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2020年4月1日発行 No.622 

キリストの復活と新しい創造

                            金田 佐久子

 毎月、第2と第4日曜日の礼拝の前の9時30分から10時5分まで、「初心者会」という小さな集会を礼拝堂で行っています。教会の信仰の基本―主の祈り、十戒、日本基督教団信仰告白(使徒信条)―少しずつ、繰り返し学んでいます。2011年5月から始め、今年の3月22日で183回を数え、今は使徒信条の終わりに近づきました。基本は大切ですから、いつも初心に帰って学び続ける「初心者会」です。
 3月22日の初心者会は、使徒信条の「罪の赦し」が主題でした。西川口教会の主日礼拝では使徒信条によって教会の信仰の告白をしています。「私は罪の赦しを信じます」と言っているのです。それはどういうことか、改めて学びました。コリントの信徒への手紙二第5章13節以下を共に読みました。17節にはこうあります。
 「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」。
 この聖書の言葉を愛誦の御言葉として心に刻んでいる人も多いと思います。罪の赦しを信じるとは、自分が新しくなったことを信じることなのです。「キリストと結ばれた」人はだれでも、新しく創造されたと聖書は告げています。
 ちなみに、2018年に刊行された新しい翻訳「聖書協会共同訳」では「だから、誰でもキリストにあるなら、その人は新しく造られた者です」と訳されました。「キリストにある」とは、キリストの中に入れられた、ということです。
 さらにこう続きます。
 「神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、・・・」(19節)。
 罪が赦されるとは、罪の責任を問われなくなることです。罪の重荷でうめいていたのは古い自分でした。本来その罪の責任は、各自が神から問われるべきものでした。しかし、神はわたしたち人間の罪の重荷を取り除き、わたしたちをキリストの中に入れて、新しく創造して、わたしたちと和解してくださいました。
 こうして「一人の方〔キリスト〕がすべての人のために死んでくださった・・・その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きること・・・」(コリント二5・14〜15)です。
 自分のことしか考えない罪人の私たちのために、キリストが死んで、罪を赦してくださいました。ここに愛があります。キリストは死んで復活されました。私たちは、復活して今も生きておられるキリストのために生きるように、新しく創造されています。なおも自分の前に見えてくる貧しさ、性懲りもなく罪を犯す過ちと戦う道は、悔い改めです。何度でも罪の赦しの恵みの中に、恵みをくださる神に立ち帰っていく。それが罪の赦しを信じることです。
 国内外に、新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊張と不安がありますが、、神の愛を信じ、罪の赦しを信じ、復活の主と共に恵みの中に生き、世のために祈りましょう。

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