第七話 舞踏会

 お城で舞踏会が開かれることになった。舞踏会は3日間、夜中まで催される。そこには町の美しい娘たちも招待されていたから、継姉たちにも招待状が届き、継姉たちは浮かれていた。
 浮かれるには理由があった。町では舞踏会は王子様がお嫁さんを探すために催されるのだと専らの噂だったからだ。継姉たちはもう自分たちが王子様のお嫁さんになるつもりになっているようだった。

 シンデレラも舞踏会に行きたくて継母にお願いした。
「ご主人様・・・わたしも舞踏会につれていってください。お嬢様たちのお世話係りでかまいません。」
しかし継母は呆れたように言った。
「灰かぶり、おまえ本気で言っているのかい?冗談じゃないよ!おまえのような汚く醜い者が付いていては娘たちが恥をかくじゃないか!自分の身分を良く考えるんだよ。」

 継姉たちには綺麗なドレスが用意された。それは美しく高価な生地が使われ、胸元と背中は大きく開き、腰は驚くほど細かった。
上の姉は下の姉の手を借りてコルセットで腰を締め上げたが、なかなかドレスに入るほどには細くならなかった。下の姉は言った。
「灰かぶり!ぼけっとしてないでお前も手伝いな!」
シンデレラは下の姉と一緒になって上の姉の腰を締め上げた。ふたりで力一杯締め上げると、骨がグキリと嫌な音がしてやっとコルセットを締めることができた。上の姉はふうふう荒い息をしながら言った。
「さあ、今度はあんたの番だよ。」
こんどは上の姉と一緒になって下の姉の腰を締め上げた。

 ドレスを着て派手な化粧をすると、ふたりと継母は舞踏会へ出かけていった。シンデレラはひとり残されて言い付けられたそら豆のさやを剥いていた。
「ああ、わたしも舞踏会に行ってみたい・・・」
シンデレラはため息をついて項垂れた。
「でもご主人様の言うとおりだわ。こんなに汚く醜い娘が舞踏会に行ったって笑われるだけ・・・ドレスも無いし踊りだって踊れない・・・・」
それでもシンデレラは舞踏会に行ってみたかった。幼かったシンデレラもいつの間にか年頃になっていたのだ。でもいつになってもシンデレラは“灰かぶり”のままだった。童話のあひるの子のように白鳥になれるはずもない。
 あのシンデレラを見守ってくれたいた幸せのお守りも今はもうなくなってしまった。幸せのお守りから生えた木はシンデレラが自分の手で斬ってしまったから。しかもカマドに焼べて今ではもう灰になっている。

 いつのまにか悲しむシンデレラの足元に二匹のネズミがいた。
「ロナルド・・・クラウド・・・わたしのような醜い娘は、一生醜いままなのかしら・・・」
「おまえは顔も心も美しい娘だよ。」
突然カマドの方から声がした。シンデレラが声の方を振り返るとそこには一人のみすぼらしい老婆が立っていた。
「おばあさんはだあれ?どこから入ってきたの?」
老婆は言った。
「私はずっとここにいるさ。そしてずっとおまえを見てきたんだよ。」
シンデレラが不思議な顔をして黙っているのを見て老婆が言った。
「私はカマドの精さ。お前が来るずっと前からここに棲んでいるんだ。」
良く見ると老婆は幸せを呼ぶスティックとそっくりな棒を持っている。
「ああ、これかい?これは魔法の杖さ、おまえが持っていたものと同じ種類のものだよ。ほら!こうして振ると・・・」
魔法の杖を振った机の上には、美味しそうな果物がのった籠が現れた。シンデレラは驚いて目を丸くした。
「さあ、食べてごらんよ。童話みたいに毒など入ってないからさ。」
老婆は可笑しそうに笑うとシンデレラに赤いリンゴを手渡した。

 シンデレラが恐るおそる一口噛むと、甘い汁が口いっぱいに広がった。
「美味しい!なんて甘いのかしら?!こんな美味しいものを食べたことないわ!」
「無理もないよ。おまえはここに来てから5年というものろくなものを食べてなかったからね。」
老婆はやさしく微笑んだ。
「シンデレラや、おまえ舞踏会に行きたいんだろう?」
シンデレラはこくりと首を縦に振った。すると老婆はこともなげに言った。
「そんなに行きたいなら行ってくればいいじゃないか。」
シンデレラは駄目だというように首を横に振った。
「わたしなんか舞踏会に行けないわ・・・ドレスも無いし、踊れない・・・それにこんなに汚く醜い娘などお城へ入れてはくれないわ。」
老婆は言った。
「おまえ本当にそう思っているのかい?その手を見てごらんよ。」
シンデレラが自分の真っ黒な手を見ると、なんとリンゴの汁で真っ白に汚れが洗い流されていた。
「え?!どうして・・・」
どんなに水で洗っても取れなかったシワに入り込んだ汚れも、爪の間に溜った黒い垢も、跡形も無く消えていた。あんなに酷かったあかぎれさえ無くなっている。

