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大人のアトピー性皮膚炎は脱ステロイドで治せ
自然治癒力という偉大な力で治る−しかし皮膚科医の介助が必要だ

玉置昭治 淀川キリスト教病院皮膚科部長
毎日ライフ 1993, 6, p103-106

成人のアトピー性皮膚炎が増えている
 成人のアトピー性皮膚炎の患者さんが増えています。しかし、増加の原因はまだよくわかっていません。現在考えられている原因は、@従来の住居に比べて気密性が高まったためにアレルゲンになるダニが増えたこと。A卵や牛乳の摂り過ぎや防腐剤などの食品添加物、インスタント食品、外食の機会の増加など食事内容が変化したこと。B社会生活のスピード化が進みストレスを受けやすくなったこと、などです。それに加えてステロイド軟膏の乱用も一因にあげることができます。

これまでの治療法
 アトピー性皮膚炎の治療の基本は、抗原になるハウスダストやダニを少なくするように住環境を整備するとともに、まず「スキンケア」です。刺激の少ない石鹸で皮膚をきれいに洗い清潔にしたあとコールドクリームや軟膏を塗って皮膚の状態を整えます。日光浴の効果のある人には日焼けをしない程度に日に当たることをお勧めします。早寝早起きなど生活習慣を改め、規則正しい生活をするようにします。もちろん甘いものをたくさん食べると皮膚の症状は悪くなりますから、できるだけひかえます。昔から言われている”腹八分目に医者いらず”を実践してもらいます。こうしてコントロールできないような患者さんには「ステロイド軟膏」を使って治療してきました。今までも痒みの強い幼児期から小学校低学年まではステロイド軟膏を使って治療するという方法が一般的です。
 私たちの病院でもステロイド軟膏を使ってコントロールする場合が少なくありません。またこれまでは成人にもこのようにステロイド軟膏を使って治療してきました。従来は、症状の悪いときだけステロイド軟膏を使って、改善すれば中止できるような患者さんが多かったと思います。

ステロイド軟膏の効果が変わってきた
ステロイド軟膏の副作用

 ステロイド軟膏の出現は皮膚科学の治療を変えました。それこそ魔法の薬のように威力を発揮し、皮膚科医にとってはなくてならない物になりました。しかし、良い面ばかりではありません。ステロイド軟膏の発売直後より副作用が報告されるようになりました。その代表的な疾患は「酒さ様皮膚炎」です。化粧品かぶれや肌荒れ予防に、ステロイド軟膏を下地クリーム代わりに長期間使用した場合に毛細血管がイトミミズのように拡張してにきびのようなぶつぶつができる症状です。ステロイド軟膏を中止すると赤みが強くなり、ガサガサになります。さらに悪化すると顔面が突っ張って仮面のようになったり、ひび割れができたりします。しかし、ステロイド軟膏を塗ると大部分の症状はよくなったようになり、見違えるようにきれいになります。しかし、それも徐々に効果がなくなり、毛細血管の拡張やブツブツが目立つようになり、にっちもさっちもいかなくなります。この副作用は20年前にすでに報告されています。
 この疾患の治療はステロイド軟膏の使用を止めることです。塗るのを止めると、すでに述べたような症状がすぐに出ます。それでも頑張ってやめ続けると、徐々に自分の皮膚から皮脂が出てくるようになり、2〜3ヶ月で大部分の患者さんは良くなります。自然治癒力の偉大な力です。

アトピー性皮膚炎の場合
 酒さ様皮膚炎の場合のように顔面はステロイド軟膏の副作用が出やすいですから、アトピー性皮膚炎の治療でも顔面にはひどいときだけ短期間ステロイド軟膏を使用し、良くなれば非ステロイド軟膏に変えるなど、できる限り顔面にステロイド軟膏を使用しないでコントロールするという方法で治療が行われてきました。しかし、最近の私たちの病院の経験では、簡単に治ると思えるような「接触皮膚炎(かぶれ)」にステロイド軟膏を使うと治るのに時間がかかり、なかには典型的なアトピー性皮膚炎のようになる例を目にするようになりました。また、成人のアトピー性皮膚炎をステロイド軟膏で治療すると、塗っても塗っても効果のなくなる例が出てくるようになりました。こういうことは今まであまり目に付きませんでした。さらに、ステロイド軟膏でコントロールされているように見えても、病気の勢いを単に押し込めているように何となく顔に赤みがあるという患者さんが増えてきています。
 このようにアトピー性皮膚炎の場合は、ステロイド軟膏の副作用というより”効き方が少し変わってきた”と言う方がよいと思います。

