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2009年 5月 1日発行 No.491 

今の恵みに導き入れられ

                            金田 佐久子

 このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。(ローマ5・2)

 5月は、10日に母の日ファミリー礼拝を、24日の午後には春日部墓苑にて墓前礼拝を、31日はペンテコステ(聖霊降臨日)礼拝をささげます。これらのことを心に留めつつ、母をとおして西川口教会へ、そして今の恵みに神によって導かれたことを分かち合いたいと思います。
 わたしが西川口教会に導かれたのは小学生になる前のことです。約40年前、同居していた父方の祖父が亡くなりました。そのとき一つ年上の姉が母に尋ねました。「人はなぜ死ぬの」。母は姉のその問いが心にかかっていたそうです。その後、我が家に西川口教会のチラシが入っていました。礼拝から遠ざかっていましたがキリスト者であった母が、三人娘を西川口教会の教会学校(現在の子供礼拝・キッズクラス)に連れて行きました。母がキリスト者であったこと、祖父の死がきっかけとなり教会へ導かれたこと、この地に西川口教会が建てられていたこと。これらはすべて、わたしの手の届かないところで既に備えられていた出来事でした。ここに神の導きがあったと信じているのです。
 その後も休みがちでしたが教会から離れることはありませんでした。中三の夏休みに参加した伊豆大島でのホーリネスの群中高生聖会で、主イエスの十字架の死がわたしの罪のためであったことが明確に示され、信じて洗礼を受ける決断ができました。幼い頃から主イエスの十字架と復活の福音を数え切れないほど聞いていたはずでしたが、なかなか届かなかった。それはわたしの罪の深さの故でありました。しかしついに福音を聞いて信じる時が来た。これは神の憐れみと忍耐であり、恵みでした。長い間多くの方に祈られた結果でした。その年、1981年のクリスマス礼拝で洗礼を受けました。
 現在、永本慶子牧師との共同牧会で西川口教会に仕えておりますが、幼い頃この教会に来るようになったとき、また洗礼を受けて教会員となったとき、後の日、わたしがこの教会の牧師として奉仕するとはだれが予想できたでしょう。神の御計画はわたしたちには簡単にわかりません。
 母は今、西川口教会墓地である春日部墓苑に葬られています。1996年5月に地上の生涯を終えました。母を失って初めてどれほど母を頼りにしていたか示されたと同時に、人にではなく神に依り頼む信仰へ確かに導かれたと信じています。翌年、「言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」(ルカ3・8)との御言葉を与えられ、献身へと導かれました。今、神の大いなる救いの御業のために、福音宣教のためにこの身が用いられていることを、心から喜んでいます。
 すべての人のために備えられている神の恵みを知ることができますよう祈ります。

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