ATOPY INFORMATION論文に戻る

アトピー性皮膚炎の脱ステロイド療法 
第12回 臨床学術大会
長崎病院 隅田さちえ
日本臨床皮膚科医学会雑誌 No.53 1997 p.17-22

はじめに
 アトピー性皮膚炎の原因については、ストレス・ダニ・大気汚染・水道水の劣悪化・ステロイドの乱用などの諸説が提唱されている。以前は小児の疾患と考えられていたものが、多くの成人にもみられ難治化しており、従来どおりの対応ではアトピー性皮膚炎の遷延化に対応できなくなった。
 われわれは1994年よりアトピー性皮膚炎の患者に対し’スキンケアと抗原除去’を主体におきステロイドからの離脱による治療を行ってきた。ステロイド中止後はひどい離脱皮膚炎、リバウンドを生じたが、’疑われる抗原の除去と頻回の入浴などによるスキンケア’によって皮膚炎は徐々に落ち着きステロイドなしで期待しうる効果をあげることができたので報告する。

症例(表1)
 症例は、31例、年齢は2歳から43歳、女性11名、男性20名である。入院加療したもの19名、入院期間は2週間から2ヶ月、平均27日間である。最も長期に入院した症例は、No.24とNo.30で約2ヶ月間の入院を要した。
 ステロイドの使用は、いずれも乾燥やかゆみが始まり、最初に皮膚科などの医療機関を受診したときより始まっている。数年間は皮疹の悪化時に少量使用するのみで効果があったものが、年数を経るに従い、使用量、期間とも増える一方、効果があがらず皮疹の拡大を認めている。
 治療方針は1)ステロイドの中止
          2)生活環境の改善
         3)入浴を中心としたスキンケア
の3点と致した。
 1)については、ステロイドを長期間使用しても、アトピー性皮膚炎が治癒しないこと、病院を換えてもステロイドのような投与が治療の中心となること、ステロイドの副作用への心配などから、ステロイドを中止することに対しては、協力的であった。
 2)の生活環境としては、ダニ対策として掃除、絨毯などの敷物の除去、フローリング、防ダニふとんの使用などを患者負担の大きくならない範囲で指導し、入院できるものは入院とした。食生活は原則制限せず、和食を中心とした食事をとらせ、インスタント食品や間食(甘いもの)控えるように指導した。症例1の乳児のみ、湿疹の治癒傾向がみられなかったため、検査では陽性を認めた卵、大豆、米、を制限した。
 3)のスキンケアは、1日1回から3回入浴をぬるめの湯で10分から1時間行い、入浴後は白色ワセリン、亜鉛華軟膏など非ステロイド剤を外用した。油分の多いワセリン基剤の外用でかゆみを訴える症例には、イソジン消毒、水による冷却を行った。また本人の希望があるときは、一般のアトピー性皮膚炎を対象とした化粧品(ベルセレージュ、リガメント)の使用を許可した。
 その他の治療としては、抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤の内服を止痒目的で投与したが、これらの内服は本人の希望にまかせた。漢方薬はNo.5の小児アトピー性皮膚炎に投与した柴苓湯、No.26の成人難治性顔面紅斑(鬼がわら様顔貌)に投与した越婢加朮湯の2症例においてのみ、投与後1週間で著効を認めたが、他症例では効果判定が困難だった。 判定は1996年4月の時点で行った(表1)。
再使用・・・ステロイド再使用             5
不変・・・ステロイド使用時と症状が変わらない  3
改善・・・ステロイド使用時より皮疹が改善    10
寛解・・・皮疹とかゆみをほとんど認めない    13
31例中23例が改善又は寛解となり、これらの症例は現在入浴を基本としたスキンケアを中心にしており、内服、外用などの治療は行っていない。以前みられた、日光過敏、発汗時の強いかゆみもなく、スポーツや野外活動にも参加しており、一旦緩解してしまうと、皮疹の再燃がなく、アトピー性皮膚炎の診断基準とされる’慢性・反復性の経過’がみられなくなった。
 皮疹の再燃をみとめないのは、観察期間が短いためかもしれない(2ヶ月から2年)が、離脱皮膚炎後はいずれの症例も大きな皮疹の増悪はみられず、離脱皮膚炎時に生じた色素沈着も、月日とともに消失していく傾向がみられた。

2.症例の供覧
症例No.24(写真1、2)
症例:26歳、女。
既往歴・家族歴:弟にアトピー性皮膚炎。
職業:看護婦。
現業歴:小児期より、膝窩部・肘部に湿疹を繰り返し、近医にてアトピー性皮膚炎として悪化時のみステロイド外用を行っていたが、1993年4月、看護学生として病院に就職以後ステロイドの外用が頻繁となり、1996年4月正看護婦として勤務以後は、ステロイドを外用するも効果なく皮疹の悪化を認め、1995年7月28日入院した。
 入院後の経過:ステロイドの外用中止後38℃から39℃の発熱が2週間続き、全身皮膚は紅皮症様の状態となった(写真1)。かゆみによる夜間不眠、掻破による痛みが続いたが、2ヶ月目より熱が平熱化し、躯幹を中心に紅斑が消失し始め、10月2日退院。11月より職場復帰した。現在躯幹四肢に皮疹を認めない(写真2)。
症例No.30:38歳、男。
既往歴・家族歴:特記すべきことなし。
職業:運転手。
現病歴:18歳時、就職のため岡山より広島に転居し、同年冬より躯幹を中心に皮膚の乾燥とかゆみを認め、近医受診。以後毎年冬に同様の症状を繰り返し加療をしていた。
 皮疹は年々躯幹、四肢、顔面に広がり、ステロイド外用するも効果なく、1995年9月8日当院受診。
 入院後経過:ステロイド中止後皮疹が全身に拡大したため、10月2日入院した(写真3)。入浴、イソジン消毒、亜鉛華軟膏の外用を繰り返し、2週間後より症状の改善を認め、10月14日に退院したが、全身皮膚の乾燥が強く、乾燥によるかゆみのため夜間不眠が続き、11月2日再入院した。抗ヒスタミン剤、抗不安薬、精神安定剤などの投与を行いスキンケアを続けた。
 12月9日に退院後は、症状も安定し職場復帰、現在、治療は特に行っていない。背部に軽度乾燥を認めるが顔面、四肢に皮疹はみられず、炎症後の色素沈着も消失している(写真4)。

