絵でわかる免疫 All Illustrated Guide to Immunology
安保 徹 新潟大学医学部医動物学教室教授
講談社 2001年6月20日 第1刷発行 \2,000(税別)
電話 03-5395-3624
はじめに
一般の人たちも医者も、免疫の重要性を否定する人はいません。免疫不全状態では感染症にかかりやすくなるし、ときにはがんが生じてきます。このような免疫系の大切さをさらに深く理解するために、多くの人たちは免疫のしくみを知っておきたいことでしょう。そして、できれば免疫能を高めて病気にかからないようにしたいと思うでしょう。また、医療関係者であれば、病気の人に適切なアドバイスをして、病気を治してあげたいと思うものです。
今日、免疫学の進歩は著しく、これを紹介するために多くの教科書や入門書が出版されています。しかし、ほとんど例外なく、それらの本で紹介される免疫学はむずかしくて理解するのが困難です。特に、免疫学を専門としない一般の人や医療関係者にとっては、ほんの数ページも読むと投げ出してしまうのが現実です。
最近では、多くの図を使用して視覚に訴える工夫をした免疫学の教科書が出版されていて、多少は理解しやすくなっているのかもしれませんが、むずかしさは相変わらずです。そして、驚いたことに、そこで述べられる免疫学は、ほとんど臨床の場に役に立たないものが多いのです。なぜでしょうか。
私たちのまわりを見渡すと、多くの子どもたちがアトピー性皮膚炎や気管支喘息で困っていますし、かなりの大人たちが、がん、心疾患、脳血管障害に悩まされています。これらの病気に、現代免疫学はどのようにアドバイスを与えることができるのでしょうか。現実には、ほとんどできていません。
私は、免疫学の多大な進歩にもかかわらず、このような現実から逃れることができないのは、免疫学そのものに原因があると思っています。つまり、今日の免疫学は分子や遺伝子の分析が主体で、からだ全体の中で免疫のしくみを理解する面が欠けているためでしょう。
もっと具体的にいうと、生体防御にかかわる白血球はマクロファージが基本で顆粒球とリンパ球の二大細胞群からなりますが、これらがどのよう調節を受けて外界の異物や生体で生じた内部異常に立ち向かっているかの視点が欠けています。
また、リンパ球が主体とする免疫反応も、リンパ球がNK細胞、胸腺外分化T細胞、通常T細胞と進化するに従って上乗せされた役割ができてきましたが、生体がストレスなどの緊張状態になると、胸腺のような進化レベルの高い免疫系を抑制して、NK細胞や胸腺外分化T細胞などの古い免疫系に立ち返って防御体制が敷かれています。このような視点も欠けているのです。
逆に、このようなからだ全体を見渡す免疫学を導入すると、免疫学も日常的に見られる病気の謎解きに更に役立つようになります。この本では、視覚に訴える手法とともに、このような試みを行ってみました。これによって、アトピー性皮膚炎や気管支喘息のようなアレルギー疾患と自己免疫疾患や潰瘍性大腸炎のような組織破壊の疾患が対局にあること、そして、免疫病では生態系全体の調節によってこれらの病気が治癒していくことを紹介していきます。
また、がんや血管障害の発症のメカニズムを理解するのにも、このような全体をとらえる免疫学が力を発揮します。病気と白血球との深い関わりも見えてきます。そして、これらの病気への対処のしかたも見えてくるように思われます。分析に主点を置いた免疫学に加え、総合する免疫学を取り入れて、免疫のしくみを述べてみたいと思います。
この本のタイプをしてくれた、金子祐子さんに感謝いたします。
2001年5月
安保 徹
p.71〜79
2.2.1 アトピー性皮膚炎
いまの日本では、子どもたちのかかる最も多い疾患が、アトピー性皮膚炎です。実際、アトピー性皮膚炎の患者は、坂を駆け上るように増加しています。その原因は、子どもの体調が副交感神経優位に傾いてきているためです。
第二次世界大戦前後の日本は貧しく、衣食住にこと欠いていたため、こどもも大人も交感神経優位の体調に傾いていました。寒さや空腹は、生物を最も交感神経優位にします。これは、おなかがすいたときに、起こりっぽくなるのでわかります。
しかし、今日の日本では、衣食住が満ち足りているため体調はリラックスし、副交感神経優位の極限にあるといってもよいでしょう。空腹になればじ自動販売機でジュースを買えるし、パンも買えます。冷蔵庫を開けると食べ物が詰まっています。
