第二話
与平は男にもらった茶碗を持って街に出た。木こりの与平が街に出る事など滅多にない。 与平はあちこち歩き回り大きな骨董屋に入った。 「おやおや、これは珍しいお客さんだ。何か探し物でも?」 (こんな田舎者がうちの店に何の用だ?) 「いや、こんな茶碗を手に入れたものでね。いくらで買ってもらえるかな?」 与平は懐から茶碗を出した。店主は茶碗を受け取って眺めた。 (ほう!これは良い品だ。この男どこかから盗んできたのか・・・まあ安く買い叩くとするか) 「だんな。これは安物でございますよ。せいぜい五十文というところでしょうな。」 「なるほど、この店は物の価値が判らないと見える。この茶碗が五十文とは!」 与平は店主を挑発してみた。 (はったりか?それともこの男、本当に物の価値が判るのか?) 「それではだんな、この茶碗にはいくらの値が適当とお思いで?」 (まさかこの茶碗が一分金の価値があるとは判るまい。) 与平は勿体ぶって考えるふりをした。 「そうだなあ。まあ金で一分というところか。しかしそれではそちらの儲けがない。金三朱ではどうかな?」 店主は平静を装っていたが、驚いていることは与平には筒抜けだった。 (なんと!この男ただものではない!) 与平は内心おかしくて仕方がなかった。他人の心が読めるというのはなんと便利なことだろう。これを使って儲けない手はない。 数年後、与平は町でも一、二を争うほどの大きな骨董屋を営むまでになっていた。何しろ他人が思っていることが判るのだ。相手の腹を読めば騙される事はないし、いくらで売り買いすれば良いかも難無く判るのだった。これで儲からないはずがない。与平はあっという間に財を築いていった。 ------------------------------------------------- 「くそ!せっかく探していたナツメを手に入れて持って行ったというのに、伊勢屋のだんなはなんてケチで腹黒いんだ!」 甚六は伊勢屋と値段の折り合いが合わず、怒って伊勢屋に頼まれていたナツメを渡さずに店を出てきた。とはいえ伊勢屋に売る事になるのは判っていた。こんな値の張る品を買ってくれる所など伊勢屋をおいて他には無い。それを判って伊勢屋は値段をぎりぎりまで値切る算段なのだ。 しかし、このままでは腹の虫が納まらない。 「そうだ!近頃急に台頭してきた与平とかいうのがいたなあ。ものは試し、与平の店に行ってみよう。与平とやらがどの程度の男か見ておくのも悪くはなかろう。」 甚六は与平にナツメを見せてみることにした。 「これはこれは良くいらっしゃいました。甚六様とお見受けしますが、掘り出しものでもありましたか?甚六様がたいそうな目利きだというお噂はかねがね耳にしておりました。」 「ほう!そのような噂がたっていたとは知りませんでした。いかにもわたしは甚六と申す者。今日は実に良い品のナツメが手に入りまして、お目にかけたく持って来た次第です。」 そう言って甚六は大事そうにたすきに掛けた袋から、たいそう厳重な包みを取り出した。その包みを開くと小さな桐の箱が現れ、中に入っていた包みを開くと何とも質素なナツメが出て来た。 「これでございます。」 与平はそのナツメをもっともらしく手に取ると、鷹揚に眺めた。 (この与平という男はなんと大胆なことか・・・この利休のナツメをすぐに手に取るとは!本当にこのナツメの価値が判っているのか?) 甚六がそう思った時、黙ってナツメを眺めていた与平が口を開いた。 「これは素晴しい品だ。利休のナツメですな?」 「おお!いかにもそのナツメは利休のナツメ。」 (これは驚いた!ちゃんと判っていたのか。しかしこの300両は下らなぬ品を恐れも無く手にとるとはな何と大胆な男か!) 与平は言った。 「このナツメ、私に譲ってもらえますかな?350両・・・いや、それでは甚六様のご足労に答えることができませんな。370両でいかがか?」 「な、なんと・・・」 (370両も出すというのか?!伊勢屋でさえ320両しか出さないものを・・・しかし噂によるとこのナツメ、伊勢屋の旦那が直々に将軍様に頼まれた品だというからな・・・ここでこの男に売って伊勢屋を怒らせると今後の商売に差し支えるになぁ。) 「370というのはこちらにとっても安くはない。だが、今後も甚六様が良い品を持ってきてくれるのであれば決して高くはない。そうではないですか?」 「なるほど・・・たしかにそのとうりでございますな。これからも良い品があれば、まっ先に与平様のもとへ持ってくることにいたしましょう。」 (与平様が買ってくださるのなら、あのケチな伊勢屋と取り引きする必要もない。ナツメが手に入らず困る伊勢屋の顔が見れないのが残念だ!) ------------------------------------------------- 「伊勢屋。頼んでおったナツメはどうしたのじゃ?」 所望の品でないものばかり目の前に並べられ、将軍様は怒っていた。 「申し訳ございません・・・ナツメは手に入れることができませんでした・・・」 「なぜじゃ?この間は手に入ったと申していたではないか!」 「ははー」 伊勢屋は畳に額をこすりつけるほどに頭を下げた。 「それがでございます。面倒を見ていた中買いの者が、ちかごろ台頭してきた与平と名乗る者に売ってしまいまして・・・」 「なんと!では利休のナツメはその与平とやらの元に在るというのか?」 「はあ・・・そのようで・・・」 「お前はなんとも頼りにならん男だな。