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脱ステロイド療法を受ける「成人型アトピー性皮膚炎」の患者さんへ

南 宏典他:「重症成人型アトピー性皮膚炎患者のステロイド外用剤離脱」皮膚、38巻4号:440ー447、1996)

  脱ステロイド療法を受ける「成人型アトピー性皮膚炎」の患者さんへ

      ----私たちの考え方---

                            1996.10.24
 

            名古屋市立大学医学部皮膚科 佐藤健二、南 宏典
 
{要点}
A アトピー性皮膚炎の原因は分かっていません。皮膚の症状の悪化をアレルギーで説明できるのはごく少しです。アレルギーにとらわれる必要はありません。(1)
B 「成人型アトピー性皮膚炎」のほとんどは、アトピー性皮膚炎とステロイド外用剤の影響とが混ざったものです。ステロイドの影響が取り除かれると、もとのアトピー性皮膚炎が残ります。脱ステロイド療法はステロイドの影響を取り除くものであって、アトピー性皮膚炎を治すものではありません。(2)
C 脱ステロイド療法では、ステロイドの影響を取り除いた後、軟膏などの保湿剤の影響も取り除きます。これには平均3ヶ月かかりますが、入院患者さんは重症ですので、多くはこれより長くかかります。(4)
D 脱ステロイド療法には色々な方法がありますが、基本的に全ての外用剤の使用をやめてステロイド外用剤の影響を無くし、自然治癒力によって皮膚を普通の状態に戻す方法です。(5)
E 脱ステロイド療法での改善を遅らせる要因が色々あるので注意が必要です。(6)
F 脱ステロイド療法終了後でも、皮膚の症状は時々悪化します。この時には我慢することと希望を捨てないことが大切です。必ず良くなりますから。なお、悪化した時には必要最小限の外用療法(ステロイド外用を含む)を行うことがあります。(7)
G ステロイド外用剤の影響を取り除くときには、軟膏などの保湿剤を使用すると皮膚に悪い影響を与えます。(8)
H ステロイドを用いると、ステロイドに対する依存状態が生じます。(10)
I 脱ステロイド療法を始めるには、かなりの心構えが必要です。普通の人では信じられないぐらい皮膚の症状が悪くなるからです。(11)
J 入院の目的は色々あります。(12)
K 入院する患者さんには理解しておいていただきたいことが幾つかあります。(13)
L ステロイドは危険極まりないもので絶対に使用してはいけないものであるとか、大変安全でどのように使用してもかまわないとかいう両極端の考え方をしているわけではありません。長期に使用する場合にはこれまで以上に注意しながら使うべきであるということです。(14)
M 脱ステロイド療法中の民間療法は、ほとんど意味がないか、あるいは刺激によりかえって悪く働きます。(15)

* AからMまでの各項目の後ろの番号は、「脱ステロイド療法を受ける『成人型アトピー性皮膚炎』の患者さんへーー私たちの考え方ーー」の項目の番号です。詳しくはそちらをお読みください。

1.アトピー性皮膚炎の原因は?

 アトピー性皮膚炎の原因はアレルギーであるとよく言われます。アトピー性皮膚炎をアレルギーの面から説明しようとしている人がそれ以外の面から説明しようとしている人に比べて圧倒的に多いことは事実です。しかし、アレルギーが原因であるという根拠は薄弱(J Am Acad Dermatol, 1995;33:1008-18)だという人たちもいます。だから、アトピー性皮膚炎の原因はまだはっきりとは分かっていないと考えるべきで、アレルギーにとらわれる必要はありません。ただ、ごく少数の人でアトピー性皮膚炎の皮疹(ひしん:皮膚の症状)が蕁麻疹(じんましん)などのせいで悪化することは認められます。この悪化は、多くの場合原因となることから2ー3時間以内に起こるので、患者さんや家族の方がはっきり気づいておられます。私たちはアトピー性皮膚炎の原因がアレルギーであるというような狭い捉え方をすべきでないと考えています。