ステロイド軟膏に対する最近の風潮
 最近、マスコミでステロイド軟膏の副作用が大々的に報じられたため、ステロイド軟膏の使用を嫌がり、ステロイド軟膏を使用しないで治療を希望する人が増えています。また、自分の判断で勝手に使用を中止して、悪くなってから私たちの病院にいらっしゃる患者さんもいます。しかし、こういう患者さんの大部分の人は残念ながらステロイド軟膏を使用する皮膚科を嫌い、漢方医、内科や小児科ひいては民間療法や自家療法へと治療の場所を変えていきました。それほどステロイドに対する嫌悪感が強くなったといえます。
脱ステロイド軟膏療法のきっかけ
 すでに述べたように酒さ様皮膚炎の治療はステロイド軟膏の中止が一番良い治療法です。以前からアトピー性皮膚炎でも、ステロイド軟膏による治療がうまくいかない場合には完全にステロイドをやめて治療すれば効果が上がるのではないかと考えてきました。しかし、酒さ様皮膚炎はステロイド軟膏が主体になって引き起こした副作用ですから、使用をやめてしまえば治ってしまうのが当たり前です。アトピー性皮膚炎は原因が複雑多岐にわたります。このようにアトピー性皮膚炎ではステロイド軟膏をやめて悪化した症状が治まっていくのかどうかの不安がありました。このためステロイド軟膏の完全中止にはためらいがあったというのが本音です。
 しかし、ステロイド軟膏の副作用を心配した患者さんが、どうしてもステロイド軟膏なしで治療して欲しいといって来院されるようになりました。「ステロイド軟膏をやめると非常にひどいリバウンド症状が出ること。酒さ様皮膚炎ではその後自然に治りますが、アトピー性皮膚炎では今までは経験がないためうまく治るか保証はないこと」を話しましたが、それでもステロイド軟膏なしで治療して欲しいとの強い希望があったため、ステロイド軟膏なしで治療を始めたのが契機になりました。

脱ステロイド軟膏療法の実際
 私たちの病院で行った方法は、何も目新しいことはありませんでした。従来の治療法に加えてステロイド軟膏を完全に中止したという点につきます。「ステロイド軟膏をやめろ」と言いながらステロイドの内服や注射をするインチキな方法が行われていますが、私たちの病院ではもちろんですがステロイドの内服や注射などの全身投与は行いません。また、特別な除去食療法やダニを少なくするダニフリー室などの治療は行いません。毎日入浴し石鹸で洗い皮膚を清潔にし、保湿剤を塗る。必要に応じて抗ヒスタミン剤を塗る。必要に応じて抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤、非ステロイド軟膏、亜鉛華軟膏などを使用する。他の病院と異なるとすれば紫外線療法を多くの患者さんに行ったぐらいで特別な治療は行っていません。ただし、中止後の増悪が強い場合は入院して治療を行いました。
どういう人たちを対象にしたか?
 成人のアトピー性皮膚炎でステロイド軟膏を使用したくないと希望した患者さん、ステロイド軟膏を自分の判断で中止した皮膚症状が悪化した患者さん、そして私たちのステロイド軟膏の副作用や中止後のリバウンドの説明に納得しステロイド軟膏を中止した患者さんたちが対象です。仕事や学業が忙しく、悪化した場合に入院する時間的な余裕のない人には従来の治療を行いました。この場合はステロイド軟膏の副作用を少なくするために休薬日を作るなどの「間歇投与法」を行いました。

