アレルギー疾患対策ハンドブック
第3章 アトピー性皮膚炎、池澤善郎、横浜市大医学部皮膚科教授
東京都衛生局生活環境部環境保健課、平成11年11月発行、\1340
第7 治療 ステロイド軟膏の使い方、p. 55-59
(1)ステロイド軟膏の副作用
使用上問題となるステロイド軟膏の副作用は、皮膚科領域において早くから次の第1〜第3のことが指摘されている。
第1に、皮膚に対する直接作用に起因して生じる通常の中長期的な非アレルギー性の副作用には以下のものがある。
・ステロイド潮紅
・毛細血管拡張(酒さ)
・ステロイド酒さ(酒さ様皮膚炎=口囲皮膚炎)
・ステロイド座瘡
・皮膚萎縮
・線状皮膚萎縮
・ステロイド紫斑
・ステロイド緑内障
・多毛
・色素沈着
第2に、皮膚に対する間接作用に起因して生じる非アレルギー性の副作用に以下のものがある。
・非定型的な毛嚢炎
・せつ
・よう
・カンジダ
・白癬などの皮膚感染症の誘発
・減量、中止に伴う「リバウンド現象」としての顔面頚部病変の発赤腫脹浸潤化、中毒性紅斑、汎発化などの急性悪化
・特に長期大量使用による副腎皮質機能低下がある。
第3に、アレルギー性の副作用として、接触アレルギー性のステロイド皮膚炎などがある。そのため、先に述べたステロイド潮紅・毛細血管拡張・ステロイド酒さ・ステロイド座瘡などが生じやすい顔面ではステロイド軟膏の使用は原則禁忌とすること、直接作用による副作用の比較的少ないステロイド軟膏の開発、また、症状に合わせてできるだけ使用ステロイド軟膏使用量を減量するなどの対策がとられてきた。しかしながら、ADにおいてはこのような問題点とその対策が喚起されていたにもかかわらず、次のような事例が増加傾向にある。
・ステロイド軟膏の減量・中止に伴う「リバウンド現象」としての急性増悪例(ステロイド依存例)
・ステロイド軟膏が効かなくなる例(ステロイド低抗例)
・主剤のステロイドに接触アレルギーを示すステロイド皮膚炎の例(ステロイドアレルギー例)
・ステロイドアレルギーはないのに赤くなって悪化する例
・ステロイド軟膏使用との直接的関係は不明であるがその関連が疑われている難治性の顔面を含む頭頚前胸上背部の紅斑苔癖化の例などさらに、こうした症例がマスコミで大きく取り挙げられた結果、ステロイド軟膏によく反応して軽快し容易に減量中止できる例(ステロイド反応例)まで患者の不安感からその使用に対して過剰な拒否反応を起こして、いたずらに著明な悪化を来す例もまた今日の大きな問題になっている。
(2)ステロイド軟膏依存性と使用の遷延化
ステロイド軟膏使用上の問題点が出てくる背景には、主剤のステロイド剤が、もともと生理的な糖質ステロイドホルモンの誘導体であり、よく効きかつ即効性で、しかも、臓器(組織)毒性による副作用が極めて少ないため、安易にステロイド軟膏の治療だけに偏り、手間のかかる生活指導や原因・治療・対策の軽視、並びに遅効性・副作用・面倒による他の対症病態治療の軽視に陥り、その結果、ステロイド軟膏に依存性となりその使用の遷延化を来しやすいことがあげられる。
(3)ステロイド剤のlgE抗体産生や接触過敏反応に及ぼす効果
ステロイド軟膏の長期使用によりIgE抗体が上昇したり、効かなくなってむしろ皮疹 が悪化する可能性が次のような研究報告から示唆されている。
・ハイドロコーチゾンのようなステロイド剤は、IgE抗体陽性患者のB細胞による特異的IgE抗体産生に対して、単独使用では何の効果もないが、IL(インターロイキン)-4と一緒に作用すると、IL-4の単独使用に勝る促進効果を示した(Bohleら、1994)。
・小児のAD患者において、DSCG(クロモグリク酸ナトリウム)外用剤治療群とステロイド軟膏治療群のいずれも2週間後に臨床改善が見られたが、B細胞やIgE陽性B細胞による自発性の試験管内IgE抗体産生については、前者のDSCG治療群で低下したのに対して、後者のステロイド軟膏治療群で逆に上昇した(Hiratsukaら、1996)。
・ステロイド剤は、マクロファージや単球のような抗原提供細胞に働いてへルパー1型T細胞(Th1)の活性化に重要な役割を果たすサイトカインIL-12の産生を強力に抑えるため、長期使用によりこの抗原提供紬胞は休んでいるTh1を活性化できなくなり、その結果、Th1型のサイトカインであるIL-2/IFN(インターフェロン)-γの産生が低下して、Th2型のサイトカインであるIL-4/IL-5の産生増強を引き起こした。そのため、Th1に対してTh2が優位になって血清IgE値の上昇を引き起こし、長期的にはアレルギーの増強、強いてはADの難治化・遷延化につながる可能性が指摘されている。
・マウスの実験で、その機序は不明であるが、接触感作時のステロイド剤投与により、遅延型の接触過敏反応が増強した(Grabbeら、1995)。このように、ステロイド外用剤の漫然とした長期使用は、IgE抗体産性B細胞に直接働いてIgE抗体産生を高めるだけでなく、マクロファージや単球によるIL-12の産生を阻害して、Th1に対してTh2を優位にすることによりIgE値の上昇を伴うアレルギーの悪化をもたらす。また、ADの発症や悪化に重要な役割を果たしていると考えられる遅延型(接触)過敏反応の増強に作用することが考えられる。一方で、こうした考えに異論もあり、ステロイド剤はTh1とTh2に等しく影響を及ぽすという報告やむしろTh2機能を優位に抑えるという報告もあり、まだ結論が出ていない。また、ステロイド剤は、好酸球性炎症のカギを握るサイトカインIL-5の遺伝子発現を抑制するが、投与中止によりまた発現してくる。このようにステロイド剤によるIL-5遣伝子の抑制は一時的なため、ステロイド剤の中止により急性増悪という「リバウンド現象」が生じると説明できるのかもしれない。