2.「成人型アトピー性皮膚炎」の原因について

 アトピー性皮膚炎と言われている青年期以降の患者さんは2つのグループに大別されます。一つは青年期以降に初めて症状が出てきた人のグループで、もう一つは昔から症状があって継続的あるいは断続的に治療されてきた人のグループです。前者に属す人はごく少なく、後者に属す人のほとんどはステロイド外用治療を経験した人です。幼少期の病歴ははっきりしない場合がありますが、この2つのグループのどちらに属すかは普通は明瞭に分かります。
 最近増加して社会問題にもなっている「成人型アトピー性皮膚炎」の人は後者に属します。この「成人型アトピー性皮膚炎」の原因がアレルギーであるとは考えていません。その理由は、「成人型アトピー性皮膚炎」の患者さんがステロイド外用剤などを中止すると皮膚の症状がかなり良くなる(平均でもとの約2割に減少)からです。つまり、「成人型アトピー性皮膚炎」と言われている患者さんの皮膚は、ステロイド外用剤を長期に使用した影響が強く出ている状態であると考えられます。「成人型アトピー性皮膚炎」の原因についてのこの考えは、新しい考え方なので学会などではまだあまり一般的ではありませんが、私たちの経験から判断しますとほとんど間違いがなさそうです。もちろん、「成人型アトピー性皮膚炎」と言われている人の中にはステロイド外用剤などによる接触皮膚炎(かぶれ)を起こしている人もいらっしゃいますが、その率は約10%ですし、上で述べたステロイドの影響もほとんどの場合重なっています。
 先程「皮膚の症状がかなり良くなる」と述べましたが、これは一部は症状が残るということです。脱ステロイド療法を始めるまでにもとのアトピー性皮膚炎が消失してしまってステロイドの影響だけが残っていた場合は、脱ステロイド療法によって皮膚の症状が完全に消えることもあります。しかし、多くの場合は、ステロイド外用剤が開発されるより前からあった成人期のアトピー性皮膚炎でよくおこる部位(ひじ、ひざ、首、額など)に症状が少し残ります。「成人型アトピー性皮膚炎」は「ステロイド外用剤を長期に使用した影響が残っているアトピー性皮膚炎」と言い換えることができ、脱ステロイド療法はステロイドの影響を取り除くものであってアトピー性皮膚炎を治すものではないということに注意していただきたいと思います。

3.脱ステロイド療法の不安と困難

 日本の小学生の約20%はアトピー性皮膚炎であると言われています。この子供たちの多くはステロイドやスキンケアなどの治療で症状が無くなっています。しかし、最近増加していると言われている「成人型アトピー性皮膚炎」の患者さんは、ステロイドを外用してもよくならない、あるいはステロイド外用剤を中止すると皮膚の症状が悪化しそれに耐えきれずにステロイドを再び使用するという経験をお持ちです。また、ステロイド外用を減量または中止すると患者さんの皮膚の症状が悪化するため、医師の側としてもステロイド外用を継続せざるをえなくなっている場合が多いと思われます。日本の小学生の約20%という数に比べるとまだまだ少数ですが、「成人型アトピー性皮膚炎」は現在増加してきており大きな問題になっています。
 患者さんはステロイド外用を続けている限り、赤ら顔であったり痒みが続いたりはしますが、皮膚は相当落ちついた状態でいられます。「多くの人はステロイドを使って(あるいは使っても)良くなっているのに、自分だけはなぜいつまでもステロイドを使わなければならないのか」・「ステロイドを使いたくないと思っても外用を減量または中止すると皮膚の症状が急に悪くなるために中止できない」・「中止後の予測がつかない」・「ステロイドをやめてもアトピー性皮膚炎が治るという保証がないので中止に踏みきれない」というのがステロイド外用中止についての患者さんの不安であると思います。
 疑問を持っている医師もいます。「アトピー性皮膚炎の一部の人はなぜステロイドなしには症状を抑えることができなくなるのか」・「ステロイド外用を中止すると皮膚の症状が驚くほど悪くなるが、脱ステロイド療法でどの程度良くなるのか」・「ステロイドから離脱できたとしても、そのあともとのアトピー性皮膚炎はどうなるのか」などです。
 ステロイド外用剤を塗り始めると、患者さんの一部はもとのアトピー性皮膚炎の症状が悪化したわけではないのにステロイド外用剤をいつまでも使用するようになってしまいます(10.の1)を参照)。そのわけを知る必要があります。脱ステロイド療法については以下に述べるようにかなり分かってきました。ステロイド離脱に成功した後のもとのアトピー性皮膚炎の経過は、今後の観察によって分かってくるでしょう。

