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2024年7月1日発行 No.673

言葉にならない呻きに耳を傾ける

                            金田 佐久子


  月報5月号(671号)に「人生はあなたに期待している」というタイトルで、フランクルのことを書きました。その後、NHKEテレで今年の4月から月に1度の全6回シリーズ「ヴィクトール・フランクル それでも人生には意味がある」が始まっていたことを知りました。絶望の淵に立たされたとき、生きる意味をどう見いだせばよいのか? 『夜と霧』の著者、精神科医フランクルの人生と思想を、講師である勝田茅生さんと作家・小野正嗣さんの対話と、資料映像でたどる番組です。第2回と第3回を視聴しました。
 フランクルが、人間の尊厳を根こそぎ奪われるような強制収容所の日々を生き抜くことができたのは、希望があったからでした。家族、特に愛する妻との再会を信じ、自分の著作を世に出す願いを持っていました。しかし、収容所から解放されたフランクルは母と妻の死を知りました。父は収容所で既に亡くなっていました。兄はイタリアへの亡命中に命を落としていました。フランクルを待っている人は誰もいませんでした。フランクルはまったく打ちのめされ、生きる気力もなくしてしまいました。友人たちはそんなフランクルに病院での仕事とアパートを紹介しました。さらにフランクルが本の原稿作成に打ち込めるように、タイプライターを探し出しました。
 そのことを受けて、番組で、小野さんが勝田さんに語られた言葉が印象に残り、共感しました。
 “『夜と霧』だけ読むと、こんな過酷な状況でも「生きる意味」を見出して…強い人…前向きな、自分たちとは少し違う特別な人、みたいな印象もあるんですけど、フランクルも悲しみや絶望を経験し、本当にそこに沈み込みそうになっていたところを、周りの人に支えられて、そこから抜け出すことが出来た…”
 フランクルの体験した苦悩は他者には計り知れないものです。しかし、フランクルもまた助けを必要とし、友人たちに支えられて、厳しい時期を生きたということには、親近感を抱きます。
 私たちは助けを必要としています。人はそれぞれに人には見えないけれども苦しみを負っています。私は苦しみを通して、互いに助け合ことで、人と人がつながり、共に生きられると思います。そう思えるのは、主なる神が、まず苦しみを負う私たちの言葉にならない呻きに耳を傾けてくださっているからです。
「主はすべてを喪失した者の祈りを顧み
 その祈りを侮られませんでした。…
 主はその聖所、高い天から見渡し
 大空から地上に目を注ぎ
 捕われ人の呻きに耳を傾け
 死に定められていた人々を
 解き放ってくださいました。」(詩編102・18~21)
 使徒パウロもこう語ります。
「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。被造物だけでなく、〝霊〟の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。」(ローマ8・22~23)
 私たちのために、聖霊が呻きつつ執り成してくださいます。
「わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、〝霊〟自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださる…。」(ローマ8・26)
 この大きな慰めがありますから、私たちも言葉にならない呻きに耳を傾ける者となれますように。アーメン。



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