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アトピー性皮膚炎の心身療法

SEMINARIA DERMATOLOGIE
第49回日本皮膚科学会中部支部学術大会より
教育講演
アトピー性皮膚炎の心身療法 神戸労災病院皮膚科部長 清水良輔 マルホ皮膚科セミナー 放送内容集 No.141 1999年7月20日 p.30-32

心身医学的に見た発症機序
 アトピー性皮膚炎の心身療法について述べるにあたって、心身医学的に見たアトピー性皮膚炎の病態についての私見を簡単にまとめておきたいと思います。
 この疾患の発症機序は不明であるといってもよいと思いますが、本来、小学校低学年くらいまでに治れるはずの病気が遷延し成人期まで続いたり、いったん治癒していたものが思春期以降に再燃してきたり、小児期、全く皮疹のなかった人が思春期以降に初発してきたりする現象には、心理・社会的要因が大きく関与していると考えています。すなわち、現代の社会システムや家族システムを背景に生じるさまざまな日常生活上のストレスや情動の変化は、大脳辺縁系経由で種々の内分泌系、自律神経系、ニューロペプタイドなどの化学伝達物質などを介して、皮膚という末梢臓器での炎症を増幅させる役割を果たしていると考えられます。
 湿疹が増悪すると、痒い、痛い、眠れない、人目が気になるなど、他者でも理解できる二次的ストレスを生じるばかりではなく、さまざまな過剰情報のなかで、アレルゲンや環境因子、季節、薬物などに対する恐怖症、スキンケアやアトピーグッズ、民間療法、薬物などに対する依存症など、さまざまな歪んだ認知と行動パターンを有している症例に多く出会います(表1)。

  表1.アトピー性皮膚炎における種々の歪んだ認知
  気にかかる対象        歪んだ認知の結果
  アレルギー関与     <   アレルゲン恐怖症
  環境因子の関与    <   環境因子恐怖症
  季節の関与       <   季節恐怖症
  ステロイド依存症    <   ステロイド恐怖症
  スキンケアの有用性  <   アトピーグッズ依存症
  情報によるメリット   <   情報過敏症
  医療の役割        <   医療不信

 そして、これらの二次的ストレスは、患者さん自身がストレスになっていると自覚できないまま、自己効力感の低下や不安の増大をまねき、さらなる湿疹の増悪をきたし、ストレスと湿疹の悪循環を形成してしまいます。結果、学校へ行けない、仕事ができない、などの社会不適応状態になったり、難治故に医療不信に陥ったりする重症例が少なくありません。このような重症例に対応するために、また、軽症例に対してもこのような重症例をつくらないために、皮膚科専門医が心身医学的な理念を取り入れた治療を展開することが不可欠と思われます。

一般心理療法
 私はアトピー性皮膚炎の診療を、受容、共感、再保証、指導、環境調整、再教育など、一般心理療法の枠組みを意識して行っています。例えば日光による増悪を心配している人や、何でもかんでもアレルゲンを心配している人たちに光線テストを行ったり、合併しているアレルギーのアレルゲンをきちんと同定してあげることは「再保証」することになりますし、アトピーをもって生活する上での心配、例えば運動や食習慣、スキンケアなどに関して相談に乗ってあげることは「指導」に相当します。また、休職や休学を話しあったりすることは「環境調整」ということになります。しかし、これらの通常の皮膚科診療で行っていることが、患者さんに真の安心をもたらし、この難治疾患の克服に結びつくためには何と言っても、いかに患者さんを共感的に受容できるか、にかかっています。そして、その結果形成される治療同盟的な信頼関係に基づいて診療をすすめていくことが必要不可欠です。そういった意味でも初診が特に重要です。
 まず、医者サイドの意向を押しつけることなく、患者さんの苦痛や適応状態、また、過去に行ったことをすべて受け入れることから始まります。受容の第一は傾聴することです。私自身の方針を紹介します。
 共感的に聞く、否定しないで聞く、評価をしないで聞く、合理的な意見は支持しながら聞く、などを基本として聞くように努めています。聞く内容は、まず身体症状に関してできるだけ触れるように聞きます。次に受診までの経緯を聞きますが、過去の受診体験のなかで、すでに傷ついている症例を多く経験します。そして、病歴とそれにまつわる体験を聞きます。すなわちアトピーがあって辛かったこと、過去に行った治療の効果、病気の見通しについてどう思ったか、不安を感じたか、人生設計の変更を余儀なくされたか、家族や友人や職場の対応や、それに対応してどう感じたか、などを聞きます。そして、最後に病気についての患者さんの説を聞くようにします。その際、不合理な説でも否定しないことが重要です。そして、次に、投薬、検査、来院日、来院間隔などについては医療サイドからの提案という形で行い、よく話し合います。その際、あたかも一種の契約を結んでいくようなイメージで話を進めます。また、初診時に必ず、治療の目標についても提案をしておきます。私は、最終的には薬の力を借りなくても、アトピーがあることが生活に全く支障をきたさないレベル、を治療目標として提案しています。
 またさらに成人例においては、初診時に必ず年作りを行っています。幼小児期からの症状の経過を、皮疹を山形のグラフで表し、横に進学、受験、就職、結婚などのライフイベントとそれにまつわる感情を患者さんと共同して記入していきます。この年表づくりは、ずいぶんと心身相関性の気づきを促進すると感じています。
 治療目的を達成するための第一歩は患者さんとの信頼関係の形成であり、このことは初診時の治療者側の最大の目標ですが、そのためには以上述べてきたような手順をゆっくりと時間をかけて行うことが必要と考えています。