4.脱ステロイド療法の平均的経過

 私たちは「成人型アトピー性皮膚炎」の患者さんには脱ステロイド療法が必要だと考え、少数の方が初めに行った経験から判断して、主として二段階脱ステロイド療法を行っています。そして多数の方といっしょにステロイド離脱を経験してきたので、一般的なことが話せるようになりました。大まかにいうと、ステロイドを中止し油性の保湿剤(ワセリン・アズノール軟膏・オリーブオイルなど)を使用すると約1/3の患者さんは約1ヶ月で皮膚の症状が良くなり、残り約2/3の患者さんはその後さらに保湿剤を中止すると約2ヶ月で皮膚の症状が初めの2割ぐらいまで減るということです。期間は合計すると約3ヶ月(入院の場合は最低3ヶ月)です。残った約2割の皮膚の症状は、ステロイドが開発されるより前からあった成人期に生じる典型的なアトピー性皮膚炎です。後でも述べますが、ここで強調しておきたいことは、脱ステロイド療法の際は保湿剤も悪い影響を与えているのでステロイド離脱の後に保湿剤からも離脱しなければならないということです。

5.脱ステロイド療法には色々な方法があります

 脱ステロイド療法は、全ての外用剤の使用をやめてステロイド外用剤の影響を無くし、自然治癒力によって皮膚を普通の状態に戻す方法です。全ての外用剤を中止するまでの方法は、以下に述べるようにいくつかの点から分類できます。場所の点からは外来通院法と入院法、中止の段階という点からは一段階法・二段階法・多段階法、やめ始める部位という点からは胴体先行法・顔面先行法・多分割順次法、外用剤を塗る間隔という点からは一挙法・間歇法(入浴してから外用するまでの時間を徐々に延長、一日置き、二日置きなど)などというようにです。患者さんの希望や条件などを基にして最も適した方法を選ぶことにしています。ここで知っておいていただきたいのは、広範囲にステロイドを外用している場合には外用していない部位にまで影響が及んで皮膚の症状が変化することがあります。たとえば、背中に塗り続けていると顔の赤みが治りにくいことがあるということです。ステロイド中止後に短期間保湿剤を使用しますが、この時皮膚は過敏になっているので、できるだけ刺激のない軟膏が適しています。だから、クリーム状の外用剤(オイラックス、ザーネ、ヒルドイド、その他のクリーム)や、炎症を抑える非ステロイド系の薬を含んだ軟膏(アンダーム軟膏など)を避け、白色ワセリンをよく使っています。

6.脱ステロイド療法での改善を遅らせる要因

 二段階脱ステロイド療法には約3ヶ月かかると述べましたが、これは改善を遅らせる要因を可能な限り注意深く除去したという条件の下での期間です。改善を遅らせる要因を見つけるのが遅れると、皮膚の症状がなかなか良くならないために脱ステロイド療法に対する疑問がわき、ステロイドを再開するという悲しい結果になってしまいますので、改善を遅らせる要因を見つけることは大変重要です。この点をよく理解して、医師や看護婦との意思の疎通をよくするように努めていただきたいと思います。これまでに分かっている良くないことを列挙しますと、次のようになります。

1) 全身に関連のあること
 感冒(かぜひき)、肝炎、循環不全(重症の心不全がある方の場合にはステロイド再開を勧めたことがあります)、喘息、鉄欠乏性貧血、低蛋白血症、水分摂取過多、月経(生理)に伴うホルモンの変動、偏った食事(食べていけないものは普通はありませんが、バランスのとれた食事が必要です)など。

2) 精神心理および環境に関連のあること
 家族(特に親子)関係不良、会社での対人関係の不良や業務内容の複雑化、不眠、夜更かし朝寝坊、不規則な食事時間、自堕落な生活、摂食不足、リハビリ開始時期などの急激な運動、リハビリ拒否、過労、徹夜、高温、多湿など。

3) 皮膚に関連のあること
 細菌感染やウイルス感染、ガーゼによる接触皮膚炎(かぶれ)、サロンパスなどのシップ剤による接触皮膚炎(かぶれ)、消毒剤(イソジン液・ヒビテン水・赤チンなど)の外用、鱗屑(りんせつ:フケのようなとれかけの皮)をこすり取ること・むしり取ること、布を用いて掻き破ること(抑制帯使用時にシーツなどでかき破っていた例もあります)、痂皮(かひ:かさぶた)が自然に落ちるまで待たないで無理に取ってしまうこと(一種のくせ)、長い爪、ナイロンタオルやナイロンタワシの使用、頻回の入浴(一日に3回以上)、石鹸を使用しない入浴、シャワーのみの入浴、保湿剤の過量あるいは頻回の使用、化粧水・馬油・オリーブオイルなど(これらは保湿作用があります)の使用、布による保湿、不適切な民間療法など。