この副交感神経体質をさらに助長するのが、大気汚染です。そもそも副交感神経は分泌現象全体を支配しているので、汚染物質を分泌、排泄しようとする反射が極めて強く怒る体調でもあるのです。
このように、リラックスと大気汚染によって、副交感神経優位の体調がつくられるのですが、リンパ球も副交感神経支配下にあるので、リンパ球増多が伴いアレルギー体質が形成されていきます。そして、今日のアレルギー疾患花盛りの時代に突入したのです。
アレルギー体質はなぜ形成されるのか
出生時の肺呼吸開始の酸素ストレスによって、新生児は激しい交感神経緊張状態になり、これによって新生児顆粒球増多が出現します。増加した顆粒球は、それまで続いてきた肝臓の胎児造血を破壊します。これが新生児黄疸をつくるのです。
このような顆粒球増多は3日間で収まり、子ども特有のリンパ球優位のパターンが15〜20歳くらいまで続きます。子ども時代は副交感神経優位のときで、成長のエネルギーやストレスを吸収できる体調といえます。つまり、リンパ球優位でもバランスがとれているのです。
しかし、あまりにも副交感神経が優位に偏ると、過剰リンパ球パターンとなり、アレルギー体質が形成されます。もっと具体的に副交感神経優位にする行為をあげると、次のようになります。1)過保護、2)甘い物の食べ過ぎ、3)運動不足、4)肥満、5)排気ガス吸入、6)新建材(接着剤)から出る有機溶剤の吸入、7)農薬などの食物汚染、などです。
さきほど述べたように、副交感神経過剰体質になるとストレスに過剰になり、ステレスから回復するときに激しいアレルギー症状を発現します。しかし、これは異物を体外に出そうとする治癒反応でもあるのです。これのみを治療対象にすると、間違った治療になってしまいます。
過剰な抗原やストレスにさらされると発症する
上記のようにして、副交感神経優位となり、リンパ球過剰のアレルギー体質となっても、すぐにアトピー性皮膚炎が発症するわけではありません。過剰な抗原やストレスにさらされ、これを逃れようとするときに発症します。発症のときには、患者は顆粒球パターンにスイッチしているのです。
抗原は体内に侵入すると抗原抗体複合体をつくります。生体はこれを希釈したり、体外に出そうとして血管を広げて血流を増加させます。また、発疹を作り、複合体を直接皮膚から体外に出そうとします。しかし、治癒のための反応とはいえ、発疹、下痢、かゆみ、発熱を伴うために、患者にはつらい反応と感じられます。
精神的ストレスや身体的ストレスもアレルギー発症の直接の誘因となりますが、次のような考えが成り立ちます。私たちは精神的にいやなものを見たり聞いたりしたとき、むかついたり吐き気をもよおしたりします。疲れすぎたとき、咳や下痢が起こることがあります。これらはいずれも分泌、排泄反応です。
このように、物質的な異物もストレスも同じように、生体にとっては異物を排除しようとする副交感神経反射を誘発します。これが、抗原侵入でないにもかかわらず、ストレスがアレルギーの発症原因となる理由です。
ステロイド外用剤の作用を検証する
アトピー性皮膚炎発症のメカニズムを知れば、おのずと正しい治療法が見えてきます。では、はじめにステロイド外用剤について考えてみましょう。ステロイドホルモンは、1950年代に入ってから臨床的に使用されるようになりました。
最初に使われたのは、慢性関節リウマチに対してでした。その強力な抗炎症作用によって、劇的に患者の関節炎が抑制されました。しかし、数年を経てこの抗炎症作用が見直されるようになりました。薬を長期間使用すると激しい関節破壊が起こり、急速に病気が悪化しはじめたからです。
その後、長期の疾患(膠原病など)で、このようなステロイドホルモンによる組織障害の副作用が明らかになり、反省期には入りました。これはアトピー性皮膚炎に対する外用剤でも同様でした。酒さ様皮膚炎といって、皮膚のぜい弱化や毛細血管拡張が起こるし、また、ステロイド精神症(交感神経持続による不安感、絶望感)が引き起こされます。ステロイド外用剤も反省期に入りました。
しかし、年余を経てこのような経験をもった現役の医師が少なくなり、ステロイドホルモン全般の怖さが薄れてきました。そして、1980〜1990年代に入って、若い医師たちによって再びステロイドホルモンの活発な使用が起こったのです。
特に、ステロイドホルモンの外用剤による副作用は、内服と違い発現してくるまでに2年〜数年と長いので、油断が生まれたのです。そして、今日のステロイド薬外に苦しむ多くのアトピー性皮膚炎の子どもたちが出現しました
