エピローグ


 王子とシンデレラは幸せに暮らしていた。

 しかし、結婚して1年が経とうとする頃になると、次第にシンデレラはふさぎ込むことが多くなった。心配した王子は、姫の機嫌を直そうと新しいドレスや、豪華な宝石や、異国の珍しい品を贈ったがシンデレラの気分が晴れることはなかった。

 王子は家老に相談した。
「姫はどうしてしまったのだろう。何も思い悩むことなどないはずなのに一日中ふさぎ込んでいる。」
「それは心配ですな。解りました、王子。少し内密に調べてみましょう。」

 家老は裏で人をあやつるのに長けてる人物だった。諜報の得意な家老は姫の身の回りを世話する者たちに、それとなく姫のことを報告させた。それぞれの報告は何のことはないものだったが、集まると奇妙に形をなしてきた。

 一週間後、家老は王子に報告した。
「王子、姫がふさぎ込んでいる理由が判りました。」
「おお!もう判ったのか。」
「姫には何やら不思議な能力があるようで。」
「?」
「姫はずっと城にいるのにもかかわらず城下のことを良く御存じのようで、城下の噂に気を揉んでいるのです。」
「城下の噂とは?」
王子が聞くと、家老は驚くべき話をした。

「実は、近頃城下では、姫の継母と継姉たちが、姫に対する根も葉もない噂を広げているのです。」
「なんと、それはどんな噂だ。」
「・・・それは・・・本当は自分の娘が姫だったものを、シンデレラ様が王子を騙して横取りしただの、結婚式の時に襲ってきた鳥も姫が手なずけたものだとか・・・」
「なんだと?!あの継母どもには姫の母親として禄も与えているではないか!なぜそのような噂を流すのだ。」
怒る王子に家老もあきれたように言った。
「どうもあの者たちは、それでは不十分だと思っておるようです。」
「なんと愚かな・・・しかし、そのような噂を信じる者などいないだろう。」
家老は悲し気な顔をした。
「庶民は真実などどうでも良いのでしょう。それにまだ人々にはシンデレラ様が“灰かぶり”だった頃の記憶が残っているのです。それで、どうしても継母たちの言葉を信じてしまうのではないでしょうか。」
王子が黙っているのを見て家老は言った。
「今すぐあの者たちを引き立てて罰しましょうか?」
「いや、今はまだ必要ない。」
王子には別の考えがあるようだった。



 それから一ヶ月も経たないうちに王子と姫の結婚一周年の宴が催されることになった。玉座に座る王様と王子より一段下にお妃様とシンデレラは並んで座っていた。シンデレラは、顔には教えられたロイヤルスマイルを張り付けてはいたが、心は晴れないままだった。

 シンデレラは城にいても城下で起こっていることに詳しかった。なぜならネズミのロナルドとクラウドは自由に城へ出入りできるからだった。シンデレラは彼らに継母たちのことも聞いていたのだ。シンデレラは彼女たちを許したのに、継母たちは悔い改めるどころか更に増長しているようだった。

 結婚記念の宴では異国から呼ばれた大道芸人たちが楽しい芸を披露していたが、シンデレラは笑顔の裏ではこの状況を苦痛に感じていた。

 ひとしきり吟遊詩人の歌や芸人たちの芸が終わると、ヒョコヒョコと足の短い不格好な小男が広間の中央に出てきた。それは王様が気に入っている道化だった。小男はその小さな体から不釣り合いな大きな声をはり上げた。
「さあさあ皆さん、これから本日の宴のメインイベントが始まるよ!」
小男はおどけて両手を広げた。
「スペシャルゲストのお出ましだ!」
そう言って扉の方を片手で示すと、重い扉が音もなくゆっくりと開いた。そこにはゴテゴテと着飾った継母とふたりの継姉がいた。

