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2009年 8月 1日発行 No.494
使徒パウロ・神の選びの器
金田 佐久子
今月の西川口だよりは先月のファミリーキャンプの特集号です。奥多摩の緑豊かな自然に迎えられ、日ごろ街中に住んでいるわたしは心身とも和らぎました。参加者は37人、そのうち子供が14人でした。奥多摩では5回目のキャンプで、初参加は14人、また参加者のうち未信者20人(子供全員と大人6人)です。ふだん西川口教会の礼拝に来られない方も参加され、海の日の連休に開催できたことと、キャンプ集会の敷居の低さのためと思われます。
今回のキャンプでは使徒パウロを取り上げ、使徒言行録から語りました。主題は「信仰が始まる」。主題聖句は今年の西川口教会の主題聖句と同じです。この言葉を語った使徒パウロを知り、神が使徒パウロを通してなされた出来事に、共に耳を傾けたかったのです。7月19日の主日礼拝と、その日の夜のキャンプファイヤー、さらに翌日20日の朝礼拝で3回説教しました。
使徒言行録第9章に記されているサウロ(後の使徒パウロ)の回心は、思いがけない救いの出来事であり、同時に神の選びの出来事です。
主イエスの弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んでいたサウロでした。サウロがダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らし、彼に呼びかける声を聞きましたそれは復活の主イエスの声でした。サウロは何も見えなくなり、他の人にダマスコに連れて行ってもらいました。サウロは3日間、目が見えず、食べも飲みもしませんでした。
さらに主は、ダマスコにいた弟子アナニアをサウロのところに遣わされました。アナニアはキリスト者に対する迫害を耳にしており、サウロがキリスト者を連行する権限を持っていることを知っていました。しかし主の言葉に従いサウロを訪ねました。アナニアがサウロの上に手を置いて主の言葉を告げたとき、サウロの目からうろこのようなものが落ちて、見えるようになりました。肉眼だけでなく、心の目も開かれたのです。サウロは身を起こして、洗礼を受け、キリスト者となりました。
主イエスは言われました。「あの者は・・・わたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう」(使徒9・15、16)。主とその弟子たちを迫害したパウロを伝道者とするとは、人には思い及ばないことです。パウロは主の弟子たちを捕らえようとしていましたが、復活の主イエスが彼をしっかりと捕らえました。教会を苦しめたパウロが、キリストのために苦しみを引受ける者と変えられました。フィリピの町では一方的に投獄されましたが、牢獄で神を賛美し、その夜突然の地震の後で看守とその家族の救いの出来事が起こりました。ローマへの船旅では嵐のため難破寸前の中で「元気を出せ」と人々を励ましました。そんな使徒パウロの姿に、彼の中で生きて働く神とその力を見ました。
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