そもそも、アトピー性皮膚炎や気管支喘息などの子どもに多いアレルギー疾患は、高学年になると自然治癒します。それは、子ども時代のリンパ球体質が15〜20歳で終わるからです。しかし、ステロイド外用剤を熱心に塗った子どもは自然治癒が起こらず、難治化へと進むことになります。
この真の原因が、最近著者らによって明らかにされました。外用したステロイドホルモンは皮下組織に沈着し、自然酸化を受けて変性コレステロールとなります。ステロイドホルモンはコレステロールから生合成されますが、体内での停滞によって元に戻るのです。 そして、この酸化コレステロールが激しい血流障害と顆粒球増多を招き、新しい病態を形成していたのです。患者は酸化コレステロールの刺激で局所炎症が引き起こされるほか、全身症状をも表します。交感神経過緊張によって、全身性の血流障害と顆粒球増多も同時に起こるからです。
そして、先に述べた精神症状のほか、ステロイド潰瘍、大腿骨骨頭壊死、高血圧、白内障、網膜剥離などが引き起こされます。このレベルになると、ステロイドの外用剤では、炎症はコントロール不能になるので内部へと移行し、ついには多臓器不全などを引き起こすことになるのです。
多くのアトピー性皮膚炎の子どもたちは、ステロイド外用剤が真の治癒をもたらす薬でないことに気づき、独力でステロイド離脱を行うことが多いようです。しかし、中和するためのステロイドが途絶えると酸化コレステロール沈着のためさらに激しい交感神経刺激症状が現れます。リバウンド現象とか禁断症状ともいわれるものです。このため、確実に破綻をきたす子どもたちが出てしまいます。
このように、ステロイドホルモンによる抗炎症作用はアトピー性皮膚炎の真の治癒とは関係のないところで繰り返される現象です。いわば、その場しのぎの治療法といってよいでしょう。そして、いずれは破綻をきたすものなのです。
抗原を避けてアレルギー体質を変えれば治る
抗原として、家ゴミ(ハウスダスト)、動物の毛、食品などがあげられます。多量の抗原にさらされない工夫が必要です。家の掃除、動物を家の中で飼うのをやめる。抗原性の高い食べ物を避けるなどです。
しかし、このような抗原と同じレベルで、あるいはそれ以上に、精神的ストレスや身体的ストレスがアトピー性皮膚炎の誘発に関係しています。これらのストレスは異物と同じように交感神経緊張を招き、このストレスから回復しようとする副交感神経反射が起こるのです。そして、この反射がアレルギー症状そのものなのです。
そもそもアレルギー反応は、生体が抗原や精神的異物を外に排除しようとする反応ですから、抗ヒスタミン剤やステロイド外用剤などは根本的治療にはなりません。アレルギー体質では、ストレスから回復するまでの振幅が大きすぎるため、治癒反応なのに症状が不快になってしまうのです。
振幅を小さくするためには、アレルギー体質を改善する必要があります。リンパ球体質を、交感神経刺激(急激でない刺激)によって徐々に正常体質に変えていくのです。1)排気ガスの吸入を避ける(転地療法)、2)有機溶剤の吸入を避ける(換気、家の引越)、3)きびきびした生活をする(過保護からの脱却)、4)甘い物や炭酸飲料をとらない、5)肥満を改善する、などです。
特に、都会の子どもたちの場合、運動不足や排気ガスの吸入が避けがたいので、たとえば保育園ぐるみでの乾布摩擦、屋外での運動、日光浴などが有効となります。紫外線を浴びて、元気に遊び回ることは、副交感神経過剰体質を改善するもっともよい方法です。国内の農村や山村への留学で、排気ガスから逃れ、また子どもたちが集団生活を経験する(過保護の副交感神経体質を改善)ことで、アトピー性皮膚炎は完治していきます。
アレルギー症状は治癒のための反応なので、これを直接止めようとする反応は無意味で、むしろシーソーゲームになります。ステロイド外用剤でステロイド依存症になっている場合は、ステロイド離脱を行う必要があります。今日、次第にアトピー性皮膚炎の病態を正しく把握できる医師が増えてきています。これらの医師は離脱を行います。
皮膚も一つの排泄臓器であり、環境汚染物質を排泄しようとして起こる生体反応がアトピー性皮膚炎の大きな原因の一つであることを知らなければなりません。このような考えがない医者は、単に対症療法を繰り返し、患者を苦しめることになります。また、そのような医師には環境汚染を阻止しようという高い志や深い情熱が生まれることもないでしょう。