 以上に述べたように、外部環境の変化だけでなく体の内部の変化によっても症状が悪化するので、脱ステロイド療法時の皮膚の症状は全身疾患として捉える必要があります。

7.脱ステロイド療法終了後の皮膚の症状の悪化

 いったん皮膚の症状が治まっても、もとのアトピー性皮膚炎がありますし、ステロイドの影響が残っている皮膚は一見正常でも不安定なので、種々の要因で再発します。その原因は、かぜひき、職場や学校への復帰による精神的・肉体的ストレス、不規則な生活(睡眠不足、徹夜作業、不規則な食事など)、不本意な転居、親子関係の悪化、温暖、発汗、運動をしすぎること、日光に当たりすぎること(徐々に強い日光に当たるのは問題ありませんが、急に強い日光に当たると皮膚の症状は悪化します)などです。改善を遅らせる要因や再発の要因はここに挙げた以外にも色々あると思われるので、注意深い観察と意思疎通・相互理解を更に深める努力が必要です。
 脱ステロイド療法終了後に皮膚の症状が悪化しても、我慢することと希望を捨てないことが大切です。必ず良くなりますから。なお、そのような時には、本人の同意のうえで、必要最小限の外用療法(ステロイドを含む)を行うことがあります。

8.保湿剤が有害となる!

 保湿剤はアトピー性皮膚炎の治療に有効であり、ステロイド中止後に離脱症状を軽くする働きがあります。しかし、「4.脱ステロイド療法の平均的経過」で述べたように、ステロイド中止後の症状が軽くなった時期には保湿剤は皮膚に悪い影響を及ぼします(このことはほとんどの皮膚科医が気付いていませんのでここで特に強調したいことです)。この時期に残っている紅斑(こうはん:赤み)など皮膚の症状をよくするためには、保湿ではなく乾燥が必要です。この時期には、ワセリン・アズノール軟膏・種々のクリーム・化粧水・馬油・オリーブオイルなどほとんどすべての油(石鹸で洗わない場合は自分の皮膚の油でも)は、赤みなどを持続させるように働きます。つまり、保湿剤が良い作用をするかどうかはステロイドを使用してこなかった場合と使用してきた場合とでは違うということを理解しなければなりません。脱ステロイド療法が成功し皮膚の症状が安定した後どれくらいの期間が経てばステロイドの影響が無くなって保湿剤を使用できるかという点については、まだ分かっていません。このような治療を始めてまだ日が浅いからです。女性の場合化粧ができるかどうか大変気になると思いますが、化粧も一種の保湿なので、脱ステロイド終了後少なくとも1年間は我慢していただいています。これが正しいかどうかは今後明らかになると思います。

9.脱ステロイド療法が高率に成功している理由

 私たちの施設では、脱ステロイド療法を行った後に痒み止めの内服薬だけか全くの無治療で生活できるようになった方が多数いらっしゃいます。その理由はいくつかあります。第一は、「成人型アトピー性皮膚炎」の原因をアレルギーではなくステロイド外用だと考えたことです。第二は、ステロイドを使用したことのない患者さんにとっては正しい皮膚の保湿が、ステロイド中止後の患者さんには悪影響を与えているということに気づき、皮膚を乾燥させるようにしたことです。第三は、ステロイドや保湿剤からの離脱を困難にする要因が色々有ることに気づき、それを除去するために、環境要因をも含めて患者さんを詳しく診察し患者さんとよく対話をしようと努めたことです。第四は、民間療法のほとんどは治療に良い影響を与えないものとして避けたことと、一部のものは条件を付けて有効利用したことです。以上のどれ一つが欠けても脱ステロイド療法は成功しません。

10.脱ステロイドとは何からの離脱か?

