第六話 召使いの生活

 元々王室の仕事も引き受ける腕のいい職人だった仕立て屋の主人だが、商売のほうはからっきしで店は小さく働く職人も少なかった。しかし後妻は一年もたたないうちに、商売に精を出し職人やお針子を増やして店を大きくていった。

 召使いにされてしまったシンデレラは、まるで奴隷のように朝早くから夜遅くまで、掃除や食事や洗濯をして一日中働き詰めで、顔も体もかまどの灰で真っ黒けだった。何人もいるお針子にさえ“灰かぶり”と呼ばれ馬鹿にされ辛い日々を送っていた。ここではシンデレラが本当のお嬢様だと知る者は、継母と継姉しかいなかったから、彼女たちがシンデレラを虐めるのを見たお針子たちも同じようにシンデレラを虐めるのだった。
 シンデレラが少しでも言うことを聞かなかったり失敗した時には、継姉たちはカマドの中に豆をぶちまけて言った。
「灰かぶり!この豆をひとつぶ残らず拾うんだよ!それが終ったら良いのと悪いのをちゃんと別けるんだ。」
継姉たちはシンデレラを虐めることにかけては天才的だった。いろんな意地悪を考えだしてはシンデレラに言い付けるのだった。
 シンデレラは屈んでカマドの中に潜り込むようにして、灰の中から豆を選りださなければならなかった。それは辛い仕事だったが、ちゃんとやらねばならなかった。なぜなら一粒でも残っていたら煮炊きの時に弾けて残っていたのがバレてしまうのだった。そんなことになったらもっと厳しい罰が待っている。
 全ての豆を拾い終ったころには顔も体もさらに真っ黒になっていた。
「あははは、灰かぶりったらなんて汚い恰好が好きなのかしら。ただでさえボロボロの服なのにあんなに煤で汚しているわ!」
継姉もお針子たちも大笑いするのだった。そんなことをされてもシンデレラはじっと耐えることしか出来なかった。

 夜になると継姉たちはシンデレラのコルセットに付いた金具と柱を鎖で犬のように繋いで逃げないようにした。そして一日一回の食事が与えられた。それは穴のあいた鍋に入れられた、家族や職人たちが残した一日の残飯を集めたものだった。それはいろんな料理がごちゃまぜになってヒドイ味だったが、継姉はそれをわざわざ混ぜくってペースト状にするのだった。
「さあ、お前の餌ができた。せっかく作ってやったんだ、灰かぶりお礼はどうしたんだい?」
「お嬢様・・・こんなに醜く情けない私に食事を与えて下さって感謝いたします。」
それは毎回、食事のたびに言わされる言葉だった。継姉たちはシンデレラが汚い手で残飯を食べる様子を見ると、嘲るような顔をして満足して自分の温かい寝床へ行ってしまうのだった。
 シンデレラは残飯を食べ終ると鎖に繋がれたまま食器をきれいに洗ったり、明日食べる豆を剥いたりして最後の仕事を終らせてからやっと寝ることができるのだった。寝るといってもちゃんとした寝床がある訳ではない。シンデレラはまだ温かさが残ったカマドの灰の上で大事な幸せを呼ぶスティックを抱きしめて丸くなって眠るのだった。たとえ汚れても寒さをしのげるだけましだったし、どうせもう真っ黒でこれ以上汚れるのを心配する必要はなかったのだ。

 しかしシンデレラにも秘密があった。実はシンデレラには友達がいたのだ。その友達は夜中になってみんな家の者が寝静まるとやってきた。それはこの家に棲むネズミたちだった。シンデレラは毎夜カマドの脇で寝ているとやってくるネズミ達に少ない食事を分け与えるうちに仲良くなったのだった。
 その中でもシンデレラがロナルドとクラウドと名付けた二匹には特に賢いネズミだった。二匹は時々、逆にシンデレラに何処かから美味しいお菓子を持ってきてくれることさえあった。寒い日には二匹はシンデレラに服に潜り込み暖めてくれた。二匹はシンデレラにとってかけがえのない友達になっていた。


 ある日シンデレラがずっと履いていたぼろぼろの靴が壊れてしまった。これまでも壊れるたびに何とか修理して履いてきたが、今度ばかりはもう直せそうもない。シンデレラは継母の元へ行ってお願いした。
「ご主人様・・・」
「なんだい灰かぶり。」
「靴が壊れてしまいました・・・革がもうぼろぼろでどうしようもありません。」
「なんだい、しょうがないね。それじゃあ仕事もできやしない。これで新しい靴を買ってきな。ちょっとやそっとじゃ壊れない丈夫な靴を買ってくるんだよ。」
継母はそう言ってうんざりしたようにシンデレラに銅貨を二枚渡した。