ステロイド軟膏の中止後
 ステロイド軟膏を中止した場合にすぐに悪化する場合もありますが、1ヶ月から2ヶ月かかって徐々に悪化する例もあります。またなかにはステロイド軟膏を使っていても悪化したために、思い切ってやめた例もあります。大部分の人ではステロイド軟膏で治療しているときには皮疹がなかった所まで紅斑、浮腫を伴うようになりました。酒さ様皮膚炎の場合とは比較にならないほど増悪する例が多かったと言えます。この時点で外来での治療では困難と判断した場合は入院してもらいました。
 入院すると、高熱が出たり、皮膚がジュクジュクになり腫れ上がるようなひどい症状の人でも平均3週間で落ち着きます。それは、病院は一般家庭よりダニが少ないこと、朝は早く就寝時間も早くなること、食事も時間通りに摂ることなどの生活環境が好結果を生んでいると思います。
 退院後は、そのまま良くなるのではなく、また元の状態にまで悪くなったり、良くなったりを繰り返しながら、徐々に落ち着いてきます。大きな増悪がなくなり、軽快するには6ヶ月から1年はかかります。この経過を図1に示しました。
どれくらい良くなるか?
 1990年7月から1992年6月までの間に、ステロイド軟膏を中止後に入院するほどに悪化した患者さんが35人います。この患者さんたちの治療効果をまとめてみました。私たちの病院を受診されたときの年齢は17〜43歳で、多くは21〜30歳で占められています。ステロイドの連用期間は短い人もいますが6年以上29年間と長期連用している人が多くみられます。幼児期から引き続き連用している人もいます。多くの場合は思春期以降にアトピー性皮膚炎の悪化をきたし、18歳から29歳の間に連用を開始しています。
 この結果を表1にまとめました。35例のうち9人は良くなった、9人はほぼ良くなった。9人は以前の時期よりは良いという結果です。一方、残念なことにステロイド軟膏を再開した人が4人、休職中が3人、不変が1人いました。また、本療法中に白内障の進行をみた人が3人いました。しかし、成人のアトピー性皮膚炎での白内障の合併は10数%といわれますから、とりたてて多い数とは言えないと思います。
 このようにステロイド軟膏の使用をやめただけで非常に良くなる人がいます。アトピー性皮膚炎の特徴である「白色描記症」までなくなってしまった人もいます。本当にこの人はアトピー性皮膚炎だったのだろうか、と思うほどきれいな皮膚になります。しかし、それほど良くなくて私語を休めないなどでステロイド軟膏を再開した人もいます。充分な治療期間を確保できていればと残念な気もします。アトピー歴との関係、アトピー性皮膚炎の重症、軽症の目安になる血中IgEとの関係、ステロイド中止のきっかけともその結果に差を認めませんでした。どういう患者さんがステロイド軟膏をやめれば良い結果を得るかという事をまだ的確には指摘できません。
 現時点ではすべての成人のアトピー性皮膚炎をステロイド軟膏を止めるだけで良くなると言うこともできません。元々アトピー性皮膚炎であるために原因が多岐にわたっていることと関係しているのであろう言えます。また、症状が落ち着いていても不摂生をすればぶり返してくることある疾患です。
 ここにまとめた35人は入院するほどの増悪例ですが、実際には入院治療を行わなくても、外来通院のみでステロイド軟膏の離脱が可能であった患者さんはこの2〜3倍もいます。
 今までの「難治なアトピー性皮膚炎の治療といえばステロイド軟膏」という皮膚科の治療指針を覆す治療結果であるといえます。

治療中の困難
 高熱が出たり、食事を摂れないなどは解熱剤や点滴で対応できます。皮膚がジュクジュクしたり、ガサガサしたりするのはなかなな治り難く困難ですが、皮膚科医ですから処置は可能です。しかし、急に激烈な痒みが襲ってくるようです。周りの人が驚くほど引っ掻いている人もいます。手をつくして処置を行ってみましたが、このような場合に効果があったと自信を持って挙げられることはありません。ゆっくり話して、時間がたてば必ず痒みも落ち着いてくることを納得してもらうしかありませんでした。痒みを軽くする良い方法が見つかれば、脱ステロイドはもっと楽に行えると言えます。

なぜ効くか
 脱ステロイド軟膏療法を行っていく主体は患者さん本人にあります。つらいけれども悪い時期を乗り越えていこうとする”強い意志”が必要です。今までの生活環境や生活スタイルを見直し、いま一度スキンケアの確認や、住居のダニ対策、甘いものやインスタント食品の中止などの食事の改善をしてもらいます。こうした話し合いを中心とした診察でいままで持っていた「医者に治してもらう、薬で治る」という考えを捨ててもらいます。決して精神論を強調しているわけではありません。人間には治ろうとする自然治癒力があります。この自然治癒力を高めるように患者さん個人々々に生活上の問題点があれば改善するように勧めます。
 ステロイド軟膏はその強い消炎作用により人間が本来持っている自然治癒力を抑えてしまっていたのではないかと考えられます。それを取り除くことにより自然治癒力が復活するのだろうと思います。
今こそ皮膚科医の出番だ
 すでに述べましたが、成人のアトピー性皮膚炎が増えていることは新聞、テレビでも取り上げられ社会問題にすらなっています。皮膚科医がそれに対する有効な治療手段が示されない間に、患者さんの多くは内科、小児科、漢方医、果ては自家療法や民間療法に頼るようになりました。うまく治ればよいのですが、後者の治療経過の手記や宣伝文句を読んでみますと、時期がくれば治ってしまう単なるステロイド軟膏のリバウンドを、あたかもその「治療法が効いて悪い物が出ていった」から治ったように書かれています。このようにまき散らされる情報がアトピー性皮膚炎の治療をさらに混乱させています。ステロイド軟膏の効果と副作用を一番熟知しているのは皮膚科医です。また皮膚の生理、病理を知っているのも皮膚科医です。ステロイド軟膏を中止した後のリバウンドがどういうものであるか、皮膚科医は酒さ様皮膚炎で充分な経験を重ねてきました。この経験を生かすべきだと思います。

 表1 脱ステロイド軟膏療法の結果
 良くなった(通院しなくてもよくなった〜時々通院する)                       9例
 ほぼ良くなった(2〜4週に1度通院、治療を受けている。皮膚症状は落ち着いている)    9例
 以前より良くなった(仕事は普通にできるが時々悪化する)                    9例
 ステロイド軟膏を再開                                           4例
 休職中                                                    3例
 不変                                                      1例
 合計                                                     35例

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