン補充療法が始まった場合の治療効果の判定にも使われます。どうぞ御自分で点数をつけられて、御自分の更年期症状の具合を客観的に評価してください。

2)泌尿生殖器症状とホルモン補充療法
本来、膣には自分で自分をきれいにする自浄作用というものがあります。更年期前後およびそれ以降のエストロゲン低下、欠乏は膣の自浄作用を低下させ、萎縮性膣炎を発症します。膣乾燥感、性交痛、灼熱感のために性交不快症状、性交障害などが高頻度に認められます。しかしながら、これらの症状を医師の前で訴えることはたいへん勇気のいることです。ホルモン補充療法は、萎縮した膣粘膜を修復し、膣乾燥感、性交痛、性交不快感を著明に改善することが報告されています。また、尿失禁に対しても、とりわけ腹圧性尿失禁ですが、ホルモン補充療法は尿道粘膜の萎縮を著明に改善し、尿道の圧を正常化することにより、効果を発揮する言われています。

3)骨粗鬆症とホルモン補充療法
骨というものは本来白くて固いものでありますが、骨量が減少して穴だらけになって、すかすかの状態になってしまうことを骨粗鬆症といいます。骨は弱くなり、ちょっとしたことでも骨折を起こしやすくなります。また、脊椎骨に変化が起こりやすいことから、体重のかかる腰部の脊椎骨がつぶれて腰が曲がることが多くなるわけです。この骨量は閉経期のエストロゲンの低下に伴って、急激に減少します。20代、30代であっても、エストロゲンの低下した状態の人では、骨量が減少することがあります。ホルモン補充療法は、骨量減少を予防したり、骨量増加を促したりする点で極めて有効です。骨量は、x線や超音波装置で簡単に測定できるようになりました。自分の骨量が自分の年齢における平均的骨量に比較して多いのか少ないのかすぐにわかります。骨量が極めて少ないと診断されたら、ホルモン補充療法を受けるのも重要な治療法の一つと言えます。ホルモン補充療法が普及し、骨量減少が予防できる結果、無駄な骨折が減少し、腰の曲がった人を減らせることはたいへん意義のあることです。

4)高脂血症とホルモン補充療法
血液中の中性脂肪やコレステロール値が高いと、心臓を栄養している冠状動脈が硬くなり、さらに詰まりやすくなって、狭心症や心筋梗塞を起こしやすいと言われています。20代、30代では血液検査で何も異常値を指摘されたことがなかったのに、更年期になり、血液中の中性脂肪やコレステロール値が正常範囲より高値であると言われる中高年の女性が増えています。実は、これら脂質代謝にもエストロゲンは関与しているのです。心筋梗塞の発症率は50歳以前では男性の方が女性より約3倍高いのですが70歳代でほぼ同等となります。
また、同年齢でも閉経後婦人の方が閉経前婦人より狭心症や心筋梗塞の発症率が有意に高いという報告があります。最近の研究では、エストロゲンは脂質代謝を改善する作用ばかりでなく、直接血管に働いて、動脈硬化を抑える作用があることがわかってきました。


5)老人性痴呆とホルモン補充療法
物覚えが悪かったり、物忘れがひどかったりする人が、ホルモン補充療法を受けることによって改善することがあります。アルツハイマー型の老人性痴呆は更年期以降に急速に発症率が上昇します。最近の研究では、この発症にはエストロゲンの低下が大きく関与し、ホルモン補充療法による治療が奏効したとする報告があり、この分野のおける今後の臨床応用が期待されています。

ホルモン補充療法の実際
ホルモン補充療法では2種類のホルモン剤を服用することになります。エストロゲン単独療法では子宮体癌の発症の危険があるため、卵巣から分泌される黄体ホルモンを同時に服用することが一般的です。しかし、子宮がない人は子宮体癌になる危険性がないためエストロゲン単独療法が行われます。子宮体癌、乳癌、血栓症、肝機能障害のある人は、残念ながらホルモン補充療法は受けられません。また、子宮筋腫、乳腺症、高血圧症、糖尿病、胆石症の人、また、ヘビースモーカーや肥満の人も治療の有効性がリスクを上回る場合にのみ施行されます。ホルモン補充療法外来では、性器出血、乳房緊満、肝機能障害という副作用をチェックし、効果判定のために簡略更年期指数、骨量、脂質、子宮癌や乳癌検査の定期的な評価をしながら治療を続けます。
「健康」という概念が変わろうとしています。ただ単に病気、疾患が存在しない状態ではなく、身体、精神、福祉の完全な状態を指して「健康」と言うようになりつつあります。ホルモン補充療法の利点、欠点について述べてきましたが、中高年女性にとって一番大切なことは、日常生活における栄養管理や健康管理であることは言うまでもありません。更年期女性に対する栄養や健康管理が実践されて、さらに21世紀の女性がより美しく「健康」に生きるためにホルモン補充療法があると言ってもいいでしょう。