 シンデレラが靴を買いに路に出ると子供たちが集まってきて遠巻きに囃したてた。
「や〜い、や〜い、灰かぶりだ!」
「いつも真っ黒灰かぶり!」
「顔も手足も真っ黒だ!」
「しかも片足ははだしだぁ!」
子供たちは囃したてながらシンデレラの周りをぐるぐる回った。中には小石を投げる子供もいたが、シンデレラはそんな仕打ちにも黙って堪えるしかなかった。

 靴屋に着くと靴屋のおやじが言った。
「なんだ、灰かぶりじゃないか。お前なんかがうちの店に何の用だ?」
シンデレラは握りしめた真っ黒な手を開くと二枚の銅貨を見せて言った。
「これで買える靴を下さい。」
靴屋は呆れたように首を振ると言った。
「そんなはした金で買える靴などあるもんか。この街のどの靴屋に行ったって、そんな値段で買える靴は無い。いやその十倍だって買える靴など無いだろうよ!」
シンデレラがいくら頼んでも同じことだった。本当にそんな値段で買える靴は無かったのだ。

 シンデレラはうなだれて歩いていた。
「どうしよう・・・靴が無くては足が寒くて凍えてしまうわ・・・」
もう裸足の片足は寒くて感覚が無くなっていた。

 シンデレラが橋のところへ来たとき、ふと橋のたもとで汚い絨毯の上にいろんなボロを広げている乞食のような老人に目がいった。シンデレラが近付くと男は言った。
「おじょうちゃん、何か買ってくれんかね。」
しかしシンデレラにはお金が無いし、広げられた品物もどれもガラクタばかりだった。でもひとつの物がシンデレラの目を引いた。シンデレラはその木で出来た古い品物を手に取るとしげしげと眺めた。
「おじょうちゃん珍しいだろう?それはオランダという国の靴だよ。もっともお土産用の民芸品だがね。」
「靴?」
シンデレラが手にしたその靴は、木を彫って造ってあり可愛い見たこともない花の絵が描いてあった。
「おじいさん、この靴を履いてみてもいいかしら?」
シンデレラがそういうと老人は驚いて言った。
「それは構わんが・・・」
シンデレラがそっと木の靴に足を入れると、シンデレラの足はまるであつらえたようにピッタリ納まった。
「わぁ!ピッタリだわ。」
シンデレラは嬉しくなってそこらへんをカポカポ音をたてて歩いた。しかしシンデレラは自分がいくらもお金を持っていないのを思いだした。
「おじいさん、この靴いくらかしら?わたしこれだけしか持ってないの・・・」
そう言ってシンデレラは老人に二枚の銅貨を見せた。
老人は笑って言った。
「どうせ置いていても誰も買うまい。それだけ貰えば十分じゃよ。」
老人はそう言ってシンデレラから二枚の銅貨を受け取った。


 シンデレラが木の靴を履いてカポカポ音をたてながら帰ってくると、継姉たちがそれを見て大笑いした。
「お母さま!見てよ灰かぶりのあの靴を!」
「なんておかしな靴を買ってきたんだろう!よくもあんな物を履いて町を歩けるものだわ!」
継母は言った。
「しかし良い買物だよ!あれならすり減るのに何十年もかかるだろうよ!」
3人が大声で笑うとお針子たちも一斉に笑った。しかしシンデレラは悔しくはなかった。この靴は丈夫だし、革よりよほど温かい。それに可愛い花の絵まで描いてあるのだから。


 春が来て温かくなってきたある日、不思議なことが起こった。お父さんの形見の幸せを呼ぶスティックから木の芽が出てきたのだ。シンデレラは驚いたが、木の枝が生きていたことが判ると、中庭のすみっこにそっと突刺した。
 スティックは葉を出し枝を伸ばしてぐんぐん大きくなっていき、3年もすると赤い小さな実をいっぱい付けた。その赤い実をついばみに沢山の小鳥がおとずれてシンデレラを喜ばせた。

 しかしその様子を継姉たちが黙って見ているハズがなかった。ふたりの継姉は母親に言いつけた。
「お母さま、あの木が大きくなって部屋がすっかり暗くなってしまったわ!」
「それに鳥が糞を落として汚いったらありゃしない!あんな木切ってしまってもいいでしょう。」
継母は言った。
「あんな木は誰が植えたものでもなし、食べられる実がなるでもなし、切りたきゃ斬ってしまいな。」
その継母の言葉を聞くとシンデレラは床に額をつけるくらいに頭を下げて懇願した。
「あの木を切らないで下さい・・・あの木はお父様がくれた幸せの木なんです!どうか斬らないで・・・」
しかしシンデレラの願いが聞いてもらえるハズもない。
「灰かぶり!さっさと言われたとおりにあの木を斬っておしまい!そして小さく切ってカマドの薪にするんだよ!」
 シンデレラは泣きながら木を斬ると、小さく切ってカマドに焼べた。


 シンデレラは15才になっていた。