1)ステロイドへの依存症がある
 「成人型アトピー性皮膚炎」やその他の病気で長期にわたってステロイド外用剤を使用している方は、次のことに気付いていらっしゃいます。(1)ステロイドを使用すれば皮膚の症状は良くなり、(2)使用を中止すると皮膚の症状が悪くなり、(3)再び使用すれば皮膚の症状が良くなる。そして私たちの経験からすると、(4)長期にわたって使用せずに我慢していると、皮膚の症状が極めて悪くなった後にかなり良くなる。このような経過を見ると、「成人型アトピー性皮膚炎」の皮膚はステロイドに依存している状態(ステロイド依存性皮膚症)であると考えることができます。

2) ステロイドからの離脱とは?
 では、ステロイドからの離脱とは、どういうことでしょうか。それはステロイドなしに皮膚が正常の働きをするところまで戻るということです。アトピー性皮膚炎はステロイド依存性皮膚症とは直接は関係がありません。だから、ステロイドのせいで悪くなった皮膚は元に戻りますが、もとのアトピー性皮膚炎はステロイドで隠されていた分だけ明瞭になります。しかし、アトピー性皮膚炎の症状が残る面積は、ステロイドを外用していた面積に比べれば、平均で2割ぐらいでしかありません。だから、脱ステロイドはアトピー性皮膚炎からの離脱ではないということも注意しなければなりません。未成年者などの若い「成人型アトピー性皮膚炎」の方は、アトピー性皮膚炎の症状がより多く残る可能性があります(参照:2.「成人型アトピー性皮膚炎」の原因について)。

3) ステロイド使用に関する記憶が皮膚の細胞にあるか?
 細胞はどのように発達していくかを決める生物学的記憶というものを持っています。幼少期に外用したステロイドに関して皮膚の細胞が記憶しているのかどうかは今後検討すべきだと思います。強いホルモン作用のある薬物が成長途中の幼少期の皮膚の細胞に作用したため、外見上は安定しステロイド離脱ができているように見えても生物学的記憶からは離脱できていないという可能性があるので、脱ステロイド療法を終了された方は長期に経過を見ていく必要があります。脱ステロイド療法が終った時にはステロイドが全く残っていないはずなのに、皮膚が長期にわたって不安定であるのには、何らかの原因があるだろうと考えられるからです。

4) 保湿剤からの離脱も必要
 脱ステロイド療法にはもう一つの離脱があります。ステロイド依存がある場合には軟膏に対しても依存となる可能性が大きくなります。二段階法で軟膏などの保湿剤を中止すると、ステロイドを中止したときと同じような激しい離脱症状がほとんどの場合現れます。このことが分かっていないためにステロイドからの離脱がうまくいかない例がしばしばあります。この点については別の所でも強調しておきました(参照:8.保湿剤が有害となる!)。

11.脱ステロイド療法を受けるための心構え

 以上を読めば分かっていただけると思いますが、脱ステロイド療法は、ただ単にステロイドをやめればよいという単純なものではなくて、それなりに訓練された医師や看護婦とともに行わなければ失敗する危険性が高いものです。より確実に行うために、次のような心構えをお願いします。

1) 症状の悪化を恐れない
 高い熱、全身のけだるさ、全身のむくみと赤み、1ー2週間全身から黄色い液が一日中漏れ出るなどの激しい症状、全身の黒ずみ、色々な大きさの皮が剥がれかけるなどの外見上良くない症状、夜も眠れないような激しい痒みが起こります。もう少し具体的に言うと、次のように普通の人には信じられないようなひどい症状が起こります。まぶたが腫れて目が開けられないあるいは閉じられない、顔が張って口が開けにくくものが食べにくい、首が張ったりひびわれたりして痛くて曲げられない・横を向けない、腕や手が腫れたり指がひびわれたりして物を握りにくい・持てない、全身にあるひびわれから一日中黄色い汁や血が出る、激しい痒みが起こって痒み止めをいくら飲んでも効かない、胸から肩にかけて引っかき傷ばかりで正常の皮膚がない、朝起きるとシーツ・枕・布団が血だらけになっている、赤みが少し治まってくると全身真っ黒になる、顔や背中に3cmもあるうろこのような皮が付いて醜い、顔一面に白いフケが付く、などです。最もひどい場合にはこのようなことが起こることを患者さんやその家族の方が知った上で脱ステロイド療法を始める必要があります。多くの方はこのようなひどい状態が恐ろしくなるので、再びステロイド外用を始めてしまうのです。ご本人が納得なさっていても、家族や知人が反対したので治療が続けられなくなった例もあります。しかし、ひどい状態はステロイドあるいは保湿剤を中止してから平均で約1週間後がピークで、その後徐々に良くなっていきます。ひどい状態が不安になってこの療法を中断された方(ひどさは中くらいの程度かそれ以下でした)以外はすべてひどい時期を乗り越え、良くなっていきました。

