第三話 父親

 シンデレラの父親は海運商を営んでいたから一度船で異国へ行くと何ヶ月も帰ってこなかった。母親がいた頃はふたりで父親が沢山のおみやげを持って帰ってくるのを楽しみに待っていたが、今シンデレラはあの頃の自分がどんなに幸福だったか思い知らされていた。

 父親が出航してからというもの、シンデレラは、屋敷の掃除や、食事の支度や、継母や継姉の世話などで、毎日目がまわるような忙しさだった。しかも、いつも着ていたドレスを着ることも許されず、召使いのお古を着させられ、毎日粗末な食べ物しか食べさせてもらえなかった。継母や継姉が残したものさえ、今のシンデレラにとってはご馳走だった。シンデレラは三人が食べた後、可哀想に思った召し使いのマリアが取っておいてくれた食べ残しを美味しくいただくのだった。

 そんな生活が続き、真っ白だったシンデレラの肌も汚く黒ずんできたころ、父親の船が港に入港したと連絡が来た。入港後2、3日すればお父さんが帰ってくる!父親が帰って来ればこれまでの苦しかった生活も終わるとシンデレラは喜んだ。

 しかし継母は狡猾だった。継母は召使いのマリアを呼びつけると命令した。
「マリア、今すぐシンデレラの汚れた体をきれいに拭きあげなさい。頭の上から足の先までピカピカに磨きあげるんだ!そして綺麗なドレスを着せたら私のところに連れておいで。」
旦那様が帰って来た時にもとのシンデレラに戻しておくつもりだということは判っていたが、マリアには言われたとおりにするしかない。マリアはこの数カ月で薄汚れたシンデレラの体を、お湯できれいに拭いていった。シンデレラは次第に昔のシンデレラに戻っていったが、それでも取りきれない垢と、粗末な食事で血色が悪くなった肌と、水仕事であかぎれの出来た手はどうしようもなかった。

 そして数カ月ぶりに綺麗なドレスを着せてもらったシンデレラは継母の元へ連れて行かれた。
「奥様、お嬢様をお連れしました。」
継母はシンデレラをひとめ見るなり鼻を鳴らした。
「ふん!お前もきれいな服を着れば、なんとかなるもんだねえ。」
継母はシンデレラを頭の上から足の先まで調べた。
「しかし何て血色の悪い肌なんだい。これじゃあ旦那様にばれてしまうじゃないか!」
「す、すみません・・・」
マリアはいっそばれた方が良いと思ったが、この場は謝るしかなかった。どうせ旦那様が帰って来たら言いつけてやるのだから我慢するのもあと少しだ。
「仕様がない。化粧をしてごまかすしかないね。そのあかぎれが出来た手は手袋をすれば良いだろう。旦那様の前では手袋を取るんじゃないからね!」
継母は怖い顔でふたりを睨んで言った。
「お前たち、間違っても旦那様に言いつけようなんて考えるんじゃないよ。そんなことをしたらもっと大変なことになるね。良く憶えておくんだよ!」


 父親が帰ってくると、継母と継姉たちは何ごとも無かったように笑顔で迎えた。
父親は、継母には宝石を、子供たちにはシルクのドレスなどのお土産を渡した。シンデレラも美しいドレスを貰ったが、この服を着ることはないのを考えると悲しかった。そんなシンデレラを見た父親は言った。
「なんだ、お前は嬉しくないのか?」
シンデレラは泣きたいのを我慢して言った。
「ありがとう、お父さん。すごく嬉しいわ。」
それを聞いて父親も満足そうに頷いた。


 “コンコン”
ドアをノックする音に父親が返事をすると、入ってきたのは召使いのマリアだった。
「やあ、マリアじゃないか。こんな時間にどうしたんだ?」
「・・・あの・・・・」
口ごもるマリアに父親は言った。
「何か言いたいことがあるなら言いなさい。」
マリアは意を決して話しだした。
「・・・実は・・・」

 父親はすぐに継母を呼んで問い正した。
「お前、自分の子供だけ可愛がってシンデレラを虐めているそうじゃないか!マリアから聞いたぞ!」
すると継母は、信じられないというような表情で言った。
「旦那様。あの召使いは嘘をついているんです。何の理由があって私があなたの大事な娘を虐めるというのですか。あの召使いはしょっちゅう嘘をつくので困っているのです。」
父親は不思議そうに言った。
「しかし、死んだ妻はそんなことは一言も言わなかったぞ。」
すると継母は言った。
「それはそうでしょう。奥様はあなた様に心配をかけたくなくて言わなかったのです。そうに決まっています!私だってこんなことが無ければ召使いの嘘も我慢していたことでしょう。あなた様は私よりも召使いを信じるというのですか?」
そう言われると父親もそんな気がしてきた。
「そうか、判った。では今すぐあの娘はクビにしよう。」
すると継母は気の毒そうに言った。
「それは可哀想ですよ。あの娘が嘘をつくのも教育が出来ていないだけなのです。この屋敷にはあの娘しか召使いがいないから我が物顔で嘘をつくのです。ちゃんと監督できる者を雇うのがよろしいでしょう。」
それは名案だという様子で父親は言った。
「それは良い考えだ!すぐに新しい召使い長を雇うとしよう。」
「実は私に心当たりがあります。この件は私にお任せください。」
父親は満足して言った。
「お前は本当に優しくて良く出来た妻だ。この家のことはお前に任せておけば大丈夫だな。私も安心して家を空けることができる!これからも留守にしている間よろしく頼むぞ。」
「はい。旦那様。」
継母は内心の笑みを隠して神妙な顔で返事をした。


 継母は自分の部屋にマリアを呼びつけると言った。
「お前、よくも告げ口してくれたものだね!でも旦那様はお前の言うことなど信じちゃいないんだよ!私がお前の言ったことは嘘だと言えば私の方を信じるに決まっているじゃないか。」
マリアは愕然とした。
「旦那様は今すぐお前をクビにしようとおっしゃったけど、私がクビにしないように頼んでやったよ。」
マリアは最悪の事態は避けられたと思い安堵した。しかしそれもつかの間の事だった。
「お前を辞めさせるかわりに、お前を監督する召使い長を雇うことにしたんだ。私に良い心当たりがあるんだよ。人を教育するのが得意な男さ。その男にお前をみっちり調教してもらうことにするよ。」
マリアには継母の意図は判らなかったが、なぜか嫌な胸騒ぎがした。