 「王様、本日はこのような素敵な宴にお呼び下さり有難うございます。」
継母は片手でドレスの裾をつまみ、片手は胸の前に持ってきて、うやうやしくお辞儀をした。その様はまるで自分も貴族だと思っているかのようだった。そんな非礼な態度にも王様は笑顔で頷いた。
「本日はわたくしたち三人が素晴しい踊りをご披露いたしたいと思います。」
継姉たちは継母の後ろで、これも同じように自分達がこの宴の主賓だと思っているような派手なドレスを着ていた。あのカケスにほじり出された目玉を隠すための眼帯さえ、レースを付けて飾っている。

 王様が大きく頷くと、道化が言った。
「さあ、三人のために踊りの舞台を用意しておくれ!」
それを合図に、大勢の奴隷たちがレンガを担いで現れた。奴隷たちは広間の中央にそのレンガを敷き詰めていく。その上にまたレンガで枠を作り、大広間には大きなカマドのようなものが作られていった。
 呆気にとられてその様子を見ていた継母たち三人は取り囲んだ奴隷たちに取り押さえられると、後ろ手に縛り上げられた。
継母たちは大きな声で騒いだ。
「わたくしは姫の母親ですよ!無礼ではありませんか!」

 しかし道化はその回りを嬉しそうに回りながら三人に言った。
「何をえらそうに母親風を吹かせているんだい。お前の事など姫は母親とは思ってないんだよ!」
道化にそう言われ継母は顔を真っ赤にしてシンデレラを睨みつけた。
「そうか・・・お前がこんな事を考えたんだね!これまで育ててやった恩を仇で返すとは、お前の性根はやっやっぱり“灰かぶり”だよ!」

 シンデレラはこの光景を言葉もなく見つめていた。あまりの急な出来事に何も考えることが出来なかった。
その間にもレンガを積んだ上には大きなぶ厚い鉄板が乗せられ、レンガの隙間から薪が入れられていく。そしてその両脇には木材で櫓が組まれ、鉄板の上に渡された3つの溝がある丸太が取り付けられた。

 道化ははやしたてる。
「継母様と継姉様は何か勘違いをしているようだ。今宵の踊りにはそんなドレスは必要ない。お前たちお三人のドレスを剥ぎ取ってしまいな!」
いつもは虐げられている奴隷たちも、今夜は重要な役どころだった。奴隷たちは嫌がる継母たちを物ともせずに衣服を剥ぎ取っていく。

 「灰かぶり!お前の仕業だろう!こんな事は卑しいお前の考えそうなことさ!」
継母はシンデレラを睨み付けて唾を吐きながら喚き散らしている。しかしこれはシンデレラも知らないことだった。
「継母様、これは姫の仕業ではございませんよ。」
道化はわざとらしく丁寧に言った。
「これを考えたのは王子様でございます。あなたたちは王子様から姫への結婚一周年のプレゼントなのですよ。」
そう言うと道化は嫌らしく微笑んだ。
「プレゼント・・・・」
継母は驚いたように王子とシンデレラの顔を交互に見た。

 「さあ、もう良いだろう。さっさと舞台に上げるんじゃ。楽しいショーをみんな待ちかねておるぞ。」
王様の催促に道化は卑屈にもみ手をすると、三人を舞台に上げるように命令した。

 三人は靴を脱がされ腕を後ろ手に縛られ、胴の所をぐるぐると縄で巻かれた状態で鉄板の舞台へと上げられた。そしてその縄の先を丸太の向こうへと投げると、向こうにいた三人の奴隷が縄を掴み、丸太の溝にはまった縄をギリギリと引っ張った。すると継母たち三人は上へと引っ張られて爪先立ちする恰好になった。
「奴隷たち!余計な布も取ってしまいな!」
それを聞いた奴隷たちは邪魔なペチコートを取り去り、三人が履いているタイツをパンティーごと降ろした。
「ひい〜〜!」
継母たちは情けない声を上げて両足を絡めて股間を隠そうとしたが、その茂みまでは隠す事はできなかった。