 老婆が窓に向かって杖を振りながら言った。
「幸せの木の実を食べた小鳥たち、シンデレラのために綺麗なドレスをはこんでおくれ!」
すると沢山の小鳥たちが集まってきて、どこからか美しいドレスをはこんできた。それは継姉たちが造った高価なドレスよりもっと綺麗で、もっと腰がくびれていた。しかしシンデレラは悲しい顔をして言った。
「どんなに綺麗なドレスでも、わたしが着てはだいなしに決まってる・・・」
それを聞いて老婆が言った。
「シンデレラや、そこにあるいつも使っている雑巾にカマドの灰をつけて顔を洗ってごらん。」
シンデレラは半信半疑で言われたとおり雑巾にカマドの灰をつけて顔を洗ってみた。しかし何も変わるはずもない。シンデレラは老婆に言った。
「おばあさん、わたしの醜さはどうやっても変わりはしないわ・・・」
老婆は突然、空間から大きな鏡をとりだしてシンデレラの顔を映して言った。
「鏡よ、この世でいちばん美しいのは誰なんだい?」
すると鏡は答えた。
「それはもちろんシンデレラです。」
そこには世にも美しい少女が映っていた。
「こ、これがわたし・・・?」
「そうだよ。これが本当のおまえの姿さ。おまえがあまり灰ばかりかぶっていたから、誰もおまえの美しさに気付かなかったのさ。」

 老婆は言った。
「さあ、シンデレラや、服をお脱ぎ。急がないともう舞踏会は始まっているよ。」
シンデレラは服を脱いで裸になった。しかしそこで現実に引き戻された。シンデレラの腰にはあの忌わしい奴隷のコルセットが嵌められている。この鍵を掛けられたコルセットは頑丈で、たとえ魔法でも外せそうにない。嵌められた時はまだ隙間があったコルセットは今や肌にピッタリ付いて、まったく隙間もなくびくともしない。まるで皮膚と一体になってしまったようだった。
「やっぱりだめ・・・このコルセットは外せないわ。だって鍵は井戸の底ですもの・・・」
老婆は笑って言った。
「だいじょうぶだよ。井戸の中の鍵などほらここに。」
そう言った老婆の手には井戸の底にあるはずの鍵があった。
「もっともこんな鍵など必要ないよ。」
老婆が杖を振ると、あれだけ硬かった革がずるりと伸びてシンデレラの足元へと落ちた。5年間付けっぱなしだったコルセットの跡は赤黒く醜くただれていた。どうりで痒かったはずだ。
「さあ、体も灰で洗ってごらん。」
シンデレラが灰で体を洗うと何年もこびりついていた垢もただれも、皮が一枚剥けるようにきれいに落ちしまった。

 シンデレラはまるで産まれ変わったような気がした。これがあの灰や埃にまみれていた灰かぶりなのだろうか?そこには白い肌の美しい少女がいた。足は細く、肌はきめ細かで、身体は幼さは残るが美しい曲線を描いている。胸はまだ小さいが形良く、その先端には桜色のつぼみがいまにも咲きそうに存在を主張していた。そしてその上には可愛さの中にも気品のある、白く美しい顔が付いていた。まつ毛は長く、ふっくらした唇はまるで血のように赤い。薄く紅をかけた頬もまったく化粧の必要さえなかった。

 シンデレラはドレスを手に取ると、その軽さに驚いた。ガラスのビーズを刺繍した継姉たちのドレスの重さと比べると雲泥の差だった。それなのにその美しさは一歩もひけを取らないどころかそれ以上に美しかった。
 シンデレラはその腰の部分の細さを見て心配になった。あの継姉たちの悪戦苦闘ぶりを見た後では無理もない。そっとドレスに足をとおし背中の留め金を留めていった。それは難無く留めることが出来た。シンデレラの腰は奴隷のコルセットをされていた為に10才の時のままの細さだった。

