5月29日(日) 復活節第7主日
礼拝順序

黙  祷
賛  美   58
主の祈り
交読詩編  詩編143篇
祈  祷
使徒信条
聖  書  使徒言行録第2章1~4節
説  教  「一人ひとりに一同に」
賛  美   346
感謝祈祷
頌 栄(讃美歌) 25
祝 祷 (コリント二13:13)

説教要旨

 最初の聖霊降臨の出来事は五旬祭の日に起こりました(1節)。「五旬祭」はギリシア語原文で「ペンテコステ」(「50」という意味)です。「五旬祭」は過越祭から50日後に行われるユダヤ人のお祭りです。小麦の収穫の祝いであり、その時には初穂が献げられました。聖霊降臨が五旬祭の日に起こったとは、聖霊を受けた主イエスの弟子たちが初穂として献げられたということです。弟子たちは最初のキリストの証人とされ、彼らの証を聞いた人々が救われて、教会は広がっていきました。
 主イエスの約束を信じ、一つになって祈っていた弟子たちのいた家に、突然激しい風のような音がして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人ひとりの上にとどまり、一同は聖霊に満たされました(1~3節)。「“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で」(4節)話し出すという不思議が起こりました。使徒言行録第2章11節によれば「彼ら〔弟子たち〕がわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っている」のでした。神の偉大な業とは福音です。聖霊によって、弟子たちはキリストの証人とされました。
 旧約聖書にも聖霊降臨の約束があります。そのひとつ、エゼキエル書第37章1節以下を読みます。預言者エゼキエルが神によって示された幻です。エゼキエルは主の霊によって、枯れた骨がいっぱいある谷に連れて行かれました。主なる神は彼に「これらの骨に向かって預言しなさい」と命じられました。エゼキエルが命じられたとおり預言すると、「カタカタと音を立てて、骨と骨とが近づ」きました(エゼキエル37:7)。主はさらに彼に「霊に預言せよ。人の子よ、預言して霊に言いなさい。主なる神はこう言われる。霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る」(エゼキエル37:9)と言われました。何と大胆な命令でしょう。預言者といえども人間です。人間が神の霊に命令することを神がお許しになるとは。神の息吹である聖霊が入らなければ、人は本当に生きることはできないからです。預言者は枯れた骨に、そして聖霊に預言することを許されているのです。銀座教会の名誉牧師の渡辺善太(わたなべ・ぜんた)師は、「教会はこの骨の音がするところである」と説教されました。東京の町も枯れた骨の谷が横たわっていると。教会はこの預言者の務めが与えられているところです。
 もう一箇所、主イエスの聖霊降臨の約束の言葉を読みます。ヨハネによる福音書第14章15節以下です。「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である」(ヨハネ14:16~17)。「別の弁護者」とは聖霊です。「もう一人の助け主」という訳に親しんできた人もいるでしょう。「別の」あるいは「もう一人の」とは、聖霊が主イエス・キリストに匹敵するお方であるということです。ヨハネ福音書では「真理」はキリストですから、真理の霊はキリストの霊です。聖霊は地上で働くイエスの霊です。聖霊降臨と主イエスの「掟を守る」(ヨハネ14:15、21)ことは一つのこととして語られています。その掟とは「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34)。これも大胆な言葉です。主イエスが愛されたように、互いに愛せよというのですから。だれが主イエスほどに隣人を愛せるでしょうか。生まれたままの人間にはできません。キリストの霊を受けるからこそ、聖霊の賜物である愛をいただくからこそ、可能となります。互いに愛し合う共同体こそ、主イエスの弟子であることを証するのです(ヨハネ13:35)。
 こうして約束の聖霊が降り、弟子たちはキリストの証人とされました。この聖霊の働きは今も続き、教会を支えています。