 「さあさあ、三人のショーの始まりだ!薪へと火をつけるのだ!」
道化の号令に奴隷たちは手にした松明をカマド状に積み上げたレンガの中へと投げ込んだ。どんどん投げ込まれる松明の火は瞬く間に油を塗られた薪へと燃え広がっていく。パチパチと薪が燃える音があたりに響いた。

 レンガの隙間から見える炎が眩しくなり、その隙間からも噴き出すようになると、継母たち三人は縄にぶら下がるように足を上げだした。とうとう鉄板の熱さに堪えられなくなってきたのだ。
 次第に鉄板の表面から湯気のような煙りが出てきて、その部分の色が白くなっていく。三人は縄に身を預け色が変わっていく鉄板を、目を皿のようにして凝視した。

 そして鉄板は徐々に赤みを帯びてきた。赤黒い色は見る間に明るさを増しオレンジ色に輝き出す。
縄にぶら下がるような恰好で必死に足を持ち上げている継母たちの身体には、縄が食い込み三人は苦痛に顔を歪めた。曲げて鉄板につかないようにしている足にも力がなくなりだんだん下へ降りてきた。
「あぁ・・・もうだめ・・・」
とうとう下の継姉の足が力を無くし鉄板についた瞬間白い煙りが上がった。
「うあっ!」
あまりの熱さにすぐには足がついたことに気付かなかった下の姉も、熱さが伝わった瞬間足を跳ね上げた。どこにそんな力が残っているのか、まるで蓑虫のように胸まで膝を上げてぶら下がった。

 まわりではその様子を見て家来たちは大いに盛り上がり酒を酌み交わしている。戦をやっている者や人々を虐げている貴族にとっては、これはつかの間の楽しい余興でしかない。そして奴隷たちもまた密かに楽しんでいた。彼等にとってもこのような成り上が者の命などどうでも良いことだった。
 道化は縄持つ奴隷たちに少しづつ縄を緩めるようにけしかけた。徐々に降りていく身体が鉄板につかないように三人は更に身体を丸めた。

 しかし縄を身体に食い込ませた状態では、そう長くは堪える事はできなかった。上の姉の足が下がっていき鉄板に足の裏がべたりとついた瞬間、姉は苦悶の表情で身体を硬直させた。もう足を上げる力も残っていなかった。
 鉄板についた足から煙りが上がり、足の肉が焼けて白くなっていく。
「うぎゃああああ・・・・・!!!」
姉は獣のような声を上げた。あたりには肉が焼けた匂いが漂ってきた。

 道化が合図を送ると奴隷が縄を引き上の姉の身体を持ち上げ、姉の足が鉄板から離れていく。足の裏の皮が鉄板にこびり付いたまま姉の身体は持ち上げられた。鉄板から外された上の姉はダラリと縄からぶら下がりハアハア荒い息をしていた。

 継母はそれでもまだ、執念で足を持ち上げている。しかしそれは無駄な努力だった。道化が合図を送れば奴隷は縄を緩める。いくら努力してもいずれは足は鉄板に付いてしまうのだった。
「灰かぶり!お前を育ててやった恩を忘れたのか!」
その間も継母はシンデレラを罵り続けている。

 シンデレラはその凄惨な光景を直視できず両手で顔を覆っていた。すると耳もとで声が聞こえた。
「姫、目を背けてはいけません。」
それは家老の声だった。
「あの者たちが姫に与えた陵辱の数々を思い出すのです。私は姫がどれほど本来必要のない苦労をしてきたか知っています。あの者たちにとっては当然の報いなのですよ。」
シンデレラはそっと目を開けて指の間から覗いた。それはちょうど継母の足が鉄板について悲鳴を上げたところだった。
 その苦悶の表情を見たシンデレラはそっと手を降ろし三人を見つめた。継母は苦痛に顔を歪め必死に足を上げている。上の姉は力なく縄からぶら下がったまま。そして下の姉は足が鉄板については上げを繰り返していた。

