解説

 童話や民話には理不尽な話が少なくないですが、この「浦島太郎」ほど有名で理不尽な話も無いのではないでしょうか。カメを助けるという良い事をして竜宮城に招かれたのに、なぜひどいめに遭わなければならないのか、不思議に感じた事がある人も多いのではないでしょうか。しかし永い年月語り継がれるだけの魅力があったのは、その理不尽さによるところも多いように思います。ハッピーエンドの話も良いですが、実際には善人がひどい目に遭い、悪人が良い目を見ることも多いもので、それで人々は理不尽な話に引かれるのかもしれません。

 「浦島太郎」には数々のバリエーションがあり(主人公が浦島太郎でない良く似た話も多い)ルーツと言われている話や、その後の話や、幸せになる話もあります。意味合いとしても、外国人との結婚の話を表しているとか、遭難していた人間が何年もたって戻って来た話であるとか色々言われていますが、そういう事が知りたい方は「浦島太郎」で検索していただければ良いかと思います。私はあくまで、その話を聞いた時に感じた事が重要だと思うので、そういうことはここでは問題にしません。
 
「浦島太郎」は“隠れ里”や“桃源郷”の話の一種と考えられます。
“隠れ里”の話には、昔行方不明になった姉や知人が昔のままの姿だったり、子供のままだったりして、つれて帰ろうとすると、里を出たとたん急に老人になったりするものです。
“桃源郷”は、常に桃の花が咲いている年中気候の良い村で、村びとはみな長生きで、その村に迷い込んだ人がもてなしを受け、ついつい長居してしまい、いざ帰ってみると何年もたっているというものです。帰った人は今まで何処にいたのかと聞かれ“桃源郷”の話をするのですが信じてもらえず、さびしくなってもう一度“桃源郷”に行こうとするがニ度と行く事はできない、というものです。
「浦島太郎」もそのようなバリエーションのひとつですが、その中でも抜きん出たのは、その舞台や役者や小道具が魅力的だったからに他なりません。
○やさしく正直者の主人公の魅力
○カメを助けて招待されるというシチュエーションの魅力
○乙姫という女性の魅力
○正直者の主人公の変貌の魅力
○玉手箱を介して主人公自信の手によりおこる変化の魅力
など多くの人をひきつける魅力があります。

 また、神という存在の人間の考えのおよばない感じを、うまく表現したところも素晴らしいと思います。
 洋の東西を問わず、神は人間を何度も試します。一度気に入られても次で失敗すればお終いなのです(人間が勝手にお終いと思い込むのかもしれません)。たとえ成功しても、また次があります。神に好まれるには欲の無い人間でなければならず、本当に欲の無い人間なのか、それまでの生活でたまたま欲を持たなかったのかが試されているのです。そのあたりをこの「浦島太郎」は良く表現しています。

 今回、太郎という人間と、その選択をはっきり表してみたつもりです。ついつい長居してしまうというのは“桃源郷”に共通するシチュエーションですが、一度帰ったらニ度と戻れないというストーリーには、一度つかんだ幸運は手放すとニ度とつかめないという教訓も含んでいるものと思われますが、しかし太郎の場合なつかしく思ったとしても、自分が老人になってしまうことで竜宮に戻ってもしょうがないという所まで追い込まれてしまいます。
 今回「浦島太郎」を書くために数々のバリエーションからとりいれたり、創作のシーンを入れたりしましたが、全体的にはいかにも「浦島太郎」の話になるように心がけたつもりです。やはり「浦島太郎」には、すでに完成された魅力があるので、それを壊す気はありませんでした。唯一悩んだのが、最後に鶴になるというシーンを入れるかどうかですが、しっかり終らせたかったので入れることにしました。しかし本来の「飛んで行って乙姫と幸せにくらす」というストーリーにはまったく魅力を感じなかったので、鶴になるが幸せになるわけではない風にしました。また玉手箱は必ずしも太郎のそれまでの年月が入っている訳ではなく、あくまで太郎の望むものが入っているという解釈をしました。すべて太郎の選択とであると考えたかったのです。乙姫は神の使徒であり人間的にものごとを考える存在ではないと思います。乙姫は何でも望みの叶う箱を渡しただけなのです。神はすべての人間に選択の自由を与えているものなのです。



「浦島太郎」から始まった「ほんとの童話」ですが、読んでいただければ決して気をてらったものではないことが、わかって頂けるのではないかと思います。いろんな人が書いた、いろんなバリエーションの魅力や、近年子供に読ませるために省かれてしまったシーン。本来こうあるべきではないかということ。また、昔話全体に流れている世界観を私なりに統合し、より自分にとって「ほんと」と感じられるものにしようというのが、この「崎山幸のほんとの童話」なのです。次の話がいつになるかわかりませんが、「サトリ」「かちかち山」「シンデレラ(灰かぶり)」「あまんじゃく」など書きたい話は多々ありますので、今後ともよろしくお願いいたします。またオリジナルの話も書くかもしれませんので、そちらもよろしく。



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