考案
 われわれは、アトピー性皮膚炎患者に対し、ステロイド剤の使用を中止し原因と思われるものをできる限り除去し、スキンケアを徹底することで治療を行い、難治と思われた症例においても、31例中23例に有効な結果を得た。ステロイド中止後の離脱皮膚炎には、一時、入院加療を必要とした症例もあったが、2週間から1ヶ月でそれらの症状は軽快に向かい、湿潤性であった皮疹は乾燥性となり、治癒傾向に向かった。
 改善または寛解した症例は仕事、学校、スポーツなどの社会生活に制限を受けることなく、内服・外用の一切の治療を必要としていない。
 今山1)は、アトピー性皮膚炎の発症と増悪に関与する因子を大きく内因性と外因性とに区別し、これらの各項目の組合せが、アトピー性皮膚炎の発症、増悪に関与しているとし、スキンケアと環境整備の重要さを述べている。
 今回の症例もステロイドを中止することで隠されていた悪化要因(ダニ、ハウスダスト、食事・生活のリズム、心理的要因)が、表面化してくることが多く、患者本人が自分のアトピー性皮膚炎の増悪因子を正しく理解することで、自らが治療者となりそれらの悪化原因に対応していくことで、症状の改善を得ることができた。
 松村ら2)は、ステロイドの副作用について、1)皮疹が湿潤性になりやすい、2)皮膚の易刺激性の亢進、3)顔面の皮疹の悪化を述べており、全身のステロイドの外用を中止してから、顔面の皮疹が軽快する症例を報告し、体幹に使用したステロイドが顔面の皮疹に影響している可能性を指摘している。
 清水ら3)はアトピー性皮膚炎の患者は”ステロイドを使わないと皮疹の悪化のため、社会適応できない”とし、それは患者のステロイドへの身体依存であると指摘した。また、アトピー性皮膚炎患者のアンケート調査から”ステロイドは長年使ううちに効かなくなる”ケースが多く、最初は有効であった薬が、徐々に効かなくなり、中止することで多くの人が著明に悪化するという結果から、ステロイドは慢性疾患に適していないと述べている。
 片山ら4)は、顔面難治性皮膚炎に対し、脱ステロイド外用療法の評価を行い、約3分の1に有効性を認めており、顔面の難治性皮膚炎はステロイドの長期連用と、黄色ぶどう球菌の感染5)、紫外線や発汗などの外因性の因子や、ストレスも関与するとしている。ステロイドを中止し、個々の患者の増悪因子を明らかにし、スキンケアを徹底することで複雑な病態をなす顔面の湿疹も高い治療効果をあげると報告している。
 近年、ステロイドの副作用を恐れ、民間治療に走り、ステロイドを急にやめた患者がかえって症状を悪化させてしまう”リバウンド被害”が指摘されている。アトピー性皮膚炎は皮疹の増悪因子が多岐にわたっており、ステロイドの中止はステロイド依存症の治療であり6)、アトピー性皮膚炎の治療にはならない。患者おのおのが自分の皮膚炎の増悪因子を積極的にみつけ理解し、みずからが、それらの除去に取り組む姿勢が最も大切と思われる。そのうえで、正しいスキンケアを指導していけば、多くのアトピー性皮膚炎患者にも治療効果が期待できると考えた。

終わりに
 今回、難治性アトピー性皮膚炎も、スキンケアと環境整備によって自然治癒する疾患であることを経験しましたので、報告した。
文献
1)今山修平:アトピー性皮膚炎の新しい理解と治療、日臨皮会誌、No.50:282-286,1996
2)松村剛一ほか:成人型アトピー性皮膚炎の脱ステロイド療法、臨皮、49(5増):115-120, 1995
3)清水良輔:アトピー性皮膚炎と脱ステロイド、MEDICO, Vol.26, No.7:15-19,1995
4)片山一朗ほか:成人アトピー性皮膚炎の難治性皮膚炎に対する脱ステロイド外用療法の評価、日皮会誌、104(7):875-880,1994
5)加賀美潔:アトピー性皮膚炎と細菌感染、皮膚病診療、9:1023-1026,1987
6)玉置昭治:顔の皮疹に対するステロイド外用療法をどう考えるのか(その3):皮膚臨床、37(7)特:35:1025-1029,1995

ATOPY INFORMATION論文に戻る