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巻頭言:アトピー性皮膚炎が治るということ
今山修平
アレルギーの臨床 20:511, 2000

免疫学的な間違い
 そもそもヒトは母体から出たとたんにバイキン等の様々の攻撃に曝されますが、これに対しては免疫を発達させて生命を守ろうとします。この過程では、(1)戦わなければならないバイキン等にうまく戦えないか、(2)本当な大した敵ではないのに戦ってしまう、という間違いが起こり得ます。前者が免疫不全であり、後者はアレルギーと言えましょう。
 バイキンの病原性が強大であればあるほど(熱・痛み・倦怠などの)代償を払ってでも生体は確固たる免疫を獲得します。(1)の間違いは重大な結末:死を招くからです。一方、(2)の間違いは、本来が病原性のないものに対する余計な反応ですから、それが引起す事態は、抗原の種類、感作の経路や条件、個体の資質、に依り多彩を極めることになります。
 この様子は、私達が新しい単語を覚えていく時に、本来とは違う読みや意味で思込んでしまう間違いに良く似ています。思いもよらない他人の勘違いには感心することさえありますが、個々の事例を解析すると間違いに至った経路が納得されることが多いのはこのあたりの事情を反映しているのでしょう。

間違いの修正
 ある単語(抗原)を間違って覚えて(認識)それを応用(反応)した場合、周囲が期待する結末とは異なる不都合(症状)が演出され、そのために恥をかいたり危うい体験をしたりします。良く使われる単語(抗原)ほど間違いの修正の機会も多く、あまねく共通の認識が成立するでしょうが、滅多に用いられない単語(抗原)では最初の間違いが長く修正されないか、時には修正されない侭に連鎖的に関連した間違い(アレルギーマーチ)を誘発することもありましょう。いずれにせよ間違いは、それによる不都合(症状)の発現がなければ修正のプログラムが起動することもないでしょう。そのもの自体は病原性がないのですから。

アトピー性皮膚炎の場合
 かつてアトピー性皮膚炎が自然ーに治っていたのは、間違いを修正して、無害なものとは戦わないという選択が可能になった(免疫学的寛容)からではないか。「病原性のない卵白や大豆やダニの糞に反応した」という当初の間違いを正さない限り、頑固な湿疹と続発する膿痂疹やカポジ水痘様発疹症などにより時には命に関わるという不都合(症状)に脅かされるからこそ、遂に修正プログラムが起動したのに違いありません。あたかもウルシ職人がミズ膨クレを来たしながらも、遂にはカブレなくなるように。
 であれば乳幼児期の(誰もが経験するー小さな)間違いから生じた軽微な皮膚病変を、強力な薬剤を用いて治すということは、患者の免疫システムに間違いを気づかせなくするという危険があるのではないかと危惧されます。本来は不都合(症状)を経験することにより起動する筈の修正プログラムを起動させないことになるのではないか、その結果、免疫学的寛容が誘導されずに成人まで続くアトピー性皮膚炎が招来される可能性はないのでしょうか。

アトピー性皮膚炎の現状
 かつて子供の軽い皮膚病と考えられていたアトピー性皮膚炎(以降、アトピーと略述)は、この20年のうちに成人にもありふれた難病へと変貌しました。乳幼児の顔と耳、小児の肘と膝の屈側に限局する湿疹でしかなかった皮膚病変は、今では成人の顔と頚の瀰漫性の紅斑と色素沈着として患者と医師を悩ませます。アレルギーによる疾病であればこそ、環境と生活の急激な変化がアトピーの病像にも劇的な変化をもたらしたに違いありません。
 しかし本疾患の経過に最大の影響を与えたものは、それにより(本来は頑強に続く)湿疹病変さえ消してしまう強力な薬剤であることは間違いありません。であれば、それを用いた治療の成果を冷静に分析するのも私たちの務めであるに違いありません。加えて病像の激変とそれに伴う治療現場の混乱は、新たな疾患概念と治療指針の呈示を強く迫っています。少なくとも従来通りの対応ではアトピーの難治化と遷延化に(加担こそすれ)逆らうことはできかったからです。

修正の機会を与える治療
 アトピー性皮膚炎は以下の3要素、(1)外界に存在する異物・抗原、(2)それらの易侵入性、(3)それに対する過剰な免疫反応で構成されます。薬物により強力に免疫・炎症反応(3)を抑制しても、原因(1)と易侵入性が(2)あるかぎり再発は免れません。
 以上の考察に基づき、基本的には免疫反応に影響する薬物を用いず、患者独特の皮膚機能異常を補正するスキンケア治療により被害を最小限に留めながら修正プログラムの起動を期待するという治療を実践して参りました。幸運にも講演の機会を得ましたので先輩諸士の批判を請う次第です。

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