 シンデレラは子供のころからの酷い仕打ちを思い出していた。それはまだシンデレラが小さく物事の意味も解らないころこら与えられ、当然の事のように受け入れるしかなかったが、今思えばとんでもない仕打ちだったのに。継母はシンデレラが受けるべき財産も奪い取り、自分達はその金で贅沢をしていたのだ。そしてシンデレラは奴隷のように働かされた。朝早くから夜遅くまで働き、カマドの灰の中で残り熱で暖を取りながら犬のように寝た日々・・・・もし王子に出会ってなければ・・・もし王子が自分を見つけてくれなかったら・・・きっと今でも、いや死ぬまであの生活が続いていたのだ。

 シンデレラの目は姉たちの足へと移った。上の姉の片足は爪先が無く、下の姉の片足は踵が削れたように無くなっていた。もう肉に覆われてはいたが、まだそれは薄い皮を被っている状態だった。
(なんて醜い足だろう・・・)
あの時の様子がシンデレラの脳裏に浮んだ。あの時、継母は言っていた。“お城に入れば歩く必要などない”と。
(なんと馬鹿げた考え・・・)
シンデレラの財産を奪っただけではあきたらず、さらに高望みをした結果があの足なのだ。そして高望みは今でも続いてシンデレラを苦しめているのだ。

 シンデレラはその足を見ているうちに冷静になっていった。この数カ月痛かった心の熱も、いつの間にか氷のように冷めていた。その途端、心の中に閉じ込めていた思いが堰切って溢れだした。

 シンデレラは急に椅子から立ち上がると大きな声で叫んでいた。
「その者たちの縄を弛めなさい!」
広間にいた全員が呆気に取られてシンデレラを見つめた。しかしシンデレラは堂々として言った。
「あの者たちの足を見なさい。なんと卑しい足でしょう。あの者たちはわたくしの代わりに姫になろうと企んでいたのです。あの者たちには足など必要ありません!」
広間の全員が喝采を上げ姫を讃えて“縄を下ろせ”と腕を突き上げて合唱した。その声に継母の罵声も継姉たちの悲鳴もかき消されたしまった。

 「姫、それでこそ王室の人間です。」
家老は逞しい姫を讃えた。王様とお妃様も王子もそんな姫を見て満足げに頷いていた。

 縄はゆっくり降ろされていきどんなに足を上げても鉄板についてしまうほどに降ろされた。これ以上足を上げては逆にお尻が鉄板についてしまうだろう。だが三人にはもうそんな力は残されていなかった。三人の足が鉄板の上に降りると丁度良い高さまで奴隷たちは縄を引き上げていった。もう三人はただ鉄板に上に立っているだけだった。足から煙りが上がり次第に足が焼けていく。白く焼けた足も鉄板についた部分は、もはや黒い炭になっていた。三人は最初の方こそ片足づつ上げながら断末魔の叫び声を上げていたが、そのうち気絶したのか力無く人形のように縄に吊られたままになった。

 がに股で鉄板の上で“踊る”三人を見て楽しく野次をとばしながら酒を酌み交わしていた家来たちも、三人が踊らなくなると興味を失いお互いの会話に夢中になっていった。メインイベントは終ったのだ。

 最後まで足を焼かれ続ける三人を見つめていたのはシンデレラだけだった。


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 あの結婚一周年の宴から数年が経っていた。すでに王様は亡くなり、お妃様は離宮で余生を送っている。今は王子は王様になりシンデレラはお妃様になっていた。

 シンデレラがお妃様になってからは、この港で栄えていた小国はさらに栄え、周りの国との戦いにも連勝していた。それは姫の不思議な力によるものだとみんなは思っていたが、実際にはネズミや鳥たちのネットワークにより収集した情報をネズミのロナルドとクラウドがシンデレラに報告しているからだった。おかげでシンデレラは城に居ながらにして近隣諸国の事情をつぶさに知ることが出来たのだった。