 「さあ、その履き慣れた木の靴脱いでこれを履きなさい。」
老婆が差し出したのは透明なガラスの靴だった。それは驚くほど小さかった。
シンデレラは木の靴を脱ぎガラスの靴に足を入れた。ガラスの靴はまるでシンデレラの足に吸付くようにピタリと密着した。これなら過って脱げてしまうこともないだろう。シンデレラが履くとその靴は光を発し黄金色に輝いた。
「まあ!なんて素敵な靴かしら!」
シンデレラは思わず感嘆の声をあげた。老人が言った。
「その靴で歩いてごらんよ。」
シンデレラが歩くと足が自然にステップを踏んだ。シンデレラはクルクルと踊りながらテーブルの周りを回った。シンデレラは思わず微笑んでいた。その笑顔はこの国のすべての女のなかで一番美しかった。

 「さあシンデレラ、舞踏会へ行っておいで。」
老婆は野菜箱の中からカボチャを手にとると表に出た。地面にカボチャを置いて杖を振るとカボチャは大きくなり、ニョキニョキと蔓をのばしていく。カボチャは次第に形を変え素敵な馬車に変化した。
「馬車には馬が必要だね。おまえたち馬になってくれるかい?」
「おやすいご用さ!」
シンデレラが足元からの声に驚いて見下ろすと、そこには2匹のネズミが二本足で立って言葉をしゃべっている。
「おれたちゃ、今は魔法にかけられてこんなナリをしているが、もともとはいっぱしの騎士なんだ!姫をお守りするのはナイトの仕事さ!」
「それじゃぁ、姫を城まで送っておくれ。」
杖を振ると二匹のネズミはムクムクと真っ黒な毛並みも美しい馬へと姿を変えた。
「シンデレラ、舞踏会を楽しんでおいで。だけどこれだけは良く憶えておくんだ。絶対に名乗ってはいけないよ。そして0時の鐘が鳴ったらすぐに帰ってくるんだよ。0時をすぎると徐々に魔法が解けてしまうからね。」
シンデレラが頷くと二頭の馬は走りだした。

 馬はまるで風のように速く、あっという間に城へ着いた。シンデレラが馬車を降りようとすると誰かが馬車の扉を開けた。
 シンデレラが降りるとそこには何人もの衛兵が並んで道を作っていた。きっとどこかの高貴な姫のお越しだと思ったのだ。シンデレラはその中を進んで行った。
 舞踏会が行われている城の大広間に入ると、王子はずっと遠くで貴婦人たちに囲まれていた。あたり一面人だらけで、とてもあんな所まで行けそうにない。シンデレラが諦めかけた時、不思議なことに人垣が分かれていく。シンデレラが歩きだすと人垣は次々に分かれて王子までの道ができた。途中で継姉たちの前を通ったが、継姉たちはそれがあの灰かぶりだと気付かなかった。ただこんな美しい姫が来ては自分達が王子と仲良くなることなど無理なことだと思った。他の女たちも多かれ少なかれそう思ったに違いない。シンデレラの美しさはそれほど群を抜いていたのだ。

 近付いていくシンデレラに気付くと王子も自然に吸い寄せられるようにシンデレラの元へ歩み寄った。ふたりは黙って見つめあう。そしてどちらからともなく手をとると踊りだした。それは誰もがうっとりするほど美しい光景だった。ふたりが踊りながら移動すると人垣が分かれいく。あれほど人がいっぱいだった大広間の中央には大きなスペースが出来て、みな遠巻きにふたりの踊りをため息をつきながら眺めていた。ふたりは時間が経つのも忘れて見つめあいながら踊っていた。

 シンデレラがふと正気になるとすでに夜も更けて、もうすぐ0時になろうとしていた。シンデレラは慌てて王子に言った。
「わたしはもう帰らなければいけません。」
王子は言った。
「夜はまだまだ長いのです。ふたりで踊り明かしましょう。」
そのとき0時の鐘が鳴った。シンデレラは振り返ると、いままでしっかり握りあっていた腕をするりと抜けた。慌てて王子がシンデレラの腕をつかむと、まるで油でも塗ったようにヌルリとすべりシンデレラは人垣に消えていく。
「だれか!姫を止めてくれ!」
しかし誰ひとり動くことが出来なかった。シンデレラはその中を風のように走って馬車に乗り込んだ。姫を乗せた馬車は御者もいないまま、あっという間に走り去ってしまった。