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2014年 1月 1日発行 No547 

礼拝に生きる

                            金田 佐久子

 自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。(ローマ12・1)

  クリスマスの恵み
 主の年2014年を迎えました。
 昨年12月のクリスマス礼拝では大きな恵みをいただきました。教会の仲間(現住陪餐会員)に6人の方が加えられたからです。西川口教会に神が目を留めてくださって、これだけの恵みをくださったのです。
 主イエス・キリストの救いにあずからせるために教会は存在しており、ここに教会の使命があります。洗礼者が起こされるとは、この使命が少しでも果たされたという目に見えるしるしです。この使命を委ねられたわたしたちは一所懸命伝道しています。けれども洗礼者は人間が相談して生み出せるものではありません。年度計画で洗礼者何人と予定できることでもありません。神がその人の心を動かしてくださらなければ、聖霊によらなければ、イエスは主であると告白することはできないのです。
 特に今回仲間に加えられた方々は、西川口教会の誰かに声をかけられてお出でになったのではありませんでした。ですから神が、それぞれの方々をこの教会に導き、ここで信仰生活を送るようにとお決めになった、とわたしは思っており、喜びと共に深い畏れを感じています。それは教会にとってまことに光栄なこと、幸いなことです。ただ主に栄光がありますように。

  礼拝に生きる
 洗礼は信仰生活の始まりです。信仰に生きるとは、教会に生きることです。洗礼とは教会の仲間になることだからです。この度の洗礼にあたっての受洗準備会では、使徒信条を少しずつ学びました(まだ継続中)。加えて教会生活と教会員の務めについてお伝えしました。それは、礼拝すること、聖書を読み祈ること、奉仕すること、交わりに加わること、伝道すること、献金することです。
 201年7月に発行した「西川口教会10年の記録誌」には、教会規則、法人規則が掲載されており、重宝しています。さらに今年度の教会総会議案書をお渡しして、教会が組織として活動していること、教会の様々な奉仕を皆で担っていること、教会の会計について説明しています。主に救われて教会の一員とされた者たちが担うべき部分は、それぞれが力いっぱい担います。前述の洗礼者の場合のように、神が働いていただかなければならないところはひたすら祈り求め、主の御業を待ち望みます。このようにして教会生活を送り、教会活動に加わります。
 信仰生活は教会生活です。教会生活の中心は主日礼拝です。主日礼拝を軽んじるようになったら、要注意です。神がおられるところ、今も生きておられ共にいてくださるキリストにお会いできるところが主日礼拝です。礼拝において、罪が示され、罪を悔い改め、赦しが告げられ、平和が与えられ、祝福を受けて送り出されるのです。罪の赦しと永遠の命にあずかっていることを、聖餐を通して体で味わいます。礼拝は独りでしていません。共に礼拝しています。礼拝が交わりです。礼拝において献身のしるしとして献金をささげます。礼拝で福音が宣教され、伝道しています。主日礼拝に信仰生活の中心があり、教会活動の中心があります。この主日礼拝で受けたキリストの恵みに応えて、毎日の生活を自分の体を献げて生きていきます。生活のすべてが礼拝となるのです。

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