 日曜日、教会でのミサが終ってシンデレラは自分の部屋へと戻ってきた。そして大きな扉に鍵を掛けるとほっと一息ついた。日曜日、この日はシンデレラにとって週に一度の楽しみな日だった。

 シンデレラは壁を埋め尽くす本棚に歩み寄ると一冊の本を抜いた。すると壁の本棚が扉のように開いて、そこには大きな横穴が現れた。その横穴は延々続いている。それは一見抜け穴のように見えた。しかしシンデレラはその穴には目もくれず手にした本を別の本棚の開いている部分に差し込んだ。“ガチャリ”と本が嵌り込むと本棚はさっきの横穴を隠すように横に滑っていき、そこには立派な扉が現れた。
 さっきの横穴は囮だった。その穴は数キロ先まで続いているが、摂行が調べて戻ってきただけでは何も起こらない。しかしその後入った部隊はその全てが入ったころに天井が崩れ生き埋めになってしまうように細工されていた。

 だがシンデレラはその立派な扉にも入ろうとはしなかった。その本棚から別の本を取り出すと、また本棚は元へ戻り横穴だけが見えるようになった。そして少し離れた本棚まで行くと、そのうちの一冊を取り出し持ってきた本をその隙間へと差し込んだ。すると下の数段がするすると上に収納されていき、そこには屈まなければ入れないような小さなみすぼらしい扉があった。扉はまるで牢獄の扉のように上部に鉄の格子が嵌っている。
 2番目の扉も囮だった。用心深い者が最初の横穴に騙されなかったとしても、この2番目の扉には騙されただろう。もしこの扉の中に入っていけば最初の横穴同様に大変な災難が降り掛かったはずだ。

 シンデレラは扉へと屈み込むと軽く“コン・コン”とノックをし、しばらくおいて“コン・ココン”とリズムをつけてノックした。すると格子の向こうにギョロリとした二つの目が現れて鍵が開く音がして扉が開いた。そこにいたのはあの道化だった。
「姫さまお待ちしておりました。今日は遅うございましたね。」
シンデレラはうんざりした顔で言った。
「ミサが終ってすぐに来るつもりだったのに、隣国からの大使との接見ですっかり遅くなってしまったわ。」
道化は気の毒そうに頷いた。
「さあ、参りましょう。」
道化に言われシンデレラは小さな扉をくぐり抜けるように中に入った。そして扉を閉めると、上に上がっていた本棚がするすると降りてきて、何事もなかったようにぴったりと納まった。こうなるともう外から開ける出来なかった。開けようとすれば一見本棚に見える壁を壊すしかないだろう。

 扉から入ったシンデレラは暗い階段を道化が持った蝋燭の明かりを頼りに降りていった。長い石の階段は城の地下へと続いている。ここは敵が攻め込んできた時に外へと逃れるための数在る抜け道だったがシンデレラはその為に来たのではなかった。その地下深くにはシンデレラの秘密の楽しみがあったのだ。

 長い階段が終わりに近付くと獣の臭いが鼻を突いた。このすえたようなくさい臭いを嗅ぐと、シンデレラの心は妙に落ち着くのだった。シンデレラはそのにおいを臭いとは思わなかった。それは昔の自分自身のにおいに似ていたからかも知れない。
 シンデレラは獣が入れられている柵へと近付いていった。すると獣たちはシンデレラの顔を上目遣いで憎らし気に睨みつけた。

