仏像の見方
 仏師・西村公朝さんが 2003・12・2にお亡くなりになったことは 友人のHPで知りました。公朝さんは 長年、文化財としての仏像の修復に携わってこられました。その数は1300体に及ぶそうです。近年は 仏像の見方などを本にしてわかりやすく解説してみえましたので、いつでも気軽に手にとって愛読してきました。その教えを これからも頼りにして生きます。ご冥福をお祈りします。

 仏とはブツともホトケとも読みます。ブツの像とはブッタ像ーすなわちお釈迦さんの像のこと。一方ホトケの像はおしゃかさんの説法の中に出てくる仏さんたちのこと。阿弥陀さん、観音さん、地蔵さんなどの姿ということになります。仏像は、仏教における信仰の対象として造られたものなので、仏像に 仏教の教え、仏教の真髄が さまざまな形で表現されています。教典では 難しくてわかりにくい仏教の真髄を 形を見たり触れたりして よりわかりやすく理解してもらおうというのが仏像の役割なのです。・・・西村公朝さんはこんなふうに言っておられました。

 仏像には 造られた時代によって違いがあるように感じるのですがどうでしょう。たとえば 仏像の衣装や造形的な特徴からみてもやっぱり〜流行があるのかしら?
  これに関しての答えは 絶対的な存在を具現化した仏像といえども 各時代の勢力と風潮の影響を いやおうなしに受けたようでした。時代の特徴があるとすれば大まかに次のように解釈しました。

飛鳥時代(6世紀末〜7世紀末前半)は渡来のものが珍重されたので、仏像を伝えた朝鮮半島風です。

天平時代に(奈良時代後半)なると中国風(唐風)になります。
 天皇中心の国家規模で造寺,造仏を行ったので、皇族風でもあります。

平安時代は和様の文化が栄えたので日本風のものが主流です。このころは末法の世を恐れて阿弥陀の浄土にあこがれ、貴族たちが盛んに浄土教の寺や仏を造ったので貴族風でもあります。

鎌倉時代は幕府を開いた武士風であり、力強い彫刻で知られる運慶,快慶といった仏師が活躍したことはご存知のとおりですね。

室町時代は 武士が京都に幕府を開いて貴族化したため公家風になりました。

なお、仏像の基本となる「釈迦如来像」などは各時代を通じて造られているようです。