さっさとこのガラクタを仕舞って持って帰るがいい!」 「ははー、申し訳ございませんでした。」 伊勢屋が持って来た茶器をまとめて逃げるように帰っていくと、将軍様は家来に向かって言った。 「おい!与平という男を連れてまいれ!」 ------------------------------------------------- お城に呼ばれた与平が頭を下げて待っていると、将軍様が現れた。 「苦しゅうない、面を上げい。」 「ははー」 与平が顔を上げると、思っていたよりも小柄で貧相な将軍が座っていた。与平は将軍様というからには、もっと見るからに立派な人物だと思っていたのだ。 しかし与平が驚いたのはそれだけではなかった。与平には将軍様の心が読めなかったのだ。 (なるほど、さすがに将軍様ともなると心も簡単には読めないものらしい?) 「・・・与平とやら、利休のナツメは持ってきたか?」 「ははあ、ここに。」 与平がお付きの家来に差し出すと、家来はうやうやしく将軍様の前で桐の箱を開け、布の包まれたナツメを取り出し、布を開いて将軍様に差し出した。 「おお!これはまさしく利休のナツメ!よくぞ持ってきてくれた。代金は家臣に申し付けるがよい。下がってよいぞ。」 だが与平は帰らなかった。 「将軍様。そのナツメの代金は必要ありません。」 「なんと?!代金はいらぬとな?なぜじゃ?」 「そのナツメは将軍様とのお近づきの印として献上いたしたく存じます。」 「なるほど。そういうことか・・・そちはなかなか面白い男じゃな。よかろう良い品があれば持ってまいれ。」 ------------------------------------------------- その後、与平は幾度も城へ足を運び将軍様に気に入られていった。与平の話は面白く、いつも退屈していた将軍に直々に呼ばれ、話相手になることもあった。しかし、何度会っても将軍様の心を読めたことは一度もなかった。 そんなある日、お城に参上した与平はおかしな雰囲気に気が付いた。与平が控えの間で待っていると家老が現れた。 「与平殿。将軍様がお待ちじゃ、今日も下々の面白い話でもお願いしますぞ。」 その時、家老の心が読めた。 (この男の与太話を楽しむのもおそらく今日が最後。後はちゃんと立派な弟君が継いで下さる。) (なんと!この家老は謀反を企んでいるのか?!) たしかに茶の湯にうつつをぬかす将軍様とは違い、将軍様の弟君は立派な方だと聞く。しかし、今謀反おこされては、せっかく将軍様に取り入ったのが水の泡になってしまう。 「将軍様、実はここへあがる途中でとんでもない噂を耳にしてしまいました。」 「ほう?どのような噂じゃ?申してみよ。」 「はあ・・・しかし・・・たんなる噂かも知れません。」 「なんじゃ?そちと儂の仲ではないか。遠慮なく申してみよ。」 「ははあ、勿体ないお言葉恐れ入ります・・・実は・・・将軍様を殺る企てをしている者がいるようです。」 「ほう・・・物騒な話じゃな・・・」 だが将軍様は特に驚いたようには見えなかった。 「それで謀反を企てているのが誰かは判っておるのか?」 「それが・・・ご家老様のようで。」 「なるほど、弟を将軍に祭り上げるつもりじゃな。判った内密に調べさせてみよう。与平よ、大儀じゃったな。」 ------------------------------------------------- それからしばらくして、江戸の町に将軍様の弟君が亡くなったことが伝えられた。病死だと伝えられたが、毒を盛られたというのがもっぱらの噂だった。 与平はまた城に呼ばれた。与平はきっと褒美の言葉を下さるに違い無いと思った。 与平を前にして将軍様は言った。 「与平よ、そちも弟の事は聞いておろう?」 「ははあ・・・」 「儂が弟を殺したと思うか?」 「滅相もございません。弟君はご病気で亡くなったと聞いております。」 「そうか、たしかにその通りじゃ。弟は都合良く病気で死んだ。これでは謀反も意味が無かろう。」 「ははあ・・・」 「じゃが、不思議じゃのう?なぜそちは謀反の企みが判ったのじゃろうか?」 「それは・・・ご家来の誰かがこっそり話していたのを聞いたのでございます。」 「そうか?しかし、そんな物騒な話をそちの耳に入るような所でするものかのう?」 「・・・・」 与平は考えた。ここはしらを切り通すべきだろうか?しかしそれでは将軍様の疑惑は晴れまい・・・もし他人の心が読める事を話せば、あるいは重用されるかも知れないではないか。与平も祖先は武家の出、武士に戻るのも悪くない。 「将軍様。正直に申します。実はわたくし、人の心を読むことができるのです。人の心を読むというサトリという妖怪を食べてから他人の考えていることが判るようになったのです。」 「なんと?!それでは儂の思っておる事も判るというのか?」 「いえ、それが不思議なことに将軍様の心だけは読む事ができません。これも将軍様の偉大さ故と存じます。」 「なるほど、儂の心は読めぬか・・・興味深いことよのう・・・」 将軍様はしばらく押し黙って何事か考えているようだった。 そして次の瞬間、将軍様の目がぎらりと光った。その途端与平の頭の中に声が聞こえた。 (こやつを喰えば儂にも心を読む力がつくかもしれんのう・・・) 将軍は刀の柄に手をかけると与平の目の前で引き抜いた。 |
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