 その目で見られるとシンデレラはゾクゾクするのだった。背中を走るむしずがシンデレラに堪らない快感を与えた。
“ヒィーヒィーヒィー”
獣の一頭が咽から絞り出すような声で啼いた。それは本来声を出すことができない獣が必死に考えついた声の出し方だった。しかしそれが出来るのも一頭だけだ。他の二頭は無言でシンデレラを睨む事しかできない。その光景を見ると自然にシンデレラの顔に笑みがこぼれた。その笑みはしだいに顔一面に広がっていった。
「なんて情けない生き物なのでしょう!」
シンデレラは情け深い表情で獣たちをみつめた。すると獣たちは卑屈に顔を歪め恨めしそうにシンデレラを見返すのだった。

 その生白い図体の獣は首には太い革の首輪をされ、その首輪に付けられたクサリには、ちょうど四つん這いの状態で床に着くように鉄の玉がぶら下がっている。それはその獣たちが不自由な足で立ち上がることが出来ないようにするためだった。
 その足を膝のところで切断され、腕は手首のところで切断されて棒のようになった四つん這いの獣は継母と継姉の三人だった。
 三人は服をいっさい着ることも許されず、この城の地下深くにある柵の中で裸で飼われていた。その様子はまるで豚のようにも見えた。咽は強い薬品で焼かれて、もう言葉はおろか声を出すこともできない。ただ恨めしい顔でシンデレラのことを睨むことしかできなかった。

 「姫さま、こいつらは昨日から餌を抜かれて腹ぺこなんです。早く餌を与えてやってください。」
道化はわざと獣たちに対し、さも情け深そうなことを言う。それは三人に対するいつもの酷い仕打ちと対比して、さらに三人を惨めな気持ちにさせるのだった。
「まあ、それは可哀想に。餌は用意してあるの?」
「はい、もちろんでございます。」
そう言って道化が持って来たのは、ごく普通のクッキーだった。シンデレラはそのひとつをつまみ上げ、柵の上から差し出した。
「さあおいで、美味しいわよ。」
シンデレラが微笑みかけると三人は睨みつけたまま後ずさっていく。しかしそれも時間の問題だった。まず下の姉の目から怒りの炎が消えていき、かわりに輝きを失った諦めた生き物の目になっていった。それはシンデレラにとって最高の快感だった。カケスにほじられた穴のあいた片目の下の姉はおずおずと四つ足でシンデレラの元に近付いてくる。首輪から下がった鉄球が重そうだ。

 足元に寄ってきた下の姉は、できるだけシンデレラから目を背けるようにして、シンデレラの手からクッキーを食べた。二枚三枚とクッキーを貰って食べる下の姉を見ると、さすがに我慢できず上の姉も寄ってきた。しかしシンデレラは上の姉にはすぐには与えなかった。上の姉は物欲しそうにシンデレラを見上げている。その片目からは妹と違って気味の悪い肉が飛び出ていた。その口元からは次第に涎が糸になって垂れて来た。シンデレラはそれを見てやっとクッキーを持つ手を上の姉へと伸ばす。上の姉は憎さも忘れ嬉しそうにヨタヨタと鉄球の重みにふらつきながらクッキーを食べにやってくる。

 もうすぐ食べられると思った瞬間シンデレラは手を少し上げた。上の姉はクッキーを見上げて悲しい顔をする。その情けない顔を見て満足したシンデレラは上の姉にもクッキーを与えた。
「ひゃひゃひゃっ!!良かったなあ、お前ら人間の食べ物を貰えて!」
道化は可笑しそうに獣たちに言った。しかしもう二頭にはその蔑みも感じることは出来なかった。今はただ、週に一回の“人間”らしい食べ物を貰うことで頭がいっぱいになっていた。

 シンデレラは二頭に餌を与えながら、ちらっと勝ち誇った目で元は継母だった獣を見た。獣は目を逸らすと諦めたように近付いてきた。しかしこの獣のような生活にもなかなか無くすことができない自尊心が邪魔をしてシンデレラにクッキーをねだることは出来なかった。シンデレラは継母を無視して姉たちに餌を与え続けた。継母は俯き身体を震わせいる。それは彼女の心の中の葛藤を表わしていた。さすがに継母は姉たちのようには簡単に手なずけることは出来なかった。しかしそれもまたシンデレラにとっては楽しみでもあった。

