11月20日(日) 降誕前第5主日
礼拝順序

黙  祷
賛  美    346
主の祈り
交読詩編  詩編138篇
祈  祷
使徒信条
聖  書  使徒言行録第9章19b~31節
説  教  「聖霊の慰めを受けて」
賛  美    411
感謝祈祷
頌 栄(讃美歌) 26
祝 祷 (コリント二13:13)


説教要旨

 先週、キリスト教主義の老人施設の礼拝の奉仕に行き、使徒言行録第9章のサウロの回心の出来事から説教しました。後日、出席者の方がお葉書をくださり「アナニアに『兄弟』〔使徒9:17〕と呼びかけられたサウロは、どんなに慰められ、励まされたことでしょう!」と応答してくださいました。私たちは、使徒パウロがどんなに苦労して伝道したか、たくさんの手紙を書いたかを知っており、偉大な伝道者だと思っていますが、パウロは一人で事を始めたのではありません。アナニアの執り成しがありました。さらに、バルナバの執り成しがあったので、サウロはエルサレムの教会の交わりに加わることができました(27節)。教会の交わりに加えられることがなければ、サウロの回心の出来事―復活のキリストに直接お会いし、光に包まれて、倒されるという劇的な出来事―も、福音の宣教のために生かされなかったと思います。
 ダマスコで救われたサウロは、聖書をもとに、「イエスこそ神の子、キリストである」と宣べ伝えました。それは、ユダヤ人たちを驚かせ、うろたえさせるほどでした。
 ユダヤ人からすれば、サウロは裏切り者です。「かなりの日数がたって、ユダヤ人はサウロを殺そうと」計画しました(23節)。しかし「サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁づたいにつり降ろし」サウロを助けました(25節)。「サウロの弟子たち」とは、サウロの福音を聞いて信じた人々のことでしょう。同胞のユダヤ人から殺害が計画されるほどサウロへの敵意は大きくなりましたが、その一方で、神はサウロを用いて教会の群れを形成されていたのです。危険を犯してでもサウロを救おうと動く弟子たちが育っていたのです。
 これからの働きのために、使徒たちに認めてもらう必要があったので、サウロはエルサレムへ向かったのでしょう。「サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとしたが、皆は彼を弟子だとは信じないで恐れ」ました(26節)。イエスをキリストだと宣べ伝えたため、サウロは同胞から憎まれています。ダマスコで救われ洗礼を受けましたが、エルサレムの教会には受け入れてもらえません。サウロは身の置き所がなくなりました。しかし過去に自分がしたことを思えば、エルサレムの教会の態度は当然でした。サウロはこの状況に勇気をもって耐えました。決して自分から「信頼してくれ」と声を上げたり「信頼してくれない」と腹を立てたりしませんでした。サウロにとって試練で、忍耐を要することでしたが、この忍耐の経験があったからこそ、サウロはこれからの教会の働きに謙遜にあたれたのではないでしょうか。
 そこへ助け手が備えられました。「バルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。それで、サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるようになった」(27~28節)。同じことをサウロが言っても難しかったでしょうが、エルサレムの教会で信頼されていたバルナバ(使徒4:36~37)の執り成しによって、サウロはエルサレムの教会の交わりに受け入れられ、主イエスの名によって福音を宣べ伝えました。
 サウロの殺害が計画されていることが知られ、教会は、サウロをカイサリアから、サウロの故郷タルソスへ出発させました。そこでもサウロは伝道したと思います。
 「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった」(31節)。教会はどんなときでも、神の国のために用いられることを知れば、平和に生きられるのです。



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