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シンポジウム アトピー性皮膚炎の管理 心身医学的アプローチ
日経メディカル p.121-124, 9, 2001
ストレスや不安が悪化促進患者を受容して解決を支援
清水良輔(神戸労災病院皮膚科部長)
◎アトピー性皮膚炎の遷延化・重症化には、ストレスや心得・喪失体験などの心理・社会的要因が関与している。
◎初診時には、患者の価値観を尊重し自己決定を促しながら話を十分引き出し、患者を共感的に受容することが重要である。
◎疾患に対する患者の考えや治癒後のプラスイメージを描写させることで、現在の患者の心理的問題が浮かび上がることがある。

 アトピー性皮膚炎が遺伝的素因を背景に発症することは万人の認めるところだが、その増悪因子、遷延化因子に関しては、いまだに確証がない。そのため、アトピー性皮膚炎の治療においては、各主治医の考えに基づき、様々なアプローチが試みられているのが実状である。アトピー性皮膚炎に対して、心身医学的アプローチが有用であるという筆者の考えも、確証はなく、過去の経験と自己の信念に基づいていることをまずお断りしておく。

【1】アトピー性皮膚炎の心理・社会的要因
 アトピー性皮膚炎は、生後数ヶ月より発症し、乳児期、幼児期にそれぞれ特有の臨床形態を取りながら経過し、成人期までに大部分の症例が治癒してしまう疾患とされてきた。しかしながら近年、小児期のアトピー性皮膚炎が難治化、重症化の一途を辿り、成人期に移行する症例(遷延型)や、小児期に治癒したり軽快しても、思春期を過ぎるころから再燃する症例(再燃型)が増加している。また、乳幼児期に全く症状がないのに成人期に重症のアトピー性皮膚炎を発症する症例(遅発型)も多く経験するようになった。
 このような発症の遷延化、重症化の理由として、筆者は現代社会を背景とする心理・社会的要因が最も大きく関与していると考えている。
 実際、当科に入院したアトピー性皮膚炎101人(遷延型58人、再燃型21人、遅発型22人、平均年齢25.2歳;11〜47歳)を対象に、4人の皮膚科医の協議の下、入院カルテを基に調査した結果、58人(57%)に、心傷・喪失体験が認められた。また、同様に入院時の精神状態に関しても調査したところ、62人(61%)に家族との葛藤がみられた1)。これらの心傷・喪失体験や葛藤は、アトピー性皮膚炎の特徴ということではなく、現代社会に起因するものだと筆者はとらえている。
 心の問題やストレスは、精神化(精神疾患)、行動化(行動障害)、身体化(心身症)という形で表現され、アトピー性皮膚炎も、身体化の代表的な皮膚疾患であると考えられる。心傷・喪失体験は、その人の認知構造やそれに基づく行動・情動に大きく影響を与え、湿疹などの症状の悪化因子になる。また、進学、就職、結婚などのライフイベント、さらには日々のささいな出来事に対する様々な不安や対人ストレスなども、症状を悪化させる大きな要因になると考えられる。
 さらに、湿疹が増悪すると、様々な情報に惑わされ、季節や紫外線などの環境因子や、薬物、ダニなどのアレルゲンに対して過度に不安になったり、スキンケアやアトピー関連商品、民間療法に執着する患者も少なくない。
 これらの現代の社会システムや家族環境を背景に生じる様々な日常生活上のストレスや情動の変化は、大脳辺縁系経由で種々の内分泌系・自律神経系・神経ペプチドなどの化学伝達物質を介して、皮膚という末梢臓器での炎症を増幅させる役割を果たしていると考えられ、精神神経免疫学的な詳細な解明が待たれるところである。

