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2018年8月1日発行 No602 

敵意は取り壊された

                            金田 佐久子

 今月号の西川口だよりには、6月10日の特別礼拝の集合写真が掲載されています。良い記念となりました。当日は、ジュリアーノ・デルペーロ修道士と、同じく聖ペトロ・パウロ労働宣教会のルイ・ロゲ神父と、「被拘禁者更生支援ネットワーク麦の会」(以下、麦の会)のメンバーがいらしてくださいました。主日礼拝をささげ、午後は麦の会のメンバーの方々から活動の紹介と、活動に携わっての思いを伺いました。
 麦の会の活動の中には、受刑者の更生を目指す人たちの支援があります。麦の会の通信「和解」の発行と、文通、面会などを通して、人格的なつながりを大切に、信頼関係を築き上げています。そうすることで犯罪を減らすことにつながる、と伺いました。
 それはどういうことか。獄にいる人たちは、自分の存在を大切にしてもらったことがほとんどないので、人と人とがつながって生きることを知らない。だから人間関係を築くのが難しい。家族や友人とは絶縁状態となっています。さらに現代の日本社会は受刑者への偏見があり、共に生きようとしないで、かえって排除しようとします。そういうわけで、刑期を終えて社会に復帰するべきところで、この人たちを受け止める居場所がないと、再び罪を犯しかねません。わたしたちの社会が、真に人とつながって生きることを大切にしなければ、犯罪を減らすことにならない。このままでは、再び加害者と被害者を生んでしまう。ですからわたしたちの課題なのです。
 8月は、特に平和を願い、平和を考える時です。聖書は語ります。「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し・・・」(エフェソ2・14)。恐れが敵意を生み、排除を生みます。共に生きることを妨げます。神は、わたしたちがそのように生きることを望まず、キリストを遣わされました。キリストは人間が作り出した敵意という隔ての壁を取り壊し、一つにするために来てくださいました。恐れから解き放ち、自分も他者も大切にできるように、キリストは一人ひとりと出会ってくださいます。一人ひとりがキリストと結ばれるとき、キリストがわたしたちを結ぶ平和のきずなとなり、わたしたちは一つとされるのです。

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