第二話 継母

 父親と新しい家族と一緒の生活は、シンデレラにとってこれまで経験したことがないほどの楽しい生活だった。
しかし父親はやがて、また異国へ発っていった。
シンデレラはそれでも淋しくないと思った。これまでのように召使いとふたりの生活とは違う。なにしろ新しいお母さんとふたりのお姉さんがいるのだから。しかしシンデレラにとって、これは悪夢の始まりだった。


 「なにをやっているんだいシンデレラ!お前は末っ子なんだよ。末っ子は食事の用意をするものさ。召使いと一緒に食事を持ってくるんだよ!」
シンデレラは言われたとおりに厨房へ向かうと召使いのマリアから料理を受け取ろうとした。
「いけません、お嬢様。お嬢様はお席についていて下さい。準備はわたしが致します。」
しかしシンデレラは言った。
「だいじょうぶよマリア、わたしはいちばん年下なのだから、お母さまやお姉さまのお世話をするのはあたりまえよ。」
シンデレラはスープの入った皿をテーブルへと運んだ。
「シンデレラ、お前は本当にグズな子だね。さっさと運ぶんだよ。私はお腹が空いているんだ。」
「はい、お母さま・・・」
シンデレラは慣れない仕事を一生懸命にこなした。
「シンデレラ!こっちはまだ?!早く持ってきなさいよ!」
「はい、お姉さま・・・」
慌てて運んでいたシンデレラは、スカートの裾を踏んで転んでしまった。召し使いが慌てて駆け寄ると継母が言った。
「マリア!シンデレラに自分でやらせなさい!この子には教育が必要なのよ!」
「そんな・・・お嬢様のお世話をするのがわたしの仕事です。」
継母は怒って言った。
「私の命令が聞けないなら、お前はクビよ!」
シンデレラは急いで継母に言った。
「ごめんなさい・・・わたしがダメなんです。マリアを辞めさせないで!急いで掃除しますから。」
「・・・お嬢様・・・」
継母は苦々し気な表情で吐き捨てるように言った。
「ふん!今回だけは見逃してやるよ。だけどこんな失態は金輪際ご免だよ。」
「はい、お母さま・・・」
継母は口の端を吊り上げて勝ち誇ったようにメイドに言った。
「マリアや、このグズのシンデレラをちゃんと躾けておやり。またシンデレラが失敗したら今度こそお前はクビだからね。厳しく躾けるんだよ!」
「・・・はい・・・奥様・・・」
「あはははっ・・・シンデレラ、お前からも頼むんだよ。マリアのクビはお前にかかっているんだからね。召し使いの仕事を全部教えてもらうんだよ!」
「・・・はい・・・お母さま・・・」
シンデレラはマリアに言った。
「マリア、わたしに仕事のやり方を教えてね。」
「・・・お・・お嬢様・・・・」

 「お母さま!シンデレラはドレスの裾を踏んで転んだのよ。そんなドレスじゃ仕事がやりにくいでしょう。召使いと同じ服を着せれば良いんじゃない?」
継母はさも面白そうな顔でニヤリと笑った。
「それは良い考えだね。マリアお前のお古をシンデレラのために仕立て直しておやり。」
マリアは信じられないという表情で懇願した。
「・・・そんな・・・そんなこと出来ません・・・お嬢様にわたしのお古を着せるなんて・・・そんなことをしたら旦那様に怒られます・・・」
しかし継母は言った。
「私は旦那様からこの屋敷のことを任されているんだ!お前はただ命令を聞いてればいいんだよ!」
マリアは黙るしかなかった。
「わかったかい、わかったらさっさと言われたとおりにやるんだ。やらなきゃクビだよ。」
「・・・はい・・奥様・・・」


 シンデレラはマリアにメイド服のお古を身体に合わせ仕立て直してもらい、その服を着て屋敷の仕事を習っていった。それは大変な仕事だったが、マリアに教わりながらの仕事は楽しくもあった。
すくなくともあの継母や、ふたりの継姉といるよりはずっと気が休まるのだった。

 召使いの服を着たシンデレラを見た継姉たちは大いに喜んだ。
「やっぱりお前は綺麗なドレスよりもその汚い恰好が良く似合ってるわ。」
「ほんとうに!こんなに召使いの恰好が似合う娘は見たことがないわ!」
ふたりはそう言うと可笑しそうに大きな声で笑った。

 幼いシンデレラは最初、あの優しかった継母の急変の意味がわからなかった。きっと何も出来ないシンデレラの事を考えて仕事を憶えさせてくれているのだと思っていた。しかし時間が経つうちにシンデレラにも、自分と父親が騙されたことがわかってきた。
継母と姉たちは屋敷でわがまま勝手に振る舞い、シンデレラは一日中屋敷の仕事をやらされた。手伝おうとするマリアに継母は言った。
「マリア、お前は手伝うんじゃないよ。シンデレラを早く一人前に屋敷の仕事が出来るようにするのがお前の仕事なんだよ!」
女主人にそう言われてはマリアも手伝うことができなかった。シンデレラを可哀想に思いながらも厳しく屋敷の仕事をやらせるしかなかったのだ。それでも健気に頑張るシンデレラを見ると涙が流れるのをどうすることもできなかった。そして旦那様が帰って来たときにはきっと報告しようと心に誓うのだった。