年金はどうなるのでしょう
老後の生活保障としての年金は 私たちの生活に不可欠なモノとなっている。少子高齢化が急激に進み、経済の停滞、財政の赤字など日本の公的年金を取り巻く環境は厳しさを増している・若い世代には年金に対する不信と、不安が増大しています。安心できる年金への変革が求められているのです。
年金は国民の最大の関心ごとになりました。 テレビで年金問題が放映さえたら 社会保険事務所の年金相談に 1日で300人を超える人が訪れたというから いかに年金問題に関心が強いかが伺いしれる。
 すべての国民が何らかの形で年金に入り、仕事を退いたら それまで払ってきた保険料に応じた年金を受け取る。という「国民皆年金」が制度として確立して、(1960年)すでに40年以上の月日が経過した。皆年金ができたとき、日本経済は高度成長のうねりがしだいに高まり始めていた。男性学卒者は 正社員として企業に雇われ、女性は、一時的に勤めることはあっても結婚後は専業主婦として内助の功に徹する人生を送る。そういうふうな人が圧倒的に多かった時代だ。皆年金土台を成している厚生年金は、そうした「夫は会社員、妻は専業主婦」という時代が モデル世帯を想定して制度設計されたものだった。
「年金財政再計算」に基づく年金額の改正は 原則として5年毎に行われてきた。
 変化のスピードの速い現代では、5年も経てば、人口、財政、経済、産業、雇用など状況が変わります。それらの状況を年金財政に織り込み、5年に一回年金制度の全体的な見直しによって年金額の改定が行われる。これを「年金財政再計算」による年金額の改定という。ところが、改定のたびに保険料の引き上げと、給付水準の引き下げが必要となり、それが若年世代の年金に対する不信感を呼び起こしてきた。
 経済情勢の変動や少子高齢化、環境の変化に柔軟に対応し、「中長期的に制度を変更しなくても良い仕組みを導入すべきだった」という意見が多い。もっと早くに 将来を見据えた抜本改革をすべきだった。
「物価スライド」による年金額の改定
 年金額が5年後の年金財政再計算の時まで固定されると年金受給者は困ります。そこで考え出されたのが「物価スライド」による年金額の改定です。
 年金額に「物価スライド」を取り入れるという法律ができたのが昭和48年で、それ以来年金額は 物価上昇率に合わせて変わってきました。
日本の年金は賦課方式となっている
 日本の年金は発足当初、個人の払った保険料を積み立てた額と、それを政府でまとめて運用した収入を加えた合計額を年金として支給する「積み立て方式を採用してきました。保険料を払い初めてから もらい始めるまでの長期間にはその間、物価上昇や、生活水準の変化があり、積み立てた金額に運用利潤を加えた金額を支給する「積み立て方式」にするには無理が生じてきました。このような年金制度の成熟化、高齢化の進展に伴い、積立て方式から賦課方式へと転換してきました。
 年金加入者が払う保険料は自分の将来の年金のためのもではなく、支払い時点の高齢者への仕送りとも位置づけている。つまり、賦課方式とは 現在の年金世代を現在の現役世代が支払うという仕組みです。現役世代の保険料支払いが続く限り、順送りの世帯扶養を行っていくのです。
問題点として 経済が低迷し、少子化が急速に進んでいる現状では世帯間扶養のひずみが拡大。2000年時点で現役3.6人で1人の年金受給者を支えてきたが2050年では1.4人対1人になる。このままいくと現在の保険料負担は重くなる一方で、年金水準も低くなる。どうしたらよいか?積み立て方式に切り替えるべきという意見がある。これにもいくつか問題が残る。
年金受給見込額
自分の将来の年金額を尋ねても、見込額を試算して貰うのは長い間58歳以上の人に限られていた。ライフプランをたてるのに 「モットー早くに自分の老後の年額jを知りたい」という希望が年々増えてきた。そこで社会保険庁は2004年1月13日から年金見込額の情報を提供する対象を満年齢55歳以上に拡大した。50歳以上に拡大されるのは 2005年度以降になる。給付削減の影響が大きいと見られる年代は、後回しにされた。年金相談の窓口では、これまで5年おきの年金価格で給付設計が世代別に度々変わったのであるためか 若い世代からの公的年金に関する問い合わせが増えている。 
主な年金制度の流れをみてみましょう
労働者年金法施行ー1942年
現場で働く男子労働者が加入対象でした。
厚生年金保険法制定ー1944年
年金加入の枠が 事務職の男性と、全ての職の女性の加入が出来るようになりました。労働者年金法を改め、厚生年金保険法となりました。
1万円年金ー1965年
2万円年金ー1969年
国民皆年金が創設ー1961年
日本が高度経済成長期に入った頃でした。自営業者も農業者も強制加入とし、国民皆年金が実現しました。経済の順調な発展にも後押しされて年金制度も大きく拡充されてきました。年金制度を支える税収も、社会保険料も順調に伸びました。
福祉元年ー1973年
70歳以上の老人医療の無料化、児童手当の創設、(72年)「5年年金」が創設されました。
年金の額を物価にスライドさせる「物価スライド制」の導入、現役世代の賃金を年金受給時の賃金に再評価させる「賃金スライド制」の導入など福祉、社会保障分野で画期的な見直しがされました。
 年金の所得代替率が60%、66%、68%と上昇した年代。
基礎年金の導入、給付水準の適正化ー1985年
戦後最大の年金改革が行われました。国民年金の財政破綻が目に見えていたことや、妻の年金権の確立、夫婦世帯の厚生年金の給付が過大になっていくことなどを主な理由として年金制度を全体を通じた再編を行い、国民共通の給付として基礎年金制度を導入しました。
年金の所得代替率は実質的に切り下げられた。高齢化社会に対する大きな舵取りを行ったことに意味があります。しかし、モデル年金、専業主婦に対しては改正前後では大きな変化はなかった。シングルの男女では給付水準が切り下げられた感があります。
完全物価スライドの導入ー1989年
急激な少子、高齢化に対応して年金給付をスリム化ーイ〜ロ〜ハ(年金は逃げ水と呼ばれる)
イ、年金制度の改革
60歳からの特別支給の厚生年金(定額部分)の支給開始年齢の引き上げ
 ー1994年
ロ、年金制度の改革
特別老齢厚生年金の(報酬比例部分)の支給開始年齢の引き上げー1999年
ハ、年金制度の改革
給付水準の5%適正化、現役手取り賃金の伸びに合わせて、年金額を増額する賃金スライドが65歳以降は廃止された。−2002年