椿壽庵へようこそ あなたは          番目の御客様です

                                            

  椿壽庵なる名称の由来

 南北朝時代、元中元年(西暦1384年)に後醍醐天皇の皇子、無文元選禅師が開山された深奥山方廣寺への参詣道路が屋敷の西側に在る、落差2米程の崖の上を通ってゐて、其の崩落を防ぐ為に、崖っぷちに藪椿が10本以上密植されてをり、最も古い木は樹齢二、三百年と推定されるのに因んだものです。

 左の写真は当庵入口です。構内制限時速15m.p.hとでも表示しやうかとの妄想も・・・。





   椿壽庵の四季の花々など

 当庵の庭に咲く四季の花々や、此れを取巻く周辺の風物詩、近在の奥山半僧坊やら方廣寺はもとより、浜名湖周辺地域、天竜川下流域、奥三河東部地域等の話題を四季折々紹介して参ります。




                                                                                                                                                                                    右の写真は当庵への歓迎看板



  藪椿の古木

 上述の椿壽庵なる名称の由来の所で紹介した樹齢二、三百年と思はれる古木の写真です。椿の左側石垣の上が畑で、其処に影を作らないやうにと、何年か毎に木を切戻して来た為、本来ならばもっと幹が太く成ってゐた筈だとの、椿の木に関する博士格の御仁の御託宣でした。ひょっとすると樹齢は三百年以上なのかも知れません。













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