冬のカネヒラ


 ある年の十二月下旬のこと、古い友人の誘いで柳川の水路にタナゴを釣りに行くことになった。
折り悪く、前日から粉雪が舞いはじめ、その日の朝にはうっすらと積もっていた。これではさすがに釣りは無理だろうと思ったが、友人によると近くに地下水が湧いているところがあるので、冬でもそこそこの水温を保っており大丈夫だろうということだった。

 彼の実家は昔、柳川藩に食料や物資を納めていたらしく、母屋こそ新しく建て替えられていたが、裏には古い蔵がそのまま残っていた。横にある大きな柿の木のせいか、蔵は思ったより小さく見えたが、近くに行ってみると、それなりに立派な蔵だった。
蔵の横には水路から荷物を上げ下ろしするための小さな船着き場への石段があり、石段を下りた先にあるスロープには、今ではめったに使うことはないという平底の木製の舟が雪をかぶっていた。

「柳川の川下り」で有名な掘割りを思い浮かべると、水路はかなり細く、いかにも生活のための水路といった感じだ。水路の向こう側が民家の裏手になっているのも、より生活感をかもし出しているのかもしれない。色のない景色のなかで、雪に埋もれた南天の赤い実だけが彩りを添えていた。民家側の石垣にも、所々に水路へと下りる小さな階段がある。汲水場(くんば)といって昔はここで生活用の水を汲んだり、野菜など洗ったりしたらしい。

 船着き場からのぞいてみると、石垣近くの水底に黒っぽいものが沈んでいた。どうやら河骨の沈水葉のようだ。しばらく見ていたが魚の姿は見えなかった。
簡素な竹竿と小さな釣り針に、用意してくれたサシ虫をつけて水中へ落とす。すると意外にもすぐに引きがあって、上げてみるとカネヒラのオスが釣れていた。すでに婚姻色ではないのだろうが、淡い緑を帯びた体に、うっすらと光る青や赤の輝きは美しかった。次に掛かったカネヒラのメスは、オスのような色は無いものの、輝く銀鱗は渋い魅力を放っていた。

 三十分ほどかけて二人でカネヒラのほか、ヤリタナゴやアブラボテなど十匹ほどのタナゴを釣ったが、さすがに寒さに堪えかねて、それ以上釣るのは諦め、また季節が良いときに釣ることを約束して、母屋へと引き返したのだった。








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