LUCERO TENA

比類ない「カスタネットの独奏家」ルセロ・テーナ

「小柄で、小麦色で、活気にあふれ、しかも繊細で、優美きわまるルセロ・テーナ・・・・・彼女について何よりも驚くべきことは、天才的なカスタネットの独奏家であることだ。彼女のカスタネット演奏は、他の楽器の大家達が示す名人芸と、そのまま比べることができる。これほどまでに見事なカスタネットの芸術を、われわれはかつて聴いたことがなかった・・・・・。」―スペインで最も有名な音楽評論家の一人、アントニオ・フェルナンデス=シッドが、ルセロ・テーナに贈った賛辞からの抜粋である。カスタネット・・・・・・・一般からはスペイン舞踏のアクセサリー程度にしか思われていないこのリズム楽器が、コンサート用のソロ楽器になりうることは、あまり信じられぬことかもしれない。
 言うまでもなくカスタネットは、イベリアの地で非常に古い伝統を持っている。すでに古代ローマ帝国の時代、今のアラゴン地方に生まれた詩人マルチィアリスは<クルスマタ>つまり金属製のカスタネットを打ち鳴らしながら踊るカディス(スペイン南部の港、あるいはその一帯の名)の娘たちについて歌っている。その後、中世から近代を通じてカスタネットは、歌と踊りに目のないスペイン人(とりわけ女性)のこよない伴侶となってきた。史書、文芸、絵画などに残る記録がはっきりそれを裏づけている。そのような長い伝統を総合した形で現代に伝わり、定着しているカスタネット―スペイン語ではカスタニュエラスまたはパリージョスと呼ぶ―の技法は左右一対のカスタネット2個を使いこなすことで成り立っている。この一対には高音(右手につけ、エンブラ―めす―ともいう)および低音(左手につけ、マチョ―おす―ともいう)の別がある。詩人ガルシア・ロルカはクロタロ(カスタネットの古名)を「響きのよいカブトムシ」と言ったが、スペイン人の愛するこの打楽器には、さながら生き物のような雌雄があるのだ。そして、名手の指にかかるとき、カスタネットはさらに不思議な生き物になる。―ご存知のように1個のカスタネットは皿状をした丸く堅い木片二つを腹合わせに紐(これを親指にかける)でくくりつけただけの単純な形をしているが、その奏法はけっしてそんなに簡単ではない。中指と薬指を使い力強く打つ音、小指から薬指・中指・人差指とギターのトレモロに似た使いかたで敏速に動かす小波のような連打音。それらの音を左右使い分けたり、混ぜ合わせたり、強弱を自由に変えたりするほか、2個をぶつけ合わせるじつに効果的な打撃音もある。
伝統的にカスタネットの名手と呼ばれる人びとが、揃ってすぐれた舞踏家であったことは頷ける。彼ら、彼女らの中には、ギターやオーケストラを従えて「カスタネット・ソロ」をレコードに吹き込んだ人びともまれではなかった。しかし、「カスタネットの演奏それ自体を芸術の域まで引き上げた」とまで称揚され、この片々たる打楽器に「独奏楽器」としての新紀元を開いた人と広く認められる存在は・・・・・と言えば、あきらかに答えはただ一つ、ルセロ・テーナの名を措いてない。
 スペイン舞踏家の花形でもあるこの人は、なんとふさわしい名を持っていることだろう。ルセロとはスペイン語で「明星」のことなのである。1936年、スペイン系の血を引いてメキシコに生まれた彼女は、4才の時からマドリードのすぐれた舞踏家エミリア・ディアスについて学び、さらに少女時代、名バレリーナのニーナ・シェスタコヴァのもとでロシア舞踏を6年間習ったという。またフラメンコ舞踏を志し、最も名高いバイラオーラ(フラメンコの女流舞踏家)であった故カルメン・アマヤのグループに入って3年半ほど踊った。その後マドリードを本拠と定め、スペイン首都の一流タブラオ(フラメンコの店)<コラール・デ・ラ・モレリーア>にスターとしての出演をつづけるかたわら、しばしば国外公演をも行ってきた。経歴から察せられるように彼女の芸域は幅広く、舞台芸術としてのスペイン古典舞踏およびフラメンコを鮮やかに踊りこなすが、その一方ずば抜けた妙技による「カスタネット・ソロ」が、年を追ってルセロの「十八番」として脚光を浴びるに至ったのである。

 カスタネット独奏家としてのルセロ・テーナは、たいそう広いレパートリーを持っている。リズムの生かされた作品でさえあるなら、J.S..バッハやコレルリに始まってモーツァルト、ベートーベン、ショパン、ドビュシー・・・・・もちろんアルベニス、グラナドス、ファリャ以下「お国もの」が得意中の得意なのは言うまでもない。これら大作曲家たちの名作を、ルセロは融通無擬礙の趣で弾きこなす。いかに彼女のカスタネットであれ、音階や和音は出せない。だがそれだけに、リズムなるものの微妙さを徹底的に追求するその芸境は、聴きなれた名曲からも思わぬ新味を引き出す、魔術的な触媒作用を秘めている。

 管弦楽を背にさっそうと独奏するときのルセロは、サイズ・音色の異なる数かずの「愛器」をケースに入れて傍らに置き、曲によってそれらを使い分けながら、自由奔放に、かと思えば正確着実に、その技巧を繰りひろげる。ルセロ・テーナのカスタネットそれは『生命あるリズムの国』スペインを象徴する音楽の一つだと言っても、過言にはなるまい。

ルセロ・テナのCD等の紹介コーナー

LUCERO TENA  Castanet lesson

ルセロ・テナ自身の解説と模範演奏の入ったカスタネット入門CD。
後半に入っている11曲の演奏実例曲集はすばらしく、とても勉強になります。私も東京でのレクチャーで、この全11曲を演奏しましたが、皆さんもチャレンジしてみてください。(このレクチャーのビデオが日本打楽器協会から発売されています。)

イスパボックス 7 54644 2
ルセロ・テナ
ムジカ エスパニョーラ エ カスタニュエラス

とにかく沢山の曲が入っている。2枚組。

EMI Classics
CMS 7 64585 2
LUCERO TENA
YEL MUNDO DE
GARCIA LORCA

ギターの名手ガルシア・ロルカとの共演。

EMI
CDM 5 66789 2

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