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2012年 7月 1日発行 No529 

主よ、あなたを呼びます

                            金田 佐久子

 深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。(詩編130・1〜2)

  花の日の訪問から
 今月の「西川口だより」は花の日特集です。教会の兄姉の訪問先では、共に祈り、そこで神を呼ぶことができました。聖書の言葉に耳を傾けました。それぞれが神に結ばれている交わりを確かめ、共に喜び、平安といやしと慰めを祈りました。
わたしたちは共に祈れます。共に神を呼ぶことができます。共に聖書の御言葉に聞くことができます。そのようにされているわたしたちです。祈ることのできる幸いを感じます。この幸いをできるだけ多くの方に知っていただきたいと願っています。

  神を呼ぶ祈り
 アッシジのフランチェスコのお話をしましょう。彼の伝記を書いた人はフランチェスコの弟子になった人でした。フランチェスコの友人で同じくらいの歳の人でした。その人は、フランチェスコがどんどん変わっていくのを見て、訳を知りたいと思いました。その秘密は祈りにあるようだけれど、祈りをのぞくわけにはいかないので、泊まりに来るように誘いました。そしてフランチェスコと同じ寝室にして、寝たふりをしました。フランチェスコは友人が寝入ったのを見て祈りを始めました。午前2時か3時頃、真夜中です。その言葉はただ「わが神よ、わがすべてよ」という祈りだけでした。それしかしませんでした。その友人はその祈りを聞いて変えられ、フランチェスコと修道会をつくりました。
フランチェスコの祈りは、子どもでも、大人でもできるでしょう。「神さま」と呼ぶこと、「わたしの神さま」と呼ぶことです。

  詩編で祈る
 どのように祈っていいかわからない、と思うときでも、祈りへの道が開かれています。それは詩編の言葉をそのとおり読むことです。詩編を自分の祈りの言葉としてよいのです。ぜんぶの意味が分からなくても、このとおり読めばいいのです。そうすると、詩編の言葉がわたしたちに働きかけてくれます。わたしたちを祈る者にしてくれます。神に向かわせてくれます。神を呼ぶことができるようにしてくれるのです。
 ご一緒にこの詩編130編1、2節を読みましょう。「深い淵の底から、主よ、あなたを呼びます。主よ、この声を聞き取ってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。」
 詩編の信仰者は、深い淵の底から主を呼んでいます。「ああ主よ、わたしは、大水に飲み込まれてしまっています。深い淵の底、これ以上はないくらいの底から、あなたを呼んでいます。ああ主よ、わたしの呼んでいる声も届いていないかもしれません。どうか、どうか、聞いてください。この声を聞きとってください。嘆き祈るわたしの声に耳を傾けてください。こちらを向いてください。この声を聞いてください。なぜならこの叫びを聞いてくださるのは、人ではない。人にはできない。主なる神よ、あなただけです・・・」
 ただ神を呼んでいるのです。神を呼ぶ以外にないところにいるからです。人にはどうすることもできないからです。神に訴えるしかないのです。神から遠い、深い淵にいると思っているところで、神を呼ぶとき、わたしはもはや孤独ではなくなるのです。神の前にいるのです。神は耳を傾けてくださるのです。

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