第八話 策略

 家に帰るとシンデレラは急いでドレスを脱いでもとのボロボロの服に着替えた。ドレスは小鳥たちが何処かへ運び去っていった。黄金の靴を脱ぐとそれは輝くことを止め、透明なガラスの靴に戻った。それを二匹のネズミが何処かへ隠す。そして革のコルセットを腰に巻くと、キュッと締まってもと通りになった。シンデレラは顔や体中に灰を塗りたくり、もとの灰かぶりに戻ると灰の中に丸くなって寝たふりをした。

 しばらくして帰ってきた継姉たちは、興奮しながら突然現れた姫のことを話していた。どうもシンデレラが帰ったあと王子も部屋へ引き上げてしまい、舞踏会はあっけなくお開きになってしまったようだった。継姉たちは豪華な食事を食べ損ねたことを悔やんでいた。
「明日は行ったらすぐ御馳走を食べなくちゃ!」
どうやらもう王子に気に入られることは諦めてしまったようだ。シンデレラは寝たふりをしながら笑いをこらえるのが大変だった。ふたりがまさかあの姫がシンデレラだったと知ったらどんなに驚くことだろう!


 次の日もふたりの姉が着飾って出て行くと、シンデレラもまた姫になった。今日も小鳥たちがドレスを運んできたが、それは昨日のものよりも更に美しいドレスだった。
 シンデレラの乗った馬車が風のように城に着くと、昨日より多くの衛兵たちが出迎えた。素敵な音楽の演奏の中、シンデレラは優雅に気品高く歩いていった。
 王子はシンデレラを見ると駆け寄ってきて手を取るとそのまま踊りだした。今日はもう女たちは王子に気に入られようという気持ちさえ無くして、ごく少数の者を除いては、ふたりを見るためだけに集まっていた。ごく少数の者は御馳走を食べるのに夢中だった。継姉ふたりはそんな意地汚いグループに入ってダンスを片目に御馳走を頬張っていた。シンデレラはそんな姉たちの前を通りすぎる時、思わず笑ってしまった。
「姫、何がそんなに面白いのですか?」
王子に聞かれると、シンデレラは頬を赤らめて答えた。
「意地汚く御馳走に夢中の人がいたものだから。」
それを聞くと王子も白い歯を見せて笑った。

 今日もまた気付くともう外は真っ暗で、大広間にはろうそくが灯されていた。
「あぁ・・・もう帰らなければなりません。」
「姫、せめて名前だけでも!」
0時の鐘が鳴り、王子の手をすり抜けると姫は走っていく。その速いこと。王子に姫を止めるように命令されていた衛兵たちも、とても止めることは出来なかった。馬車に滑り込んだ姫は風のように去っていった。


 最後の舞踏会の日がやってきた。
その日はもう町中、不思議な姫の話題でもちきりだった。
「いったいどこの国の姫だろう?」
「どこかの貴族の姫ではないだろうか?」
「いや、金持ちの豪族の娘に違いない!」
町の人々は勝手に想像を膨らませて噂していた。

 シンデレラは悲しかった。今日が終ればまた奴隷のような生活が続くのだ。一度楽しい経験をしてしまうと、またあの日々に戻ると思うと恐怖さえ感じた。もうあんな生活には戻りたくない・・・しかしそれはどうしようもない事だった。

 継姉たちが着飾って出て行くと、シンデレラもまた姫になった。今日も小鳥たちがドレスを運んできてくれたが、それは昨日のものよりも更に美しい金糸や銀糸の刺繍がある立派なドレスだった。
 シンデレラが城に到着すると大勢の人々が出迎えた。昨日よりもさらに多くの衛兵たちが道を作り両側に並んでシンデレラはその真ん中を堂々と進んでいった。
 王子はシンデレラを出迎えると手を差し出した。
「姫、お待ちしていました。今日こそはあなたの心を射止めてみせます。」
王子は白い歯をみせて微笑んだ。シンデレラは今日が終れば汚い召使いに戻ることなど言えるはずもなく、悲し気にうつむいた。王子はシンデレラの手をとると滑るように踊りだした。

 もうシンデレラが王子の心を射止めたことは誰の目にもあきらかだった。今日の舞踏会はふたりのためだけにあった。大勢の人々がうっとりと見つめる中をふたりは優雅に踊った。
 時間は飛ぶように過ぎていく。しかし最後の日を楽しむシンデレラはついつい時のたつのを忘れてしまった。

 シンデレラは突然、何か違和感を感じ我にかえった。そしてすでに0時になった事を知った。王子は今日こそは姫を逃がすまいと0時の鐘を鳴らさなかったのだ。あれほど足に吸付くようにぴったりだった靴も心持ち弛んだ気がした。
「ああ、わたしはもう帰らなければなりません・・・」
「姫、今日こそは逃がしませんよ。今夜こそは一晩中踊り明かしましょう。」
しかしシンデレラは言った。
「いえ、わたしはもう貴方の前に現れることはありません。明日にはこの国を出て行かねばならないのです。」
王子が驚いた隙に、シンデレラは王子の腕をすり抜けると必死に走った。しかし昨日までのように風のように速くは走れない。魔法が解けかかっているのだ。シンデレラは人込みをかき分け荒く息をつきながらいっしょうけんめいに走った。

 ちょうど階段まで来た時、片方の靴がなにかに引っ掛かり脱げてしまった。王子は念を入れて階段にトリモチを塗っていたのだった。シンデレラが靴を取りに戻ろうとした時、階段の下から声が聞こえた。
「シンデレラ!急いで!!早くしないと魔法が解けちゃうよ!」
「ロナルド!クラウド!!」
シンデレラは靴を諦め、止めようとする衛兵をかき分けると馬車に乗り込んだ。
「ロナルド!クラウド!急いで!」
“ヒヒィ〜ン!”
王子の命令にしたがって馬車を止めようとする衛兵たちを振り切って馬は駆け出した。

 車輪は蔓になり、次第に馬車はカボチャへと形を変えていく。どうにか家の近くまで来た馬車からシンデレラが転がり出ると馬車はカボチャに戻り、馬は二匹のネズミへと変わってしまった。
「シンデレラ!早く!」
ネズミたちに急かされて家へ走り込むと、大急ぎで服を着替えて灰を塗り、もとの灰かぶりへと戻った。
「小鳥たち、急いでドレスを運んでちょうだい。」
鳥たちがドレスを隠し、ネズミが靴を隠した時、ドアをノックする者があった。

「はい、どなたですか?」
シンデレラが扉を開けると、姫を追ってきた衛兵が立っていた。
「ここに姫が入って来ませんでしたか?」
シンデレラは言った。
「いえ、ここにはわたし灰かぶりしかおりません。」
すると衛兵たちはまた姫を追って駆けていった。

 シンデレラは楽しかった時間が終ってしまったことを実感して、灰の中に丸くなり泣いた。