このIL-5遺伝子の発現やその抑制に個体差があるならぱ、その解明はこの「リパウンド現象」の個体差を解くカギを与えてくれると考えられる。
(4)ステロイド剤の感受性における疾患差・効果・病態差・個体差
第1に、ステロイド剤の感受性に違いが生じる原因として疾患による違い(疾患差)はないか。例えば、ADと乾癖を比較すると、同様に、ステロイド軟膏を長期使用する乾癖患者の場合、中長期・慢性使用による皮膚萎縮・血管拡張などの皮膚直接性の副作用は多いが、難治性ADに多い顔面頚部の発赤腫脹を特徴として急性増悪(「リバウンド現象」)は少ない。これは、これらの疾患の病態に違いがあるため、皮膚病変局所において次の病態差で述べるようなサイトカインパターンの違いが起こり、疾患差が生じるのではないかと推察される。
第2に、病態による違い(病態差)はないか。最近、AD患者の多くの例で健常人と異なりステロイド剤の受容体との結合活性(受容体親和性)が低く、この受容体親和性がTh1サイトカインのIL-2とTh2サイトカインのIL-4がほぽ同じレベルで存在する場合、そうでない場合に比べて低いと報告されている。しかも、ADの慢性病変では、急性病変と異なりTh2サイトカインのIL-4だけでなくThlサイトカインのIFN(インターフェロン)-γやIL-2などもほぼ同じレベルで検出されるため、こうした皮膚病変局所において産生されるサイトカインのパターンが、次の個体差の1つである後天的に獲得されるステロイド抗体性の主な原因と考えられている。
第3に、ステロイド軟膏に対する患者個体側の感受性に関しては、臨床的観察から接触アレルギーを起こすステロイドアレルギー群、あまり効かなくなるステロイド低抗性群、効くが中止によりすぐ急性増悪を起こすステロイド依存性群、よく効いて中止による急性増悪が見られないステロイド感受性群というような個体による違い(個体差)がある。
このうち、ステロイドアレルギー群は、よく知られており、貼布試験により容易に確認できるが、ステロイド抵抗性群やステロイド依存性群は、臨床的効果から提案された概念上の分類であり、これを調べるための検査法は、まだ確立されていない。ただし、気管支喘息に対するステロイドの効果においても、ステロイド抵抗性の患者が知られている。これらの患者の大半は、「糖質ステロイドとその受容体との結合活性が後天的に悪くなる例(acquired steroid resisitent)」で、他に例数は少ないが、「受容体との結合活性が遺伝的に良くない例(genomic steroid resisitent)」があり、その主な原因として、先に述べたような皮膚病変局所で産生されるサイトカインパターンが果たす役割が注目されている。
(5)ステロイド軟膏の使用上の注意点と対策
第1に、AD患者におけるステロイド剤感受性の個体差に注意して患者別の個別指導を強める。具体的には、ステロイドアレルギー群とステロイド低抗性群では即座に中止し、ステロイド依存性群ではできるだけ減量中止にもっていくようにし、その主な治療対象をステロイド感受性群とする。このステロイド感受性の症例群については、どうすれば軽快と再燃を繰り返す慢性例でなく長期寛解例となるかは、以下の点に留意してステロイド軟膏を使用する。
第2に、ステロイド外用剤の減量や離脱を念頭に置いて使用する。
第3に、副作用の出やすい顔面は原則として避ける。
第4に、ステロイド軟背の減量と離脱を可能にするために、難治例では、ステロイド外用剤だけに頼った治療をしないで、食餌療法、環境改善、抗アレルギー薬、抗真菌剤や抗菌剤の併用、心因性反応に配慮した掻爬対策などの原因療法やステロイド外用療法以外の病態・対症療法を徹底する。
第5に、ステロイド軟膏の減量・離脱とドライスキンのスキンケアのために、非ステロイド軟膏・尿素軟膏・ヒルドイド軟膏・アズノール軟膏・自色ワセリン・その他のスキンケア軟膏を使用する。
第6に、痂皮・鱗屑病変や苔癖化病変には効果的な治療効果とステロイド外用剤の減量効果がある亜鉛華軟脅による重層法や2重塗り、また、尿素軟膏・ヒルドイド軟膏・アズノール軟膏・白色ワセリンなどの症状に合わせた各種スキンケア軟膏な による2重塗りを併用する。
第7に、中途半端なステロイド外用剤の使用は、再燃を起こしやすく効きにくい。また、効いていないステロイド外用剤でも中止すると「リバウンド現象」を起こすため、あまり効かないステロイド外用剤をダラダラと使わないように心掛けたい。その場合、強力なステロイド外用剤に変更するなど、メリハリの効いた治療を実施する。
第8に、ステロイド外用剤の長期使用により、その効果は低下する。その場合休薬することによりステロイド剤の効力が回復する。
第9に、皮疹の掻爬部における2次感染対策としてイソジン・ヒビテン・強酸性水による消毒療法を併用する。なお、ステロイド軟膏の接触皮膚炎(かぶれ)と思われていた例がしばしばステロイド軟膏だけでなく、スキンケア軟膏に含まれるラノリンのアレルギーによることが最近増えている。