森の熊
「おかあさん。このクッキーを森の向こうのおばあさんに持って行ってもいいかしら。」 女の子は焼きたてのクッキーを見て母親に言った。 「それは良い考えだね。でも気を付けるんだよ、もう熊が冬眠から目を覚ましているかもしれないからね。」 「わかったわ、おかあさん。」 そう言うと女の子は小さなバスケットにクッキーをつめ、森の向こうのおばあさんの家へと向かった。 熊は腹が減っていた。 冬眠から目覚めたものの、森には食べ物が何もなかった。 熊は仕方なく人里近くまで降りてきた。 人が作った道へ降りて来た熊は考えた。 この先は両側が崖になった一本道。 もし人間と鉢合わせになったら大変だ。 人間が銃を持っていれば撃ち殺されるかもしれない。 もし銃を持たなければ人間を襲って食べてしまうかもしれない。 彼は決して人間を食べようとは思わなかったが、 これほど腹が減っては自信がなかった。 何しろ彼は野獣だ。 いざとなったら何をするのか自分でも解らなかった。 しかし熊は空腹には勝てなかった。 熊は人里へと向かう道を歩き出した。 道はしだいに細くなり、両側には崖がそそり立つ。 いくら熊のするどい爪を使っても、この崖を登るのは不可能に思えた。 もしここで人間と鉢合わせしても脇へ逃げることは出来そうにない。 女の子が森の道を歩いていると、 両側にそびえる崖にはたくさんのサクラソウが 春をつげるように咲き誇っていた。 「まあ!きれいなサクラソウ。おばあさんに摘んでいってあげましょう。」 女の子はサクラソウを摘みはじめた。 熊が道を歩いていると、前方に何かがいた。 熊は立ち止まり身を固くした。あれは人間の子供だ! すると女の子も熊の存在に気付いた。 女の子も驚いて身動きとれないようだった。 女の子は熊を見て思った。決して悪い熊のようには見えなかった。 しかし熊は熊だ。何をするか判らない。 女の子と熊は長い間みつめ合っていたが、 ついに熊は後足で立ち上がり、両手を高く上げて威嚇しながら言った。 「お嬢さん、お逃げなさい!」 女の子は振り返ると一目散に来た道を走り出した。 熊が女の子がいたあたりに行くと、サクラソウがたくさん落ちていた。 女の子はこのサクラソウを摘んでいたに違いない。 ふと見ると、落ちたサクラソウの中に何か小さな物が落ちていた。 それは白い貝殻で出来たイヤリングだった。 熊は急いでイヤリングをくわえると女の子を追って走り出した。 熊の足で追いかけられたら女の子に勝ち目はない。 あっという間に熊は女の子に追いついた。 女の子は熊が追いかけて来たのだからたまらない。 必死に走ったが追いつかれてしまった。 すると後ろから声が聞こえた。 「お嬢さん、お待ちなさい。落とし物だよ!」 女の子は立ち止まった。 見ると熊は口に女の子のイヤリングをくわえている。 「あら、熊さんありがとう。」 女の子は熊の口からイヤリングを受け取った。 女の子はにっこり微笑んで言った。 「やっぱりあなたは優しい熊さんだったのね。イヤリングを持って来てくれてありがとう。」 女の子は恐れもせず熊の前足を小さな手にとった。 「お礼に踊りましょう。」 女の子と熊は一緒に楽しく踊りだした。 その時ぐうぜん通りかかった狩人がいた。 狩人の目には今まさに女の子が熊に襲われているように見えた。 狩人は銃で熊の頭に狙いを定めると引き金をひいた。 “ズドン!” 大きな銃声と共に熊は頭を撃ち抜かれ、大量の血を飛び散らせながら音をたてて倒れた。 狩人は駆け寄ると、血にまみて呆然と佇む女の子に言った。 「大丈夫かい、お嬢さん!」 女の子は倒れて動かない熊へとすがりつき泣き崩れた。 |
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解説 これは童謡『森の熊さん』を元にした話です。 どうも多くの人がこの童謡を理解していないようなので書いてみました。 最後だけは私の好みに変えています。(笑) |