2) 掻いてしまっても悔やまない
 脱ステロイド療法中は激しい痒みが起こります。これは強い内服薬を多数飲んでも到底抑えきれません。だから、どんな人でも掻いてしまいます。もちろん掻かないほうが早く治りますが、掻いてしまったとしても決して自分を責めないようにすることが大切です。保湿剤からの離脱(脱軟膏ともいいます)を行い皮膚が乾燥して少し経った頃には(ここに到達するまでは早い人も遅い人もいます)、だんだんに掻いても傷が付きにくくなってくるので、皮膚が強くなってきたことが分かるようになります。皮膚が良くなってくるとフケのようなものが目立ってかえって悪くなったかのように見えますが、不必要になった皮膚がとれている状態で、明らかな改善の印です。

3) 薬への依存をなくし日常生活を健康的なものにするよう心がける
 これまではステロイドという薬に身体的にも精神的にも頼っていましたが、これからはできるだけ薬に頼らない規則正しい生活をしていこうという自覚が必要です。適度な運動や規則正しい食事(1日3回)・睡眠などを心掛け、皮膚のバランスを保つ働きに過重な負担を掛けないようにすることが重要です。

4) 運動が必要
 皮膚の乾燥が進んでかなり症状が良くなると、改善を速め再発を予防するために運動をする必要があります。少しずつ体を慣らしていくわけです。速歩(ウォーキング)と柔軟体操(ストレッチ)から行うのがよいでしょう。なお、温泉に浸かるのは軽い運動になり精神的にゆとりができるので、この時期になって初めて有効になります。ただし、頻回に入浴すると皮膚が柔らかくなって掻いたときに傷ができやすくなるので、傷が治りかけるときに痒みが増して悪循環が起こります。

12.入院の目的

 「5.脱ステロイド療法には色々な方法があります」の中で述べたように、「脱ステロイド療法は、全ての外用剤の使用をやめてステロイド外用剤の影響を無くし、自然治癒力によって皮膚を普通の状態に戻す方法です」ので、入院して行うことのうち最も重要なことは、少し妙な感じを受けますが、何も外用しないことです。しかし、外来通院ではなくわざわざ入院するには以下のような目的があります。

1) ステロイドやワセリンなどの外用を中止すること。
   いろいろな理由で外来通院ではできない場合がある。
2) ステロイドから短期間で離脱すること。
3) 悪化したときの身体的・精神的負担を軽くすること。
   ベッド上で安静にする 。
   ひどい皮膚を見られなくてすむ。
4) 日常生活を観察し、悪化の要因を見つけること。
5) 状態を正確に把握して安心できること。
   症状や経過の説明をいつでも聞くことができる。
6) 悪化したときに適切な処置を速やかに行うこと。
   ガーゼ保護など。
7) 二次感染を早く見つけ、抗生物質などを速やかに用いること。
   細菌感染だけでなく、帯状ヘルペスやカポジ水痘様発疹症(単純ヘルペスが
   全身に広がったもの)などウイルス感染も。
8) 不適切な民間療法を行わないこと。
9) 不適切な処置を行わないこと。
   保湿は不適切である。
10) 薬物に頼る生活をやめ、規則正しい日常生活を送れるように練習すること。
11) 社会生活へ戻るために身体的・精神的リハビリテーションを行うこと。
   体力増強、心理相談。


13.入院する患者さんへ

入院して脱ステロイド療法を受けることを決めた患者さんに次のことをお願いいたします。

1) 薬(飲み薬・塗り薬・注射など)でアレルギーを起こしたことがある方は教えてください。
2) 今までに用いたことがある塗り薬の残りすべてを入院するときに持ってきて、退院するまで各自保管してください。退院の少し前にかぶれの検査に用います。現在外来でもらっている薬(塗り薬と飲み薬)も持ってきてください。
3) 食事制限やその他の制限をしている方は教えてください。
4) 名古屋市立大学病院の眼科を受診したことがある方は教えてください。まだ受診していない方は一度眼科を受診していただきます。
5) 顔などの細菌検査、胸のレントゲン検査、心電図検査、血液検査などを行います。妊娠している方、妊娠の可能性のある方は教えてください。

