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2015年 4月 1日発行 No562 

神をほめたたえて生きる

                            金田 佐久子

 少し前ですが今年の2月21日・22日に第39回西川口教会アシュラムが開催されました。現在、主日礼拝の聖書テキストであるエフェソの信徒への手紙の第1章から第4章までが取り上げられ、じっくりと御言葉に耳を傾けることができました。
 第1印象は「なんと賛美と希望にあふれた聖書だろう!」でした。この手紙をエフェソにある教会に書き送った使徒パウロは、獄中にあるのです。「わたしはこの福音の使者として鎖につながれています…」(エフェソ6・20)とあるとおりです。ちょっとしたことですぐ気落ちする自分です。獄中にあって揺るがない希望にあふれる使徒パウロの言葉は、輝く星のようでした。パウロの信仰に及ばない自分を自覚しています。しかしなお信仰によってパウロの言葉に「アーメン!」と心を合わせて言うことはできます。

 エフェソの信徒への手紙第1章の3節から14節まで、神の恵みのゆえに、神をほめたたえずにはおれないパウロの姿を見ます。「わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように」(3節)。「神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです」(6節)。「それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです」(12節)。「こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです」(14節)。これは代々の教会がささげる賛美でもあります。「主を賛美するために民は創造された」(詩編102・19)のです。

 西川口教会の中長期的な課題として会堂建築について検討委員会が組織され協議が始まっています。過去の資料を見る必要があって、久しぶりに「西川口教会創立50周年誌」を手に取りました。その中の故稲穂美保兄の文章が目に留まりました。
 “1990年度―ビジョンを求めて― 島師のメッセージでは第1回目から説教の中で、香港JCFで慰められ力づけられたという賛美があり、驚かされた。横山師も大きな声で賛美されるし、三枝師も音楽が好きで賛美を大切にされたが、説教中に講壇の上で独唱はされなかったからだ。・・・”(70ページ)
 懐かしい気持ちで読みました。確かに敬愛する歴代の先生方は、いつも神をほめたたえて、全力でこの教会に仕えてくださいました。これらの先生方に力づけられ、育てられてきた西川口教会であることを、深く神に感謝します。

 「神さまを信じたら、どんないいことがあるのですか?」ときかれたら「讃美歌をうたえます」と答えられると思います。わたしの教会生活も40数年となり、たくさんの賛美を教わり、覚えました。うれしいときも悲しいときも賛美して、力と慰めをいただきました。教会に生きる人たち皆が体験していることです。
 今年のイースターは4月5日です。「こどもさんびか」(改訂版)から、元気をもらえるイースターの讃美歌を一つ紹介します。88番「イースターの朝早く」の4節です。キリストはみんなの希望です。

 世界の人びとが 「もうだめなんだ」と たとえ言っても 十字架で死んだ あのイエスさまが みんなのきぼうなのだ 
 ああ キリストは ほんとうによみがえったのだ ハレルヤ ハレルヤ アーメン

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