各種心理療法
 信頼関係が形成されると、前述した再保証、指導、環境調整などを行うことで、かなりの患者さんが快方に向かうことを経験しますし、最終的には再教育、すなわち患者さんが自分の生活のなかでのさまざまな出来事に対して不合理な認知や行動パターンに気づき、合理的な行動を組み立てていくようになり、結果、安定した情動をセルフコントロールしていくようになること、まあこれが再教育ですが、これを目指すために成人例では認知行動療法を主体に行っています。認知行動療法は、個人にとってストレスになりやすく不適切な行動を導くような認知のあり方を治療の対象とし、誤って学習したために生じている不適切行動を消失させ、新しく望ましい適切な行動を習得させる、というものです。例えば、アトピー性皮膚炎の患者さんでは、自分はいつもきちんとしていないと認められない、という認知を持った人が多く、そういう人たちは日々内的緊張を持続させたまま、過剰な適応努力をしている、という行動パターンをとっており、結果生じるさまざまな陰性の感情やストレスが湿疹の増悪につながっています。患者さんの日々の些細な出来事に対してカウンセリング的に対応し、そういう認知の背景をともに考え、合理的な行動パターンを提案していく、という形式で治療を進めていきます。また、アトピーをめぐるアレルゲンや食事、スキンケア、薬物、環境因子、季節などの事象に関しても不合理な認知をしている人が多きことは前述したとおりですが、そういう問題に対しても合理的な行動を取り戻せるように積極的に介入しており、これも一種の認知行動療法と考えています。
 小児や思春期例では、患者さん本人に対するこういった介入が困難であるため、家族療法を主体に加療しています。家族療法は、家族を1単位として扱う心理療法であり、症状や問題行動を家族全体の人間関係の歪みの現れであると考え、家族内の交流パターンに直接・間接的に介入してシステムの機能を変化させることにより心理的援助を行うというふうに定義されています。母親のみならず、父親、時には祖父母にも来院してもらって、定期的に面談を続けていくという形式で行っており、患者さん本人の診察日と家族のみとの面談日を別にしてみたり、患者さんの身体的診察と家族療法を別々の治療者が行ったりなど、工夫をしながら行っております。元来、小児は自然治癒が期待できるわけで、家族療法を行っていくことで、小児の治癒率がかなり向上したと考えています。 
 ほかには、長い臨床経過のある局面においては短期療法的概念も導入します。また当科では、必要に応じて1単位50分で、月に述べ72単位の皮膚科専属の臨床心理士によるカウンセリングも行える準備があり、現在も満杯の状況です。また、皮膚科医も参加するかたちで展開しており、ほかに特殊な方法としては内観併用の絶食療法や、臨床心理士による箱庭療法なども行っておりますが、詳細は省略させていただきます。

おわりに
 いずれにしても、現在の医療システムのなかで心身療法を行っていくことは、診察の時間、診療報酬、病院スタッフの理解などの点で大きな問題を数多く抱えており、今後の各方面での深い理解が望まれるところです。

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