第一話

 むかしあるところに化け物が出ると噂の山がありました。村びとは誰も近づきませんでしたが、怠け者の木こりの与平だけは山に入って木を切っていました。与平は化け物など見たこともなかったし怖くもありませんでした。今日も木こりの与平は山へ分け入り木を切っていました。

 「そろそろ朝飯の用意でもするか。」
朝早くから木を切っていた与平は遅い朝飯を作るため、地面の落ち葉を除けて木の枝を集めて組み上げると、拳ほどの乾いた枯れ草に石を打って火をつけた。手の中の枯れ草に息を吹きかけると、火は枯れ草にメラメラと燃え広がった。
 与平がその火種を組み上げた木の枝の下にそっと入れると、火は枯れた木の枝に燃え移った。
 与平は竹筒に麦飯と腰につけたひょうたんから水を入れてふきの葉を丸めて栓にすると、たき火のそばの地面に突きさした。
「さてもう一仕事するか。」
与平が斧を持って木の方に向かおうとすると、急に後ろから声をかけるものがいた。
「これはなんだ?いいにおいがするぞ。」
与平が振り向くと、そこには猿のような人間のような奇妙な生き物がいた。
“なんだ?こいつは”与平がそう思ったとたん
「おまえいま“なんだ?こいつは”って思っただろう。」
と、その生き物はしたり顔で言った。
“こいつ俺が思った事が解るのか?”与平がそう思ったとたん、その生き物が言った。
「おまえいま“こいつ俺が思った事が解るのか?”って思っただろう。」
 与平は昔聞いた話を思い出した。
“そうかこいつがサトリという妖怪か。”与平がそう思ったとたん、その生き物が言った。
「おまえいま“そうかこいつがサトリという妖怪か。”と思っただろう。」

 「お前はサトリと言うやつか?」
与平は聞いたが、その生き物は何も答えなかった。
“なんだこいつ、俺を馬鹿にしてるのか?”与平がそう思ったとたん、その生き物が言った。
「おまえいま“なんだこいつ、俺を馬鹿にしてるのか?”と思っただろう。」

 与平は腹が立ってきて、知らぬ顔で石を拾うと振り向きざま、その生き物に石を投げつけた。
しかし石はその生き物には当たらなかった。与平が石を投げた時には、もうその生き物は遥か遠くに逃げていた。
与平が気を逸らすと、またその生き物はやってきて飯を欲しそうに見ている。何回も繰り返すうちに与平も諦めて仕事に戻った。
“ふん、そんなに食いたいなら飯くらいくれてやる。”そう思ったとたんその生き物は言った。
「おまえいま“そんなに食いたいなら飯くらいくれてやる。”と思っただろう。」


 炊けてきた飯を物欲しげ観察しているサトリを気にしながらも、与平はサトリに背を向けて木を切っていた。日が昇り暑くなってきた。与平は額の汗をぬぐいながら木を切っていると、振り上げた瞬間、斧の柄が汗ですべり手を離れて飛んでいった。
「しまった!」
その時、後ろで大きな声がした。
「ギャァ!」
与平が振り向くと、斧はサトリの頭を割っていた。サトリはたき火の中に頭から突っ伏していた。
「そうか!俺が考えて投げた訳じゃないから解らなかったんだな。馬鹿なやつだ。」
 与平はサトリの頭から斧を引き抜くと気分よく作業に戻った。


 怠け者の与平はまだ昼前だというのに、もう仕事に疲れてしまった
「ああ、疲れた。そろそろ仕事は終わりにするか。」
そう思った時、なにやら良い匂いがしてきました。
「なんだろう、この匂いは。なんとも美味しそうな匂いだ。」
 与平が匂いの元を探すと、それはたき火で焼けたサトリから漂ってきたものだった。
「ほう、旨そうだ。食えるのだろうか?」
与平は毛が焼けつくし、プスプスと煙りを出すサトリの丸焼けを見つめた。
「どうせ猿のようなものだろう。食えないこともあるまい。」
与平はサトリの腕をもぎ取るとかぶりついた。
「おお!これは旨い!こんな旨い肉は食べたことがないぞ!ウサギもキジも比べ物にならん!」
与平は竹筒の中の麦飯の事も忘れてサトリの肉を貪った。その肉の旨いこと旨いこと、柔らかく香ばしく、脂ものっていて、まるで舌がとろけそうな旨さだった。

 「ああ旨かった!こんなに旨いやつならまた来ないかなあ。」
満腹になった与平は食べなかった麦飯を腰に差すと、たき火の始末をして山を降りた。

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 山を降りて村へ帰る途中、畑仕事をしていた村人がいた。村人は与平から目をそらすと言った。
「怠け者めが、日も高いのにもう山を降りて来おった。」
与平は大きな声で言い返した。
「うるせえ!俺がいつまで仕事をやろうがお前にゃ関係ないだろうが!」
すると村人は不思議な顔をして与平を見た。与平は村人を睨みつけた。

 しばらく歩くと女がふたり立ち話をしている。与平が近づくと女たちは与平から目をそらした。
「与平を見ちゃいけないよ。なにかと言っちゃつっかかってくるんだから。」
「ほんとかどうか知らないけど、昔は武家の出だって噂だよ。」
「あいつがかい?そんな話があるもんかね。」
女たちは与平の悪口を平気で聞こえるようにしゃべっている。
「なんだおめえたち!文句があるなら先祖に言え!おれの知ったこっちゃねえ。」
与平は女たちに悪態をつくと、怒って足音も荒く歩いていった。

 その日は与平が村に着くまでに何度かそんなことがあった。与平は不思議に思えてきた。今までも村びとが与平のことを良く思っていない事はうすうす知ってはいたが、面と向かって言われたことは一度もなかった。それなのに今日にかぎって何度も言われるとは。村びとたちが与平に悪口を言おうと話し合ったとしか思えなかった。
「ふん!あいつらめ。ついに本性をあらわしたか!」
与平がプンプン怒って歩いていると村への分かれ道に旅人が座り込んでいた。

 「どうしたんだ?」
与平が聞くとその男が言った。
「腹がへって動けませぬ・・・なにか食べるものをお持ちでないか・・・」
「食べる物と言ってもなあ・・・おおそうだ!」
与平は腰に差していた竹筒を思い出した。
「山で炊いたが食べなかった麦飯だ。これで良かったら食べんかね。」
「おお・・・これは有難い!」
与平が竹筒をナタで割って男に渡すと、男は貪るように麦飯を喉に詰め込んだ。
「おいおい、そんなに慌てて食べると喉に詰まるぞ。」
案の定、男は飯を喉に詰まらせて咽せた。与平が水の入ったひょうたんを男に渡すと、男はがぶがぶ水を飲んだ。

 男は一息つくと与平に言った。
「ほんとうに助かりました。なんと礼をすれば良いのやら・・・」
「気にすることはない。どうせ残っていた物だ。」
「しかしそれでは私の気がすみません。そうだ・・・」
男は巾着袋から茶碗を取り出し与平に差し出した。
「どうかこれをもらって下さい。」
男がそう言ったと同時に声が聞こえた。
(この男には勿体ない品だが他に手持ちがなにもないし仕方がないか・・・)
しかし男は口を動かしてはいなかった。

 与平はやっと事態が飲み込めてきた。与平はサトリを食べたことで他人の心が読めるようになっていたのだ。