【2】心身医学的アプローチの実際

 心身医学的な診察とは、患者の抱える身体症状以外の問題に関しても患者自身による解決を援助していくことと筆者は考え、心理臨床の場で従来行われている心理療法を応用している。
 患者の心理が症状に多大な影響を与えるといっても、精神科や心療内科を受診してきた患者ならともかく、湿疹という身体症状を主訴に皮膚科を受診した患者に対して、いきなり心身相関などの説明をしても、「自分はストレスに弱い体なので仕方ない」などの意識を内在させてしまう危険性がある。従って、患者自身が身体症状以外の問題に強い関心があり、解決への意欲が大きい場合を除いて、前項で述べたような心傷・喪失体験や、患者の認知の問題に初診時から直接介入することはしない。筆者は、原因を探らず、患者や家族の内的資質を肯定的にとらえ、それをうまく利用する短期療法をい基本としている。ここで、種々の短期療法の詳細を述べる余裕はないが、とりわけ侵入的に介入しない、解決志向アプローチ2)を応用した初診時の対応を以下に紹介する。
(1)年表の作成
 問診しながら、現在までの経過に関する詳細な年表を作成する(図)。その際、患者にも年表を見せながら共同作業で書き込んでいくことが重要である。基本的に、患者の価値観を尊重し自己決定権を促す「オープン・クエスチョン方式」を多用して、患者に何でも話してもらうという姿勢を貫く。患者の話を聞くときは、患者のキーワードを繰り返したり、要約したり、言い換えたりする。
 これらの技法は、患者に問題を明確に話させる助けとなるばかりでなく、傾聴していることを表す有効な手段となる。さらに患者に口調を合わせる、視線を合わせる、時々うなずいて患者の話を理解していることを示す、などの治療者の非言語的行動にも配慮が必要である。
 年表作成の過程で、ライフイベントとの相関性や、心傷体験・喪失体験がみえてくることもある。だが、そのことを解釈したり、その原因を探ることはせず、その辛い状況をどのように乗り越えたかなどと聞いたり(コーピング・クエスチョン)、調子がよかったときの生活ぶりについてオープン・クエスチョンで尋ねたりする(例外の探求:問題がなかった時のことを尋ねる)。
(2)疾患に関する患者(家族)の説を聞く
 いかに不合理な説でも否定しないで聞くことが重要である。この回答には、実際に身体に影響があると思われる回答もあれば、そのことにまつわる不安が身体症状に影響していると考えられる場合もある。
 前者の場合は身体医学の知識を駆使して対策を講じればよいし、後者の場合はその問題に対して心身医学的に介入すればよい。例えば、患者の説から食物アレルギーの合併が疑われる症例では、負荷試験などでアレルゲンの同定をして食物アレルギーの再発を予防するという身体医学的対策を講じることが重要である。一方、アレルギーの関与がないことが判明すれば、患者の不安を取り除くことができ、心身医学的に再保証したということになる。
(3)ミラクル・クエスチョン
 心身症の背景にある問題がすぐにはみえてこない場合も多いので、通常初診時には湿疹という問題に対してミラクル・クエスチョンを行っている。ミラクル・クエスチョンとは、問題が解決したとき、以前と比べ何が違っているかに焦点をあてる質問である。例えば、筆者は「唐突なことを聞きますが、湿疹が治ってしまったらどうなりますか、今と違って良くなることは何ですか」、「ほかには」などの聞き方をしている。
 その結果、患者ごとに実に多彩な、ウエルフォームド・ゴール(well-formed goal)が描かれる。そして、その目標をさらに増幅するために、より小さいこと、より現実的なこと、より行動的なこと、より良いことへと質問で誘導していく。例えば「仕事の意欲が上がれば今と何が違ってきますか」、「ほかには」、「仕事の意欲が上がったことはどんなことで気付きますか」、「そのために今することは」などである。
 ミラクル・クエスチョンに対する回答は、患者を気付いているか否かにかかわらず、患者自身の問題を描写している可能性がある。例えば、湿疹という問題に対するミラクル・クエスチョンに、「人に優しくできる。人目を気にしなくて済む。もっと仕事に対して前向きになる」と答えた患者は、対人関係に不安があったり、仕事上の葛藤がある可能性がある。
(4)投薬、検査、通院問題などの提案
 治療に当たっては、あたかも契約を結ぶように提案し話し合うことが必要と思われる。例えば、「この病気では塗り薬として、炎症の強いところには副腎皮質ホルモンや免疫抑制薬などの炎症を抑える薬、乾燥しているところには保湿剤など乾燥を和らげる薬を使うというのが一般的ですが、あなたはどうお考えですか」などのように、オープン・クエスチョンで提案するようにしている。内服薬や検査に関しても同様である。このように患者の意向を聞くことで、極端に薬物に不安を抱いている問題が描写できることも少なくない。 ともかく治療者と患者の間で、何とか合意点を見付けて投薬や検査を開始したいものである。「薬は一切使いたくない」という患者も多いが、むしろその決意を褒めて、「ではそういう薬もあるということを記憶の片隅に留めておいてください」などと提案にとどめておく方が、やがて患者の方から「薬を使いたい」と言い出すケースが多いと考えている。(5)再診に向けてのフィードバック
 初診にいて患者が述べたことのうち問題解決に有益な部分を整理して、患者にフィードバックする。例えば、「今日お話を聞かせていただいて、あなたが病気を克服しようという強い意欲をお持ちであることがよく分かりました(褒めて)。仕事のたいへんさとこの病気が関係しているという考えもおっしゃる通りだと思います(患者の考え方を使ったブリッジ)。どころで、私からの提案なのですが、次回までに今日話し合って決めた薬を使ってみて違ってきたこと、仕事面で少しでも良くなったことなどを観察してきてください(課題)」などと言って、初診を終了する。

【3】終わりに

  オープン・クエスチョン、コーピング・クエスチョン、例外の探求、ミラクル・クエスチョン、褒める、などの技法を簡略に紹介したが、これらの治療技法を用いながら自然と問題描写もできることが理解していただけると思う。
 解決志向アプローチには他にも、関係性の質問(重要他者に関する質問)、スケーリング・クセスチョン(様々な事柄を数値に置き換えて表現させる質問)などがある。再診以降もそれらの技法を用いて対応していくが、数ヶ月で約6割の患者が、ステロイド外用薬やタクロリムス軟膏を使わなくても良いぐらい症状が軽快することを経験した。しかしながら、軽快までに時間を要する患者も多く、筆者は解決志向アプローチ以外の他の技法や、症例によりカウンセリング、認知行動療法なども組み合わせて対応している。

文献
1)清水良輔:アトピー性皮膚炎の精神身体医学的背景と対策、アレルギーの臨床18(9):17-20, 1998
2)ピーター・ディヤング、インスー・キム・バーグ:解決のための面接技法(玉置慎子、住谷祐子監訳)、金剛出版(東京), 1998

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