 三頭はいつも不味い残飯ばかりを与えられたいた。そしてシンデレラが訪れる日曜日のために前の日は餌を抜かれているのだった。だから三頭にとってこの時間は唯一人間らしい食べ物を食べることができる時間なのだった。

 継母はついに諦めたのかシンデレラのもとにやってきた。見上げたその目はもはや餌をほしがる動物それになっていた。シンデレラがクッキーを届かない高さでチラつかせると獣になった継母は舌を出してクッキーだけを目で追った。その表情を見たシンデレラは腹立たしそうにクッキーを床に投げて与えた。獣になってしまっては何も面白くない。継母は獣になってしまうことで自尊心を守っているのだ。継母は床に落ちて糞にまみれたクッキーを慌てて食べている。

 シンデレラが道化を見ると、道化は了解したとばかりに柵の中へ入り込み、継母の尻を鞭で力いっぱい叩いた。継母は声にならない叫びを上げて我に返った。
「さあ、お母様。餌が欲しいのでしょう?」
正気に戻った獣にシンデレラは意地悪に言った。継母は屈辱に顔を歪めながらも、しかたなくシンデレラに近付いてきた。シンデレラは言った。
「さあ、餌が欲しいのならこの手を舐めなさい!」
獣はシンデレラの手を舌で舐め、歯の無い口でしゃぶってシンデレラの機嫌をとった。獣たちは噛みつかないように全ての歯を抜かれていた。継母はさもシンデレラに服従したようにシンデレラの手を舐めているが、それがただのポーズだということをシンデレラは知っていた。だが今日のところは良いだろう。まだまだ時間はたっぷりある。
 そして元は継母だった獣はシンデレラの手からクッキーを貰って食べた。


 「道化、この間のショーは楽しかったわ。また見せてくれないかしら?」
シンデレラがそう言うと、事態を察した獣たちは恐怖に震え目をせわしなく動かした。
「はい、判りました姫さま。」
道化は柵の壁に穿たれた穴を塞いだ木で作られた格子の扉を開けて中に入っていく、すると中から動物の啼く悲鳴のような声が聞こえてきた。

 穴ぐらから現れたのは若い盛りのついた牡豚だった。出て来た牡豚は、すぐさま三頭の獣を見つけると駆け寄っていった。その股間のモノを見た三頭は散り散りに逃げまどう。勢いづいた牡豚は逃げ回る獣たちを追いかけ回した。しかし鉄球の重りを付けられた獣たちはいつまでも逃げ回ることはできなかった。牡豚は“ハア、ハア”と息を切らして立ち止まった下の姉めがけて躍り上がると蹄のついた前足で器用に獣の腰を抱きしめて鋭く突き上げた。獣は“ヒーヒー”悲鳴を上げたが誰も助けるものはなかった。隅で固まっている他の二頭は、つかの間自分達が選ばれなかったことをただ感謝するだけだった。いずれ自分達も同じ目に遇うとしても・・・・

 シンデレラはその様子を楽しんでいた。それはシンデレラにとって何よりの楽しみだったのだ。
「道化、もっともっとこの獣たちを苦しめる方法を考えてくださいね。」
「はい、心得ております。」
道化は楽しそうに醜く嫌らしい笑顔をシンデレラに向けた。
「でも殺してしまっては駄目よ。この獣たちはわたくしの大切な玩具なのだから。」
「はい、もちろんです。この者たちは永遠にここで苦しみ続けることでしょう。そして一生自分達のやったことを悔やみ続けることでございましょう。」
シンデレラはそれを聞いて安心したように頷いた。

 道化はその笑顔をこの世で一番美いと思った。




おわり