なお、少し細かい点ですが治療上重要なことを述べておきます。

(1)入院したのに症状が良くなるのが遅いと感じる方はだんだん不安になることがあります。このような時には、気持ちを静めるために、脱ステロイド療法を受けている方を専門で診察している精神科医を紹介します。不安などについて気の済むまで相談してください。
(2)皮膚の症状がひどいときには、抗生物質(化膿止め)に抵抗力を持ったMRSAという細菌が皮膚に付くことがあります。入院している他の患者さんにこの細菌がうつるとよくないので、一人部屋(個室)に移っていただかなければなりません。
(3)夜中に皮膚をひどく掻いてしまうときは、本人の同意の上で手を縛って(抑制帯を用いて)寝ていただくことがあります。
(4)皮膚がある程度良くなってくると、もとの生活ができるよう体を慣らすために運動(リハビリテーション)を行っていただきます。開始する時期は、大きな関節(首、肩、ひじ、ひざ、太ももの付け根)にひびわれが無くなり、動かしても痛くなくなった頃です。
(5)他人に見られると恥ずかしいという気持ちは残っていても、皮膚の症状がかなり良くなって何とか職場や学校に行ける状態になったときが、退院の時期だと考えています。

このほか、入院の患者さんだけでなく外来通院の患者さんにとっても重要なことを挙げます。

(6)顔が痒くても眼の周りは決してたたかないようにしてください。たたくと、結膜炎・白内障・網膜剥離になりやすくなるからです。
(7)生活のリズムを保つため、可能な限り昼寝を避けるよう努力してください。生活のリズムが乱れると、傷が治りにくくなるからです。
(8)間食は少なくし、摂るとしても塩分の多いものは避けてください。間食を摂ると、本来の食事が食べられなくなったり、塩分のために水分を多く取ってしまったりするからです。
(9)痒みがひどくて夜眠れないときは、本人の同意の上で必要な期間のみ睡眠薬を飲んでいただくことがあります。

14.ステロイドに対する基本的な考え方

 私たちは、ステロイドは危険極まりないもので絶対に使用してはいけないものであるとか、逆に大変安全で医師の判断でどのように使用してもかまわないとかいう両極端の考え方をしているのではありません。外用剤であり体内に急速に入ることはないことや、副作用によって死ぬことがほとんどないことから(副腎抑制による死亡例の報告は少数存在します)、その使用方法(特に長期にわたる使用の方法)には一般的にはあまり注意が払われてきませんでした。せいぜい、作用の強いもので早く抑えてその後弱いものに変えていけば安全であるというくらいの考えでした。しかし、「成人型アトピー性皮膚炎」の問題で分かったことが2つあります。一つは、長期にわたって再発を繰り返す皮膚疾患にステロイドを使用する場合にはこれまで考えられていたよりはるかに慎重でなければならないということ、つまり、ステロイド依存性皮膚症をできるだけ作らない使用方法を開発しなければならないということです。もう一つは、乳幼児期にステロイドを数回外用しただけでステロイド依存状態になる例があるので、乳幼児期の使用については根本的に再検討する必要があるだろうということです。今後は、長期にわたって安全にステロイドを使用する方法は確立していないという慎重な立場をとる必要があります。ステロイドを何日間か塗れば必ず2週間は塗らないということなどを、少なくとも検討する必要があるでしょう。

15.民間療法について

 民間療法の中には思いつきとして面白いものはありますが、それについて書かれたものを幾つか読んでみますと、科学的な批判に耐えるような記述をしていないことが分かります。そのことから、民間療法を考えついた人が新しい治療方法を科学的に開発することを知らないということが分かります。多くのものには対照試験がありません。温泉の湯を自宅の風呂に入れて浸かるとか、超酸性水だとかはその代表です。しかし、既に述べましたが、脱ステロイド療法の乾燥期に温泉を利用することは身体的精神的リハビリテーションになりますので、面白いアイデアをうまく利用する必要はあると考えます。しかし、基本的には民間療法は効果がないと考えるほうが正しいと思います。もし、患者さんがどうしてもしたいという場合は、有害でなければ試してもよいでしょう。だから、民間療法をしたいと思ったときには、遠慮無く相談して下さい。相談なしに民間療法を行われますと、そのせいで皮膚の症状が影響を受けている場合、医師は経過について間違った判断をすることになってしまいます。


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